朝日新聞もホリエモンもかかる罠―「愛国は悪党の最後の隠れ家」原発" #処理水 " #海洋放出
「愛国は悪党の最後の隠れ家」("Patriotism is the last refuge of a scoundrel")、18世紀の英国で活躍した文学者サミュエル・ジョンソンの残した名言は、現在の日本でのメディアのあり方も問うている。政府および東電は、福島第一原発敷地内に溜められた放射性物質で汚染された地下水等を、ALPS(多核種除去設備)で、含まれる放射性物質を減少させ、さらに大量の水で薄めて海に放出することを、今月24日から開始した。そうしたプロセスを経てもなお、膨大な放射性物質を海に捨てていることには変わりないし、そもそも海洋放出以外の代替案もいくつかあった。ところが、日本のメディアでは、政府や東電が代替策をとらなかったことよりも、海洋放出に反発して日本からの海産物を輸入禁止にした中国の対応を批判したり、国内の海洋放出に反対する声に対し「風評被害を広げる」「国益を害する」と叩くような記事やテレビ報道が目立つ。ジャーナリズムの最も重要な役割の一つに、権力や大企業の暴走を批判するというものがあるが、今の日本には、むしろ内外の海洋放出反対派を敵視し、本来批判すべき政府や東電に利するようなメディア関係者があまりに多い。
〇朝日新聞も「愛国」の罠にかかる?
今回、筆者が本記事を書く直接のきっかけとなったのは、今月26日付の朝日新聞の社説「中国の禁輸 筋が通らぬ威圧やめよ」だ。同社説では、「日本は国際原子力機関(IAEA)と協力して処理水対応を進めてきた。他国の理解も徐々に広がっていた。今なお強硬姿勢をとる中国こそ国際社会で突出している」「日本政府としては中国への対話の呼びかけを、なおねばり強く続けてほしい」と、主張している。
確かに、日本からの水産物輸入を全面的に止める中国のやり方は過剰反応で威圧的と言えるし、それはそれで批判すべきことかと筆者も思う。だが、この社説は、ただ問題があるのは中国側のみで、政府や東電を全面的に免罪するかのような内容で、上述のサミュエル・ジョンソンの名言のように、中国に対する反発で、政府や東電への批判をそらしているようなメディア報道の一つだと言える。
〇海洋放出、無視されてきた代替案
実際のところ、膨大な量の「処理水」なる、放射性物質を含む水(本稿では「ALPS処理汚染水」と表記する)を海洋放出することには、いくつも問題がある。最大の問題は、海洋放出しない代替案はいくつかあったのに、政府や東電は、外部の専門家を交えた公開の議論を行ってこなかったということだ。これについては、先日の拙稿でも触れたが、「モルタル固化処分」、つまり、ALPS処理汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で保管することを、「原子力市民委員会」(座長・大島堅一龍谷大学教授)等が推奨してきた。
また、例えば、廃炉となった福島第二原発の敷地内等に、新たに貯水タンクを作って、当面のつなぎとし、福島第一原発に地下水が流れ込まないよう、周囲の地中にコンクリートや粘土を使ったしっかりとした遮水壁を設けるというやり方もあるだろう。
いずれにせよ、現在のやり方のままでは、ALPS処理汚染水はどんどん増えていってしまう。実は、現在の福島第一原発の事故対応そのものを見直す必要もあるかもしれない。原発作業員としての経験を匿名でつづった『福島第一原発収束作業日記』 (河出文庫)の著者のハッピーさん(@Happy11311)も、以下のようにツイッター(X)に投稿。
現在の福島第一原発の廃炉は、デブリ(炉心や核燃料等が溶け落ちて固まったもの)を水冷で冷やしながら、原発内から取り出し隔離するという方針で行われているが、デブリ総量は約880トンもあるのに対し、事故から12年余り経つ今も、本格的な取り出しに向けた工法は決まっていない。東電は、今年度中に遠隔捜査のロボットを使ったデブリ取り出しを試験的に開始するというが、この方法では、一度に数グラム取り出すのがやっと。2051年までに福島第一原発の廃炉を完了するという東電のスケジュールは現状、あまりに非現実的だと言える。仮に今後、デブリ取り出しの技術が大幅に改善され、結果としてスケジュール通りになったとしても、上述したように福島第一原発に地下水が流れ込む状況のままでは、ALPS処理汚染水はどんどん増える。それもまた、海洋放出するというのだろうか?チェルノブイリ原発の「石棺」の様に、デブリ取り出しではなく、福島第一原発ごと封じ、外界と隔離するやり方も改めて検討されるべきかもしれない。
〇「処理水」はやはり汚染水?
