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北朝鮮は日本など相手にしていない―「長距離ミサイル」発射、蚊帳の外で騒ぐ日本の政治やメディア

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
北朝鮮の「ミサイル」発射は安倍政権には追い風だろう。(写真:ロイター/アフロ)

先日、北朝鮮が「事実上の長距離ミサイル」を発射したことで、一番、喜んでいるのは安倍首相だろう。これで支持率が上がると。さっそく、与党幹部との会議のなかで安倍首相は「安保法制のおかげで今までよりはるかに日米の連携ができるようになった」と自画自賛したと報じられている。日本のメディアも、まるで日本が攻撃目標にされたかのような大騒ぎ。北朝鮮の瀬戸際外交は本当に愚かとしか言えないが、一方で、日本側も本当に進歩がない。

○日本はターゲットではない

北朝鮮が「事実上の長距離ミサイル」を発射した後、日本のテレビ、特にNHKは予定していた番組を中断し、沖縄への迎撃ミサイルPAC3の配備などの関連ニュースを延々と報道するなど、まるでこれから戦争が始まるか否かのような騒ぎぶりだった。だが、日本側が勝手にパニックになっても、はっきり言って北朝鮮側は、日本など相手にしていない。それは、今回の「事実上の長距離ミサイル」が、大陸間弾道ミサイル開発の一環、つまりその標的は日本ではなく、米国であることからも明らかだ。北朝鮮の行動原理は、金家による独裁体制の維持、これにつきる。その独裁体制を崩壊させる軍事力を持ち、そして実際にそれを行いうるのは、米国である。日本の自衛隊の攻撃力もなかなかのものだが、現時点で日本が北朝鮮に単独で先制攻撃をしかけ、体制を崩壊させることは現実的ではない。だから、脅威として米国ことは非常に意識しているものの、日本はそうでもない。

○核合意・制裁解除を得たイラン、取り残された北朝鮮

なぜ、このタイミングで発射したかも、やはり米国を意識したものだろう。オバマ政権は、昨年、長らく敵視していたイランと欧米の対話をまとめ、イランの核開発を「平和利用に限る」「核施設を縮小する」ことを条件に対イラン制裁解除に合意。そして、先月に、イラン核合意の発効と制裁解除を欧米は宣言した。同じく、核開発が問題とされ、制裁の対象とされている北朝鮮としては、イランがうらやましくて仕方ない。それは、態度を軟化させ、対話路線に転じたイランに対し、「核実験」を強行するなどしてきた北朝鮮側の自業自得でもあるのだが、ともかく米国にかまってほしいから、わざと米国を刺激するようなことをした、というわけである。つまり、今回の「事実上の長距離ミサイル」は、いつもの瀬戸際外交の一環にすぎない。ただ、逆に言えば、イランの成功を具体例として、愚かな挑発行為や核兵器開発をやめる、拉致問題を解決させる意思があるならば、制裁緩和もありうることを、北朝鮮側に伝えることも大事なのかも知れない。

○「北の脅威」を利用する安倍政権

こうした北朝鮮側の行動原理や実際の動き方を観ていれば、日本が攻撃されるかもというパニックにはならないハズなのだが、北朝鮮の脅威を自民党はこれまでも何度も利用してきた。イラク戦争の支持・支援や、安保法制の論議のなかでもそうした「北の脅威」が利用されてきたのである。本来であれば、メディアの役割は権力の監視であり、冷静な分析を下に過剰な脅威論をけん制するべきなのだが、メディア側もこの間、危機感を煽りまくり、権力側のプロパガンダとの相乗効果を生んでいる。

安倍政権は、「北の脅威」を利用し、安保法制や改憲、辺野古への米軍基地移設を正当化することだろう。だが、可能性は低いが仮に北朝鮮が日本を攻撃するとして、真っ先に狙うのは在日米軍基地だろう。それは上記したように、米軍こそが北朝鮮にとって最大の脅威だからである。また、原発も簡単に甚大な被害を与えうるターゲットとされるかもしれないが、安保法制での国会質疑でも明らかなように、安倍政権は有事の際の原発への攻撃を想定していない。

○イラク戦争が招いた「北の脅威」

安保法制をめぐる国会審議から観ても、安倍政権はイラク戦争を日本が支持・支援したことに、何の反省もなく、また何も学んでいないようであるが、そもそも、現在の国際情勢において、イラク戦争を阻止できなかったことの弊害の大きさを、日本の政治家達、特に自民党の政治家達はあらためて理解すべきだ。米ブッシュ政権は、「悪の枢軸」として、イラク、イラン、北朝鮮を名指し。イラクは難癖以外なにものでもなかった「大量破壊兵器疑惑」に対し、国連の査察を受け入れた。それにもかかわらず、米国は先制攻撃をイラクに行い、サダム・フセイン政権を崩壊させた。これを北朝鮮やイランがどう受け取ったか。イラク戦争開戦後の2004年1月、北朝鮮の外交官はイラク戦争について「我々の軍事優先の正当性を一層確信させた」と発言。同11日付けで、北朝鮮の政府機関紙も「大量破壊兵器の捜索がまさか戦争につながるまいと考えたことがイラクの失策だった」と論じている。その後、北朝鮮もイランも核開発を一層、推進した。国連の査察を受け入れるなど、最大限譲歩し、外交努力しても結局は攻め込まれるのだから、抑止力としての核を持った方がいい、というマインドを北朝鮮とイランに植え付けたのは、他でもない米国である。そして米国のそうした暴走を諫めるどころか、走狗となって国連外交で対イラク攻撃安保理決議をとろうと奔走したのが日本である。上記したように、イランは昨年態度を軟化させたが、北朝鮮は今なお「イラク戦争の教訓」に忠実だ。北朝鮮を擁護する気は全くないが、客観的にみて米国の暴走がことをややこしくしたことは事実であろう。

○メディアはパニックを煽るのではなく、冷静な分析を

筆者の知り合いにはメディア関係の方々も多くいるのだが、是非、お願いしたいのは、上記のような事実関係を踏まえ、冷静な報道に努めてもらいたい、ということだ。北朝鮮の脅威を過剰に演出し、パニックを招いた結果、安保法制推進や改憲に利用されるなど、ジャーナリズムとして恥ずべき行為だ。また、むしろ安倍政権が安保法制や、およそ憲法とは言えないような自民党改憲案関連情報での改憲などを推し進めていくことこそ、むしろ日本の安全保障上の脅威や人権上の問題をより深刻化させるだろうことを、あらためて肝に銘じてもらいたいのである。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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