「調書はウソばっかり」 検事の取調べ動画をユーチューブに投稿…何罪か?
警察幹部に対する名誉毀損に問われ、無罪を主張している男性が、今度は捜査段階での検事の取調べ動画をユーチューブに投稿したとして起訴された。検察側が裁判の証拠として開示したものであり、目的外使用の容疑だ。
どのような事案?
報道によれば、次のような事案だ。
「被告は2017年、当時の高知県警幹部らへの名誉毀損容疑で逮捕され、検察官の取り調べを受けた。検察側は取り調べを録音・録画しており、被告を起訴後、DVDを被告の弁護人に証拠開示。被告は弁護人からDVDを受け取ったとされる」
「ユーチューブへの投稿は19年11月とみられる。映像は約1時間。高い場所に設置されたカメラから室内を撮影したもので、被告や検察官らが映っており、被告が『調書はウソばっかり』『(事件は)でっち上げだ』などと訴える様子が確認できる」
「地検は被告側に映像の削除を求めたが、被告が応じず、今年1月、刑訴法違反で起訴。被告は今月17日に高知地裁で開かれた公判で、投稿を認める一方、『目的外使用にあたらない』と無罪を主張した」
(2021年2月26日・読売新聞)
なぜ目的外使用を禁止?
刑事訴訟法は、審理の準備のために検察側から開示を受けた証拠について、刑訴法が定める目的以外に使用することを罰則付きで禁じている。
2004年に裁判員裁判法が成立し、2009年から裁判員裁判がスタートすることを見据え、審理期間短縮に向けた争点整理促進などのため、2005年の刑訴法改正で検察側に一定の証拠開示義務が課された。
すなわち、検察側は、証拠物や争点に関連する証拠など、刑訴法が定める一定の要件をみたす証拠を被告人側に開示する義務がある。
一方、その証拠が他に流出すれば事件関係者の名誉やプライバシーが侵害される。新たな口裏合わせなどによって審理に悪影響を与えたり、捜査手法が知れ渡ることでこれを回避するための別の手口が横行するといった事態も懸念される。
そこで、被告人らによる証拠の目的外使用を禁止したわけだ。
どこまでがアウト?
そこで言う「目的」は、起訴された事件の審理やそれに付随する手続など刑事司法に関連する一定のものに限定されている。
動機が何であれ、刑訴法が定める目的にあたらなければ、他人に渡したり、見せたり、インターネットを介して拡散するといったことは認められない。
違反すれば、開示証拠の目的外使用罪(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)に問われる。ただし、弁護人や元弁護人については、他人に証拠のコピーを渡す際などに金銭など対価を得る目的がなければならない。
また、被告人の防御に対する配慮も必要だから、目的外使用に及んだ場合の措置については、刑訴法に次のような注意規定も設けられている。
「複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする」
7年ほど適用されず
こうした開示証拠の目的外使用は、実際には罰則規定の創設前はもちろん、創設後であっても、特に被告人や元被告人によって広く行われており、問題視されてきた。
例えば、無罪主張をする被告人が支援を求める文書の中にその主張に沿った証拠の一部を引用するとか、証拠のコピーを新聞社やテレビ局に提供してそのまま報道させるとか、フリージャーナリストに渡して雑誌や本として出版させるといったケースだ。
インターネットで誰でも手軽に情報発信が可能となった昨今では、SNSやブログ、動画配信サイトなどネット媒体を使った証拠の流出も見逃せない事態となっている。
このほか、2013年に大阪弁護士会の弁護士が刑事弁護の過程で検察側から開示を受けた取調べ録画DVDのコピーをNHKに提供し、NHKが放映したケースも記憶に新しい。
ただ、先ほど挙げた刑訴法の注意規定もあり、2005年の創設以来、目的外使用罪は全く使われないまま推移し、ようやく2014年に初めて適用された。
不動産売買をめぐる民事裁判の過程において、最高裁の法廷内で現行犯的に行われた裁判所職員に対する公務執行妨害事件に関する事案だ。
起訴された会社社長は無罪を主張する一方、保釈後、検察側から開示された写真などを職員らの氏名入りでユーチューブに投稿した。裁判所は、嫌がらせや報復のためであり、目的外使用であることは明らかであるとして、有罪判決を下している。
以後、目的外使用罪による立件は、類似の事件を中心として、既に10件程度に上っている状況だ。(了)