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[訃報]七光りを虹色に変えてポピュラー史に名を残した歌姫|ナタリー・コールさん逝去

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
ナタリー・コール『Unforgettable』
ナタリー・コール『Unforgettable』

グラミー賞の最優秀新人賞を受賞、20世紀後半のポピュラー音楽史に多大な功績を残した女性シンガーのナタリー・コールさんが亡くなった。享年65歳。

ナタリーさんは、父が超有名なヴォーカリストのナット・キング・コールさんであったこともあり、ジャズ・シーンからも注目され続けた存在だったが、それを嫌ってあえてジャズから距離を置いて活動を始め、いわゆる父親(あるいはその幻影)から解き放たれたのはデヴュー後20年を経てようやくといった感じだった。しかしそれからは、父への畏敬と自身のセンスを織り交ぜた、二世ならではの希有な存在として、ヴォーカル界のイノヴェーターとしての役割を意識していた感のある活動を精力的に続けていた。

彼女の2013年リリースの新譜について、ボクは次のような文章を書いていたので、追悼の意を表して再掲したい。

♪今週の気になる1枚〜ナタリー・コール『エスパニョール』

ナタリー・コール『エスパニョール』
ナタリー・コール『エスパニョール』

1975年のデビュー以来、アメリカのポピュラー音楽シーンの最前線を走り続ける“歌姫”ナタリー・コールの新作は、自身初となるスペイン語でのアルバムとなりました。

彼女は、“世紀のヴォーカル”と謳われたナット・キング・コールの娘ですが、幼いころに死別しています。

デビュー曲がグラミー賞を受賞するなど脚光を浴びてからも、その話題に触れようとせずに過ごした期間が長かったのですが、1991年のアルバム『アンタッチャブル』で父親の愛唱曲をカヴァーして以降は、心に残っていた“わだかまり”も氷解したようです。

今回のアルバムのアイデアも、発端にはナット・キング・コールのベスト・セラー『コール・エスパニョール』(1958年)や『ミス・アミーゴ』(1962年)の影がちらつき、アメリカの音楽シーンにヒスパニックな旋風を巻き起こした先駆者の功績をリスペクトするかたちになっています。

選曲はいずれもラテン歌謡でもおなじみの曲、つまり“古い曲”ばかりです。それをオリジナルのスペイン語で、ストリングスを混じえたオーソドックスなアレンジで歌うナタリーは、まるで昔の写真から抜け出してきたようにさえ思えます。

しかしながら、こうした時代的なギャップを違和感なく“演じて”しまうことができるところがナタリー・コールの真骨頂でしょう。そう、彼女は“時代の寵児”である自分の経歴を昇華させ、タイムレスな存在になりつつあると言えるのです。

だからこそ本作は、懐メロでもリメイクでもなく、現在進行形のポップなサウンドとしてリスナーに受け入れてもらうことができるのです。

特筆しておきたいのは、「アンド・アイ・ラヴ・ヒム」。原曲はザ・ビートルズの「アンド・アイ・ラヴ・ハー」で、彼女は歌詞の“彼”を“彼女”に変えて、スペイン語に仕立てました。この本作ならではの異質なアプローチを歌いこなしてしまえるところが、ナタリー・コールの真の実力であり、愛すべきキャラクターなのです。それをタップリと楽しみながら、ラテンの世界を味わっていただきましょう。

♪Natalie Cole En Espanol

『エスパニョール』についてナタリー・コールとプロデューサーのルディ・ペレスが語っているプロモーション動画です。バックで彼女の歌が父親のナット・キング・コールの歌とオーヴァーラップしているところなどを楽しみながら、アルバムの雰囲気を味わうことができる構成になっています。

♪Natalie Cole- This will be 1975

ナタリー・コールのデビュー曲「ジス・ウィル・ビー」は、ビルボード全米総合チャート6位のヒットを記録し、グラミー賞の最優秀R&B女性ヴォーカル賞、最優秀新人賞に輝きました。日本では翌1976年に東京音楽祭でグランプリを受賞した「ミスター・メロディ」のほうが耳馴染みがあるかもしれませんね。

出典:月曜ジャズ通信 2014年1月20日 冬晴れゲロッパ絹の靴下号

ご冥福をお祈りいたします。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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