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日中両国に利したG20と日中首脳会談

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
マイクと水だけしかなかった日中首脳会談会場(9月5日、杭州)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

日中首脳会談を終えた安倍首相は、伊勢志摩サミットにおける経済危機宣言をG20諸国と共有したと述べた。この事実は習主席に有利に働いており、日中首脳会談に進展を与えた。しかしなお日中間の溝は浅くない。

◆伊勢志摩サミット宣言と杭州G20のテーマ

今年5月26日から27日にかけて三重県の伊勢志摩で開催されたG7(先進7か国)首脳会議で、安倍首相は「世界経済が危機に陥る大きなリスクに直面している」として、リーマンショック前の状況に似ていると発言した。このとき一部の国の首脳は首をかしげ、また伊勢志摩サミット閉幕後、日本の少なからぬメディアは、安倍発言に批判的だった。消費税増税延期を正当化するための詭弁と批判するエコノミストもいたほどだ。

ところが、安倍首相の経済危機発言は、G20杭州サミットの議長国となっていた習近平国家主席にとっては、これほどありがたいことはなかっただろう。

習主席としては何としてもG20で南シナ海問題等に関して中国包囲網を形成されたくなかったので、そのためにあらゆる手段を駆使し、「経済問題」にのみテーマを絞りたかったからである。だから「世界経済に危機的問題がある」ことをクローズアップされる方がありがたかったのだ。その結果、G20の首脳宣言では「世界経済の成長は期待よりも弱く、下振れリスクがある」という認識を共有することとなった。

中国のネットでは、「なぜか日本でG7など先進国サミットが開催されると、本当にその年には経済危機が訪れる」といった趣旨の報道が散見される。それらの情報によれば、たとえば、

●2000年「九州・沖縄サミット」⇒アメリカ発のITバブル経済崩壊

●2008年「北海道・洞爺湖サミット」⇒アメリカ発のリーマンショック

●2016年「伊勢志摩サミット」⇒イギリスがEU離脱。世界経済に不安材料。

などが挙げられている。

そのため、G20首脳宣言の中には「イギリスのEU離脱問題に積極的に対応する」という文言さえ盛り込まれている。

つまりG7「伊勢志摩サミット」における安倍宣言は的中したということになる。だから習主席がG20杭州サミットのテーマを経済に絞り込んだのは、決して中国包囲網を回避するためではなく、あくまでも現実に経済危機が存在するからだ、という論理なのである。

安倍首相は思いもかけないところでG20杭州サミットに「貢献」し、皮肉にも習主席に正当性を与えたという結果になるという構図だ。

だから安倍首相もまた、日中首脳会談後の内外記者会見で冒頭に「世界経済が新たな危機に陥るのを防ぐために、金融・財政・構造改革・過剰整備などに関して、あらゆる政策手段を活用し、伊勢志摩サミットにおける首脳宣言をG7先進国がリードする形で、G20新興国とも意識を共有することができた」(概略)と述べたのだろう。

ここでは安倍首相の伊勢志摩理論が正当化され、面目躍如といった形だ。

◆北朝鮮のミサイル発射に関しても

G20 杭州サミットが開催されているまっただ中の9月5日、北朝鮮は日本海に向けて弾道ミサイル3発を発射した。その目的の一つは、明らかにG20参加国が一致して北朝鮮を批難しているであろうことを予測して、それに対する抵抗であったことが考えられる。となれば、G20議長国である中国と、それを晴れ舞台としている習主席に著しい侮辱を与えたことになる。

G20の会議中、安倍首相は北朝鮮の行動を激しく批判する発言をしたが、それはある意味、習主席を擁護したことにもつながると、中国側には解釈できる。

そんなこんなで、安倍首相はG20にさまざまな貢献をしたことになるのである。

さらにG20の場では、習出席が最も言ってほしくなかった(言われることを恐れていた)南シナ海の問題を、安倍首相は口にしなかった。 それもまた習主席の救いになったはずだ。

◆ようやく実現した日中首脳会談

それでもなお、日中会談の時間帯および所要時間に関して、ギリギリまで交渉が続いていた。結局、5日閉幕後に習主席が内外記者向けに行った総括スピーチの後に回されてしまった。日本側は45分間の時間を要求したが、中国側は20分で十分だとし、結果、32分間の会談が行われた。これは、

第一回目の日中首脳会談(2014年11月、北京):25分間

第二回日中首脳会談(2915年4月、ジャカルタ):25分間

に比べれば、少し長くなっており、力関係において日本がやや優ってきたことを示していると言えようか。それはG20における安倍首相の言動を評価したためとみなしていいだろう。

ただし、5日に行われた中韓首脳会談と中英首脳会談には両国の国旗があるが、日中首脳会談にだけは、「相変わらず!」両国の国旗がないことは注目に値する。

そのことは中国大陸のネットユーザーの注意をも引いたらしく、このブログに3か国の比較が出ているし、こちらにも比較があるので、ご覧いただきたい。後者は文末にある「下一頁(次のページ)」をクリックしてめくっていくと、多くの画像が比較として載っている。

