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ウーバー配達員の「業務上過失致死罪」 AIの「アルゴリズム」が遠因か!?

溝上憲文人事ジャーナリスト
(写真:西村尚己/アフロ)

 1月26日。ウーバーイーツの配達員が自転車で配達中に老人をはね、死亡させた事件の初公判が東京地裁であった。

 配達員の被告男性(28歳)は雨天の夜に時速20~25キロで走行し、目に入った雨か汗を拭うために片手運転をしていたと語っている。検察は自転車事故では異例の業務上過失致死罪を適用し、禁錮2年を求刑している。痛ましい事故を招いた配達員の危険運転の責任は免れない。

仕事中の過失致死事故でも使用者責任は問われない?

 ただ、気になったのは「業務上過失致死罪」とあるように仕事中に起きた事故であれば通常、使用者責任も問われるはずだ。しかし使用者責任を規定した民法715条には「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」とされ、働く人が雇用されている人に限定されているように見える。

 これに関してウーバーイーツは、配達員は「個人事業主」であって雇用労働者ではないとしている。同社のホームページでも「個人事業主として、働く時間や仕事量を選べます」と書いている。また配達員との契約でもこう記している。

貴殿(注:配達員)は、別途明示する場合を除き、Uberがデリバリー等サービスを提供するものではなく、全ての当該デリバリー等サービスはUber又はその関連会社により雇用されていない独立した第三者の契約者により提供されることを了承することとします。

 つまり「あなたはウーバーに雇われているのではなく、独立した個人事業主ですよ」と念押ししている。配達員は一般的にウーバーなど、プラットフォーム事業者が運営するインターネット上のアプリを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」あるいは「プラットフォームワーカー」と呼ばれる。

 ウーバーイーツの配達員は10万人を超えるが、近年増え続けるプラットフォームワーカーの法的保護を含めた社会保障のあり方に関する議論が世界中で巻き起こっている。その一方で、運営するプラットフォーム側はウーバーのように配達員が事故を起こしても使用者責任も免れるというメリットもある。

「インセンティブ報酬」のために雨天でも走り続けた!

 もう一つ気になったのは裁判で検察側が冒頭陳述で「追加報酬を得るため悪天候でも配達していた」と指摘したとされる点だ。検察の陳述は以下のように報道されている。

「ウーバーには悪天候時などに追加で支払われる『インセンティブ報酬』があった。被告は迅速な配達のために高性能のロードバイクを利用し、事故当時はブレーキパッドが大きくすり減り、ライトも壊れた状態だった。当日は雨も降り始めたが、追加報酬のために配達を続けたという」(『朝日新聞』2022年1月27日朝刊)

 ここに出てくる「インセンティブ報酬」とは何か。

 実は事故につながりかねない危険運転を招きかねない原因の一つがウーバーの配達員の報酬の仕組みそのものに内在している。配達員の報酬は基本配送料とインセンティブで構成されるが、インセンティブの比重は大きい。たとえば昼食時、夕食時の注文需要が多いピーク時の時間帯はプラス100円、200円が上乗せされる。配達回数が多いほどインセンティブ報酬が増える。

 さらに雨天時も配達回数によって上乗せされる。つまり配達回数を増やすために雨天時や夜間も自ずとスピードを上げざるを得ないという危険性が常につきまとっている。

 また、指定された期間内に一定の回数を超えると支払われる「クエスト」と呼ぶインセンティブボーナスがある。月・火・水・木の4日間もしくは金・土・日の3日間に規定の配達回数をクリアするとボーナスがもらえる。配達員の間では“日またぎインセ”と呼ばれているが、具体的には、この期間内に配達する回数プランを選択する。

インセンティブボーナスをもらうためにスピードを出すことも
インセンティブボーナスをもらうためにスピードを出すことも写真:つのだよしお/アフロ

目標の配達回数をクリアしないとボーナスがもらえない

 ウーバーイーツの配達員で構成するウーバーイーツユニオンの土屋俊明委員長は「25回、35回、45回といった回数プランがあるが、100回だと2万円程度の報酬が上乗せされる。専業でやっている人にとってはこの報酬が得られなければ生活も厳しいだろう。ただし、75回プランを選び、74回しか配達できなければインセンティブは出ない」と語る。

 クエストは規定の回数に達しなければ報酬が出ないので配達員は必死になる反面、事故を誘発しやすい。「事故を起こす可能性があることを配達員は誰もが自覚している。できれば“日またぎインセ”をなくしてくれと言う人も多い。二輪車なので転倒の可能性が常にある」(土屋委員長)と言う。

 実際に事故も発生している。ウーバーイーツユニオンがまとめた「事故調査プロジェクト報告書」(2020年7月21日)によると、クエスト中の事故が約7割(73%)を占めている。

