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香港民主は死なず――バリケードは壊せない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

2017年からの行政長官選挙に関して、18日昼、立法会で投票が行われた。北京側が要求した偽の「普通選挙」法案は3分の2以上の賛成票を得られず否決された。香港の民主はいまだ死なず。昨年築かれたバリケードは壊れていない!

◆北京が要求した「いつわりの」普通選挙

大陸の中央政府は香港特別行政区の行政長官選挙に関して、2017年から「一人一票」という「非常に民主的な方法」を導入すると昨年8月に発表した。それまでは1200人から成る選挙委員会による間接選挙だったが、2017年からは選挙権を持つ香港市民全員が誰でも一人一票の選挙権を持つことになるのだから、たいへん結構なことではないかと、大陸の中央政府は宣伝した。

ところがこれは実に欺瞞に満ちた民主選挙で、大陸で行われている選挙と同じ方向に持っていこうという、中央のもくろみがあった。

大陸では一応、誰でも立候補していい。そして選挙権を持っている者は誰でも投票する権利を持つ「一人一票」制度によって全国人民代表大会(一応、日本の国会に相当する立法機関)に代表(国会議員に相当)を送るその手前の、各地方の人民代表大会の「代表」(地方議員に相当)を選ぶ。

非常に民主的に見えるだろう。

ところが実際は、中国共産党の指導を受けた「選挙管理委員会」が、立候補者の「適正」に関して調整し、「適切な人物」と判断された少数の者だけが立候補者名簿に残って、その中から投票するのである。

大陸ではこれを「民主的な普通選挙」と呼んでいる。

いま中央政府は、まさにこれと同じ形式の選挙制度を香港にも導入しようとしているのである。

そのために、これまでの「選挙委員会」を「指名委員会」と改称して、その指名委員会が指名する2,3名のごく少数の立候補者のみが香港選挙民に提示される。

これらの人々は当然のことながら、中央の意向を反映した人々である。

だから若者たちは、その「いつわりの民主」「にせの普通選挙」に反対し、「真の普通選挙を!」と叫んできたのである。

◆昨年は失敗したのに今年は成功した理由

この選挙改革をめぐって、昨年9月から12月にかけて、香港の学生らによる大規模な街頭占拠デモが起きた。警察側が催涙弾や強烈な勢いを持つ辛子スプレーなどでデモを鎮圧しようとしたため、学生たちは雨傘で避けようとしたため、その姿が全世界に映し出され、「雨傘デモ」と言われるようになった。

雨傘デモが失敗した原因には、占領中環というアメリカ系のオキュパイ・セントラル派が若者の純粋な動きに入り込んできたからだ。中環というのは香港の金融街の名前で、「オキュパイ・ウォールストリート運動」を真似たものである。

これが市民の反発を買った。

経済活動が阻害されるからだ。

雨傘デモの流れは分断され、学生、民主派議員、オキュパイ派など、ベクトルがバラバラで、結局消滅してしまった。

しかし今年は違う。

6月4日の天安門事件の日も、学生たちだけが単独に行動し、これまでのように大挙した蝋燭の祈りのデモが行われなかった。

一つには、「天安門事件という、大陸の民主弾圧など構っていられない。自分たち、香港人自身の民主が壊されようとしているのだ」という若者たちの切なる叫びと、もう一つには「自分たちは、ここ香港で生まれ、香港で生きてきた香港人だ。ここ香港こそが自分の本土だ」という、新しい本土意識が芽生えたからである。

その意識に基づいた今年のデモは、市民の反感を買っていない。

この力強いが冷静な意識は、昨年のような市民に反感を与えるような行動には出ないという、「自分たちのための民主」という判断を生んでいる。それはあのバリケードが、静かに心に張られ、若者に力強さを与えているように筆者には見える。

類似の意識は、立法会議員の中の27名を占める民主派議員の中にも芽生えたことだろう。

現在の立法会議員数は70名。その3分の2が賛成票を投じないと選挙改正案は可決しない。つまり3分の1が反対票を投じれば否決されるのである。

27名全員が足並みをそろえれば、必ず否決される。

昨年の失敗に危機感を抱いた民主派議員たちが、逆に結束して否決を投じたものと思う。

民主は辛うじて、保たれた。

◆分かれ目は大陸からの観光客と爆買い

それなら万々歳かというと、それがそうではない。

現員の選挙管理委員会は各業種業界から選出されているのだが、これが実は、すでにほとんど親中派なのである。どんなに立候補者に制限を設けないと言っても、選挙権を持っているのはこの1200人の選挙委員だけ。間接選挙だ。

なぜこの選挙委員たちが親中的になって来たかというと、それは北京側の「観光戦略」に端を発する。

まだ江沢民政権だったときに、北京側は香港で国家安全法を通そうとした。すると香港では50万人規模のデモが起きて、その勢いに圧倒され、無期延期(事実上、廃案)にした経緯がある。そこで胡錦濤政権が誕生すると、「人心を懐柔する」という目的で、大陸と香港の観光に関して国家戦略を立て、ビザの緩和、マルチビザなど、つぎつぎと大陸観光客を香港に送り始めた。

その政策はみごとヒットし、膨大な人数の大陸観光客が香港に押し寄せるようになり、爆買いによって香港経済はうるおい、また大陸の富豪が惜しみなく(不正な)大金を注ぎ込んで高額の豪邸を買い始めた。

その数は約700万人の香港市民に対して4700万人。これにより各業種業界から選出される選挙委員会の委員は、すでに親中に傾いているのである。

いまギリギリの拒否権を持ちうる3分の1をわずかに凌駕しているが、今後、香港市民の民心が、どれくらいチャイナ・マネーによって買われていくかに、全てはかかっている。

日本もひとごとではない。

大陸からの莫大な観光客と爆買い。そこにばかり目が行って喜んでいると、やがて世界の「心」はチャイナ・マネーに買われる事態がくるのである。

香港の民主は、ひとごとではない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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