ネットユーザーたちも、よほどこの違いが気になったものと思われる。後者のURL(こちら)にあるブログのタイトル「中日首脳会談は安倍に下馬威を与えた」の中にある「下馬威」は、春秋戦国時代から使われている言葉で、「機先を制する恫喝」のこと。出会い頭にハッタリをかませて、どちらが強いかを瞬時に相手に見せつけて勝負し、そのあとに恫喝と策謀を始める戦術を指す。

中韓、中英に関しては、対談の部屋にも国旗があるだけでなく、グリーンが置いてあるなど装飾も異なることは、メイ首相との対談の場パククネ大統領との対談の場と見比べてみても、一目瞭然だ。

安倍首相との対談の場には、マイクと水があるだけである。

中国の武将が昔から使う脅し「下馬威」を、安倍首相に見せつけるという戦略を練ったものと思う。

今回は習主席から歴史問題が出されたなかったというメリットはあったものの、尖閣周辺の中国漁船転覆で中国漁民の命を日本の海保に救われながら、そのお礼を言わないどころか、相変わらずの「下馬威」戦術を使うとは、大国としてあまりに度量が小さいではないか。何を怖がっているのかと言いたくなる。

◆それでも成果はあった

それでも成果はあった。

日中首脳は「対話を促進していくこと」と「東シナ海の平和と安定を維持していくこと」で一致し、「海空連絡メカニズムの早期運用に向け協議を加速させる」とした。前者は、互いの理念なので具体性に欠けるところはあるかもしれないが、後者は一刻も早く実現させてもらわないと困る。万が一にも不測の事態になった場合には取り返しがつかない。

なぜ前者に関しては「理念」に過ぎないとするかというと、まさにG20真っただ中の4日、そして日中首脳会談が行われていた5日と連続して、尖閣周辺の接続水域では中国海警局の公船4隻が堂々と侵入していたからだ。

これまでのコラムで何度も書いてきたが、習主席は南シナ海に関する仲裁裁判所の判決に対して、「常に行動で示していくことが肝心で、言葉などで言っても、それは歴史の資料として紙くずになるだけで何にもならない」という趣旨の発言をし、「既成事実を常態化させることが肝要だ」という基本戦略を打ち立てているからだ。

それを尖閣にも適用していく。

「尖閣(釣魚島)は中国の領土」という主張を一寸たりとも譲歩しないのと同様、これは変わらないだろう。

事実、あれだけ南シナ海問題で中国包囲網が形成されるのを警戒している最中でも、9月3日、なんと南シナ海のスカボロー礁で中国海警局の公船、埋め立て用と見られる漁船、軍の運送船など、計10隻の中国船が確認されている。フィリピン政府はこの暴挙に対して、「明らかに基地を作ろうとしていて憂慮する」と抗議したが、これらの中国側の動きの背景にはアメリカがある。

というのは、フィリピンのドゥテルテ大統領が麻薬撲滅運動により、十分な裁判を経ずに2400人以上の逮捕者を処刑したことに対する「人権問題」を、オバマ大統領が早くから批判していたので、中国は「アメリカとフィリピンの仲」が宜しくないことを見越していたし、3日における米中会談で、オバマ大統領の腰が引けていることを見抜いていたからだ。だから尖閣に対しても、この程度ならば「中国の主権主張のための実行動」を取っていても大丈夫と踏んでいたものと考えられる。

そうは言っても、日中間では、今後は対話を促進していくことで合意しており、2008年以降途絶えていた東シナ海共同開発の問題に関しても話し合いを再開する模様なので、日本側としては「虚(虚勢?)」を捨てて、「実」を取ったと言える。いくらかは改善されると期待していいだろう。粘り強く対話を重ねるのは不可欠だ。

◆今後の日中関係には日露関係が肝心

今後の日中関係を決めていくのは日露関係だ。

9月4日付の本コラム「G20、日中関係は?――日露首脳会談で日本に有利?」で書いたように、日本は大いにロシアとのパイプを深くし、中国を抑えることに力を注いだ方がいい。

「日本―ロシア―中国」「三角関係」を大いに利用し、戦略的に動くことが肝要だ。

日米安保があり、アメリカが対露包囲網を形成しようとしているのに、それはまずいだろうという意見もあるようだが、そうは思わない。

終戦から71年。日本は平和を守り抜いてきた。

戦後レジームからの脱却というより、まだ戦後の講和条約である平和協定さえ結んでいない異常さから脱却しなければならないし、中国から常に歴史カードを突き付けられている日本としては、日本なりの独自の「独立した」戦略は、あってしかるべきだと思う。

それは必ず結果的には、東アジアの平和と安定をもたらすことにつながると信じている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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