Yahoo!ニュース

メイドインジャパンに一条の光

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
コラボは上から目線ではない対等な立場が基本

昨夜、NHKの「メイドインジャパン」を見て、ようやく日本の電機産業が世界を見据えたまともな動きをするようになってきたと感じた。その内容は、京都の中小企業(試作バレー)と大企業とのコラボ、パナソニックの小さな組織への改革、流れ作業の専門家ではなく全体を見渡せる人材を育成するための組織、京セラのアメーバ経営、海外への売り込みなどの事例集だ。

日本には優れたサプライチェーンがある。京都の中小企業の集まりのことは知らなかったが、東京大田区、東大阪などにモノづくりの基本となるサポーティングインダストリがある。例えば研究所や大学の研究室が、特殊加工の部品を作ってほしいと依頼すればたちどころに作ってくれる。こういった優れたサポーティングインダストリを持つ国は日本にしかない。米国や台湾のエレクトロニクス業界人からこう言われた。実際、アジアや欧米を回るとその通りだと実感する。

京都の組織は、大企業(ローム)とのコラボで新しい小型燃料電池を作ろうという試みだった。コラボレーションは世界では当たり前。日本の下請けとは全く違う。対等な立場で互いに互いの強さを認め合い、協力してプロジェクトを進める。これまでの下請け構造では、大企業→1次下請け→2次下請け→3次下請け、というような縦構造であったために、変化に弱く、短いT2M(time to market)を要求される製品では世界に歯が立たなかった。コラボでは相手を尊敬し合うことが大前提。上から目線という差別意識を解消することはコラボを成功させる上で欠かせない。

世界で成功している企業は、コラボの活用が実にうまい。32ビットマイクロプロセッサのIPと呼ばれる半導体上のプロセッサ回路のみをライセンス提供しているARMという英国企業は、設計するためのソフトウエアツールの企業、ソフトウエアそのものを開発する企業、そのIPを使う半導体企業、半導体を使うシステム企業、設計した半導体を製造してくれる企業、プロセッサ回路を半導体チップに組み込んで設計データ(マスクデータ)に組み込んでくれるデザインハウス、など実にさまざまな企業とコラボしている。自分は低消費電力で高性能なプロセッサIPを作ることに専念する。それも将来のプロセッサの姿(ロードマップ)も提示する。

日本はサプライチェーンからマーケットまでそこそこ揃っている珍しい国だ、と長い間米国IBMにいて現在台湾企業の社長になっている人から言われた。だからグローバル化する必要がなかった。今でもグローバル化に弱い。しかし、日本の市場は人口の減少と共に小さくなっていく一方である。企業はグローバルにも製品を売っていかなければ成長できない。このままでは「ガラパゴス」になりかねない。だからこそ、オールジャパンではなく、世界の知恵も集めて世界一コストパフォーマンスに優れた製品やサービス、品質を提供していくことが日本の産業が成長していくカギとなろう。

そのために顧客の要望を聞き、それを汲み取る力を持ち、それを工場のエンジニアに正確に伝えることが必要になってくる。これまで販売は代理店に任せ、顧客の声をじかに聞いていなかった大企業が実は多い。顧客のニーズを汲み取らなかったために売れない製品が多く、世界の企業に負けたところが多い。この反省に立ち、パナソニックは本社機能(アドミニ)を小さくし、現場(事業部)をいくつかまとめて重複製品を作らないようにするカンパニー制度を導入した。そして、製造の上流から下流、そしてシステムまで全体がわかる人材の育成に力を注いだという。

パナソニックの新組織も世界のエレクトロニクスメーカーがやっている手法に近い。予算権限を分散し、事業部がベンチャーのように機能する組織である。かつて、世界のパソコンメーカーであるエイサーのスタン・シー会長に、なぜディシジョンが早いのか、聞いたことがある。10年以上前のことだが当時もエイサーはすでに1万人以上の規模の会社になっていた。答えは「自分は経営に直接タッチせず、全て予算権限も含め分社した子会社に任せているから」と答えた。エイサーラボやASUS、BenQなどの子会社がそれぞれの責任の元に経営しているから日常的な経営に口を出さないのである。日本の古い大企業はとかく自分の元に起きたがり、経営権限を委譲しないことが多かった。事業部制といっても予算権限が1000万円程度しかなければ何も自分で決められない。このためディシジョンに時間がかかっていた。

加えて、最近取材したドイツのインフィニオンでは、シニアエンジニアというべき40代後半から50代の人物が顧客の元に行き、要求を直接聞いてくる。リニアテクノロジー社でも同様だった。彼らは、将来の製品やサービスについて顧客と徹底的に議論し、次の製品をイメージしていく。専門しか知らないエンジニアではこの仕事は務まらない。技術は言うまでもなく、それを使うシステムや新しい市場、アナログもデジタルもソフトウエアも熟知している。だから2~3年後に顧客が望む製品やサービスの仕様を把握することができるのである。この役割をインフィニオンの技術者は「(技術の)トランスレータ」と呼んである。顧客の要望を工場のエンジニアに正確に伝えるからだ。こういった組織がこれまで日本にはなかったが、パナソニックの新社長は、システム全体を見渡せる人間がようやく育ってきた、と表現した。

NHKのその番組は最後に、水耕栽培の野菜工場を中東に売り込むという話を紹介しているが、ここで多く企業とのコラボレーション(エコシステム)を生かす。野菜工場を作った中小企業、中東に強い日揮、野菜工場をIT/エレクトロニクスで管理し品質を確保する日立製作所など、が集まって一つのプロジェクトに協力する。次は、世界の企業とのコラボを図ることで世界一の製品やサービスを売っていくことにつながるだろう。

(2013/05/12)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

津田建二の最近の記事