Yahoo!ニュース

「グローバル化は奴隷が製造したモノを失業者に売りつけるようなもの」G20の輸入制限は34倍に膨張

木村正人在英国際ジャーナリスト
2時間にわたってランチを共にしたトランプ米大統領とマクロン仏大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「今回のG7は『びっくり箱』」

[ロンドン発]主要7カ国首脳会議(G7サミット)が24日午後、フランスのビアリッツで開幕しました。米中の貿易戦争だけでなく、イラン核合意、自由貿易、気候変動問題を巡り米欧の溝も深まっています。

日経新聞によると日本政府関係者は「今回のG7は何が出てくるか分からない『びっくり箱』だ」と話しているそうです。

ビアリッツ周辺では、地球温暖化対策への取り組みを求めるエコロジスト、グローバル経済に反対する黄色ベスト運動、労働組合のメンバーら9000~1万5000人が抗議行動に参加しました。

保護主義とポピュリズムの中心人物ドナルド・トランプ米大統領と、リベラル・デモクラシーの旗手エマニュエル・マクロン仏大統領は「オテル・デュ・パレ」のテラスで予定外の2時間ランチ。

マクロン大統領は「リビア、シリア、ウクライナ、北朝鮮、イランについて話し合った」と報道陣に答えました。G7出席に不満を漏らしていた「米国第一主義」のトランプ大統領はいつもと調子が違うツイート。

「フランスとマクロン大統領はすでに非常に重要なG7で本当に素晴らしい仕事をした。 エマニュエルとのランチはこれまでで最高のミーティングだった。 同様に世界の指導者との夕方の会合は非常にうまくいった。成果が出ている」

チャールズ皇太子の称号「Prince of Wales」を「Prince of Whales(クジラの王子)」とツイッターでミススペルしたこともあるトランプ大統領。マクロン大統領の名前のスペルも間違えましたが、すぐに修正しました。

「ミスター・ノーディール」は誰だ

一方、欧州連合(EU)のドナルド・トゥスク大統領(首脳会議の常任議長)は「自由世界とその指導者の団結と連帯が試される困難な試験になる」と危機感を示しました。

トゥスク大統領が今回のG7のポイントを上手くまとめています。

(1)ナショナリズムと新しい形の権威主義が復活。市民と自由に対し人工知能(AI)を悪用するデジタル技術の脅威

(2)アマゾンの火災は私たちの時代の凶兆。EUとメルコスール(南米諸国の関税同盟)協定の調和のとれた批准プロセスを想像するのは困難

(3)貿易戦争は景気後退につながる。G7加盟国間の貿易戦争はすでに低下している信頼を損なう

(4)米国によるイラン核合意の破棄は肯定的な結果をもたらさない

(5)ロシアをG7に再び招待するというトランプ大統領には同意できない。(来年米国で開かれる)次のG7にウクライナをゲストとして招待した方が良い

トゥスク大統領は「ボリス・ジョンソン英首相がミスター・ノーディール(合意なし)として歴史に残ることを好んでいないことを今でも願っている」と牽制しました。

当のジョンソン首相は「ミスター・ノーディールはトゥスク首相の方だ」とやり返し、米英自由貿易協定(FTA)の秋波を送るトランプ大統領には都合よく譲歩を求めました。

エスカレートする米中貿易戦争

G7サミット直前の23日、トランプ大統領は2500億ドル(約26兆円)分の中国製品に課している制裁関税を10月1日以降25%から30%に引き上げると発表したばかり。保護主義が強まり、世界経済に深刻な影響を与えています。

画像

世界経済は保護貿易→自由貿易の流れの中で大きく発展してきましたが、英国のEU離脱決定、トランプ大統領の誕生で自由貿易→保護貿易に逆回転を始めました。

世界貿易機関(WTO)の報告書を見ると20カ国・地域(G7)で新しく導入された輸入制限措置の額が膨らんでいることが一目瞭然です。トランプ大統領が誕生する前の2016年11月140億ドル(約1兆4756億円)から2年間で4810億ドル(約50兆7000億円)と34倍超に跳ね上がりました。

ジョンソン首相は表面上、自由貿易主義者を装っていますが、実はEU域内の貿易競争に負けた英国は保護貿易に戻りたがっているのだと筆者は見ています。

「国はもはや国家としての意味をなさず、市場でしかない」

世界中を覆い始めた保護主義のレトリックは、フランス内政でマクロン大統領を脅かす存在になった右派ナショナリスト政党、国民連合(旧国民戦線)のマリーヌ・ルペン党首の語録を見ると分かりやすいです。

「弱肉強食のグローバル化という経済モデルは自由貿易に基づく生態学的災害だ」

「グローバル化とは奴隷が製造したモノを失業者に売りつけるようなものだ」

「グローバル化の恩恵を受けたのは誰?あなた?あなたの家族?フランス?いいえ!いくつかの多国籍企業と億万長者だ!彼らは犯罪的なイデオロギーのビジョンを満足させるため、私たちの産業と農業をすべて破壊した」

「国はもはや国家としての意味をなさず、市場でしかない」

「人々は自分たちを破壊する弱肉強食のグローバル化にこれ以上関与することを拒む」

「完全なる自由貿易のモデルほど反エコロジーなものはない」

「欧州のシェンゲン協定(加盟国は旅券なしで域内を移動できる)はまるでレストランのようだ。最後に出る者が支払いをする。私たち以外の隣国は国境をコントロールしている。それが何千人もの移民を受け入れる状況に私たちを陥らせている」

「現在のEUは刑務所だ。EUは欧州を殺している!」

「移民のための国際的な協定は大量移民の必然性と利点を私たちに納得させようとする知的テロリズムだ」

G7のうち米国と英国はすでに保護主義の罠にハマり、イタリアやフランスも危うくなっています。ドイツのアンゲラ・メルケル首相の求心力が急速に低下する中、グローバル経済の旗頭として期待される安倍晋三首相も「日韓歴史・経済戦争」の渦中に立たされています。

G7が一致団結して保護主義に打ち勝つメッセージを出すのは非常に難しいでしょう。

(おわり)

取材協力:西川彩奈(にしかわ・あやな)日仏プレス協会副会長。1988年大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事