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英メディア、ハイブリッド型勤務定着へ 編集チームの結束薄れる懸念も

小林恭子ジャーナリスト
リモートワークはもはや珍しいことではなくなった(写真:アフロ)

(「新聞研究」3月号掲載の筆者コラムに補足しました。)

 2020年春から感染が拡大した新型コロナウイルスの影響は様々な分野に及んだが、大きな変化の1つとして、働き方および働くことについての考え方が変わったこと
が挙げられる。

 20年3月末、英政府は国民に厳格な行動規制を課す、いわゆる「ロックダウン(都市封鎖)」体制を敷いた。学校も会社もほとんどの小売店も閉鎖を余儀なくされたため、子どもたちは自宅で勉強し、仕事を持つ親は家の中でリモート勤務となった。顔を合わせての会議の代わりに動画アプリ「ズーム」があっという間に広がった。テレビでは、専門家がズームあるいは無料通話ソフト「スカイプ」などを使って「出演」する、あるいは記者が取材対象者にこうしたアプリを使ってインタビューすることが、もはや珍しくなくなった。

 英国では、一時的措置として始まった自宅勤務と出社勤務とを組み合わせる「ハイブリッド」型が定着しつつある。ニュースサイト「プレス・ガゼット」が全国紙と大手放送局での「在宅勤務(Work From Home=WFH)」の状況をまとめている(今年1月19日付)。概要を紹介したい。

出社は週3日に

 ニューズUK社が発行する高級紙「タイムズ」と日曜紙「サンデー・タイムズ」はコロナを機にそれぞれの編集室を同じ階に移動させた。もし両紙の記者や編集者全員が出社すれば、座る席が足りなくなるほどの空間しかない。広報担当者によると少なくとも週3日は編集室に出社することになっているものの、取材で出かけている記者も多く、これが守られているかどうか、全体像をつかむのは難しいという。

 同社の親会社ニューズ・コーポレーションの最高経営責任者ロバート・トムソン氏は年明けの職員向けのメールの中で、「活気ある職場環境」を再度構築したい」「生産性と創造性をより向上させたい」と述べ、出社の頻度を高めるよう呼びかけた。

 しかし、ニューズUK発行の大衆紙「サン」の若いスタッフ、特にウェブサイトを担当しているスタッフは「会社の同僚との交流を自分の仕事とは思っていない」、「どこで働いてもまったく同じ仕事はできる」と考え、以前の勤務体制に戻ることに抵抗感を持つという。

 大衆紙ミラー、エクスプレス、スターなどを発行するリーチ社もこれまで2つの階に置いていたそれぞれの編集室を一つの階にまとめた。全員が出社すると席が不足し、記者は会見が行われる日や企画会議がある日を中心に週に2~3日の出社となっている。

 コロナ前と同様の出社勤務体制を敷くのは、高級紙「デイリー・テレグラフ」と日曜紙「サンデー・テレグラフ」を発行するテレグラフ・メディア・グループだが、ほかの全国紙はいずれもハイブリッド型だ。明確に勤務予定を定めているのが、経済紙「フィナンシャル・タイムズ」。記者は火曜、水曜、木曜に出社が期待され、ニュース・デスクは週に5日出社する。

BBC、スカイテレビは

 昨年10月、公共放送BBCは「柔軟な働き方についての方針」と題された文書を作成した。「柔軟な働き方」としてパートタイム勤務のほかに、タームタイム(授業が行われている学期中のみ勤務)、リモート勤務、ハイブリット勤務、常に家庭での勤務、職務シェア勤務、一時休暇制など、12の選択肢が挙げられている。

 BBCの報道部職員がプレス・ガゼットに語ったところによると、「人事部を含めほとんどの部署で柔軟な勤務体制が取られてきたが、報道部門は例外だ」。BBC広報によると、「報道部の補助スタッフは週に2~3日の出社」という。

 衛星放送のスカイニュースの場合も、週に2日、自宅勤務を認めるハイブリッド型を採用しているが、放送記者の場合はスタジオや現場からの出演になるため、これが必ずしも当てはまらなくなる。

 日刊紙「デイリー・ミラー」と日曜紙「サンデー・ミラー」のアリソン・フィリップス編集長は記者に対し頻繁に出社するよう呼びかける。編集スタッフ同士の「つながりを強化する」「創造性を生み、編集スキルや価値観を伝える」ことができるからだ。新たに採用されたスタッフには特に、編集室での作業が「いかに楽しいものか」を伝えたいという。

 ハイブリッド型勤務は今後も続くだろうか?

 国家統計局がコロナのロックダウンで自宅勤務となった人々に今後の意向を聞いたところ、8割がハイブリッド勤務を望んでいた(昨年5月23日発表の調査)。昨年2月時点でハイブリッド勤務者の割合は13%だったが、5月には24%に増加した。

 下院調査(昨年10月発表)では、ハイブリッド勤務の利点として幸福感の増大、仕事達成の満足感、プライベートな生活とのバランス向上などが挙げられ、不都合な点としては長時間労働、健康への悪影響、他者との関わりおよび昇進の機会の減少、公私の区切りが困難などが挙げられた。

 筆者はかつて新聞社にいたが、時には罵声が飛び交う編集室で同僚や上司と協力しながらモノを作り上げる作業には、独特の真剣さと楽しさがあった。取材で外に出ていても、最後は編集室に戻る。編集室は本拠地であり、仲間とつながる場所でもあった。週に2-3日の出社となれば、つながりは緩くなりそうだ。

 しかし、週5日の出社が当然視される働き方は、少なくとも英国のメディア界には戻ってきそうにない。テクノロジーの発展によって自宅やほかの場所でも出社した場合に近い作業環境を実現できるようになったことに加え、若者を中心により自由度が高い勤務体制を望むようになっているからだ。もはや後戻りはできない。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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