「環境や人体に悪影響を及ぼさない」とされているALPS処理汚染水も、そう言い切って良いのかには、疑問がある。ALPS処理汚染水の中での主要な放射性物質であるトリチウムについて、「ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に則った放射性物質の海洋放出の安全基準を大きく下回る水準まで希釈されるので、人体に問題を起こすことはない」という政府や東電の説明を踏襲するかたちで報道されることが多いが、これには専門家からの異論もある。例えば、放射性物質の人体への影響などに詳しい分子生物学者の河田昌東さんは、ビデオニュース・ドットコムの取材に対し、「ICRP勧告はトリチウムのOBT(Organically Bound Tritium=有機結合トリチウム)としての作用を明らかに過小評価している」「人体にとどまり、内部被ばくにさらし続ける恐れがある」と指摘している。
お笑い芸人ながら、福島第一原発事故以降、熱心な取材・発信を続けている、おしどりマコさんも、東電発表の資料を元にALPS処理汚染水の中に、トリチウム以外にも多数の放射性物質が含まれており、とりわけヨウ素129が多いことを指摘。「ヨウ素129の半減期は1570万年である。将来的に、問題になるのはヨウ素129ではないだろうか?」と危惧している。
〇ホリエモンの「罵倒」をスポーツ紙が拡散
このように、海洋放出をめぐっては、様々な問題があり、政府や東電の説明を何の疑いも持たずに全て受け入れることは、メディアとして、余りにチェック機能を放棄していると言えるのだが、メディアによっては、海洋放出に反対する国内の声に対し、恫喝的なかたちで黙らせようとしているものもある。例えば、日刊スポーツや東京スポーツなどは、「ホリエモン」として知られる実業家の堀江貴文氏のYouTubeの投稿を引用。「一部のマスコミと左翼の活動家みたいなアホが大騒ぎしている」「あなたたちがあおってることが国益を害している」といった罵倒を解説や批判もなしにそのまま垂れ流しているのだ。いくつものスポーツ紙やネット媒体が、特に専門家でもない著名人の、事実関係に間違いがあったり、極めて攻撃的であったりするコメントを、何のチェックもなしに「ニュース記事」として拡散することは、他のテーマでも目に余るものがあるが、今回の海洋放出でも、国内の議論を妨げているのではないか。
〇真に冷静で科学的な報道が必要
筆者が関心を寄せる温暖化対策に関しても、対策に後ろ向きな日本政府や大手電力の主張(原発関連含む)を鵜呑みにしたり、国内外の温暖化防止を訴える人々を敵視したりすること、そして、専門家でもない著名人の質の悪いコメントを拡散するようなことが繰り返されてきた。科学とは、国策のプロパガンダのためにあるわけではなく、関連するあらゆる事実から議論を重ねるものではないか。感情的な反発をしているのは、中国だけではなく、むしろ日本側であることを冷静に見つめなおす報道が必要だろう。
(了)
*念のため付記しておくが、筆者は朝日新聞のアンチではなく、むしろ朝日新聞を購読しているし、元記者含め朝日新聞社の関係者らの知人も何人もいる。様々な批判はあるにせよ、朝日新聞は日本を代表するクオリティ・ペーパーであろうし、その座にふさわしい発信を今後も続けてもらいたいと願っている。
*いずれにせよ、今回の海洋放出及び中国の禁輸で日本の水産業界が被る損害は甚大で、その対策や救済措置も今後議論されていくべきだろう。