 たとえば家族を支える40代の専業の男性配達員は毎年事故を起こしている。月収は約40万円だが、クエストなどのインセンティブが大きな比重を占めている。朝10時から夜10時まで1日12時間程度働いているが、月・火・水・木と金・土・日の両方のクエストをこなすために1週間フル稼働している。

 最初の事故は2018年、バイクで走行中にタクシーに追突され、頸椎捻挫で全治1ヶ月。2019年はひき逃げ事故で転倒し、腰の骨折と打撲で全治2ヶ月。これを機にバイクは危ないということで自転車に変えたが、2020年に雨天時の走行中に転んで左腕を骨折し、前歯を折る事故を起こしている。

 どんなに注意していても事故は起こる。しかも男性は雇用労働者であれば月間100時間を超える残業をしていることになる。長時間働けば、心身の疲労が蓄積し、事故を誘発してしまう危険度も高まる。

 冒頭の死亡事件でも検察は「インセンティブ報酬を得るため悪天候でも配達していた」と言っているが、クエストの回数達成などインセンティブ獲得のために、雨天の夜に時速20~25キロのスピードで走行していた。

 つまりウーバーの報酬システム自体が事故の遠因になっていたともいえる。検察も暗にそのことを指摘していると思えなくもない。

AIのアルゴリズムに支配されている配達員

 実はインセンティブを含めた報酬システムはアプリのAIのアルゴリズムによって管理されている。アルゴリズムとは収集されたデータを入力し、微分積分、論理、確率などの数学的操作を用いて目的に合致するように高速処理で計算を行う仕組みや計算式のことだ。

配達員の誘導など配達システムをAIのアルゴリズムが管理している
配達員の誘導など配達システムをAIのアルゴリズムが管理している提供:イメージマート

 ウーバーの場合、飲食利用者の注文に対してアルゴリズムが30分以内に配達するために、エリアに近い配達員に「配達リクエスト」を送り、配達の移動距離、飲食店での待ち時間、交通の状況、需要と供給のバランスなど多くの関係要素を加味してインセンティブや配達料金を決める。また、ランチ、夕食、あるいは雨天時の需要に応じたインセンティブも同様だ。

 つまり配達員は“アルゴリズム上司”によって管理されている。ある配達員は時折「AIに支配されている」という感情を抱くと語っているが、もっともな感覚だろう。

 しかし、人間の上司と違うのは、雨天や夜であっても品物を速く届けるために、いかに配達員を誘導するかという「効率性」のみに重点が置かれ、配達員に対する「安全配慮の概念」がアルゴリズムに組み込まれていないのではないかという疑念を抱く。今の情報科学であれば、人通りの多い道路やスピードの出し過ぎに警告を発することも可能ではないか。

EUがアルゴリズム管理を規制する法律案を発表

 ちなみに欧州連合(EU)の行政府である欧州委員会は2021年12月9日、デリバリー配達員などプラットフォーム労働者の保護を柱とするEU加盟国を拘束する法律案(EU指令案)を発表した。

EUはプラットフォームワーカーのアルゴリズム規制を盛り込んだ法律案を発表
EUはプラットフォームワーカーのアルゴリズム規制を盛り込んだ法律案を発表写真:イメージマート

 労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究所長の論稿「EUのプラットフォーム労働指令案」(『労基旬報』2022年1月5日号)によると、指令案にはアルゴリズム管理を規制する項目もある。

 アルゴリズムの、プラットフォーム労働者の労働遂行を監視、監督、評価する「自動的モニタリング」と、作業割当、報酬、労働安全衛生、労働時間、契約上の地位(アカウントの制限、停止、解除を含む)などに重大な影響を与える決定をしたり、支援するのに用いる「自動的な意思決定システム」の2つの機能について、EU加盟国がプラットフォームに情報提供するように求めることを義務づけている。

 そして労働安全衛生に関するアルゴリズムの規制ついて、濱口氏はこう紹介している。

「デジタル労働プラットフォームは、①自動的なモニタリングと意思決定システムのプラットフォーム労働者の安全衛生に対するリスク、とりわけ作業関連事故や心理社会的、人間工学的リスクに関して評価し、②これらシステムの安全装置が作業環境の特徴的なリスクに照らして適切であるかを査定し、③適切な予防的、防護的措置を講じなければなりません。自動的なモニタリングと意思決定システムがプラットフォーム労働者に不当な圧力を加えたり、その心身の健康を損なうような使い方は許されません」

 ウーバーに即して考えると、配達中の事故リスクに対する安全装置がアルゴリズムに組み込まれているか、それがなければ予防や防護的措置を講じるよう求める義務が加盟国にあるということだ。同時に、EU加盟国に事故や心理的、人間工学的リスクなどに対するアルゴリズムの意思決定の影響をモニターする十分な人員を確保するようプラットフォームに求めることを義務づけている。

日本でも「配達員の安全管理」に関するアルゴリズム規制が必要

 またこうしたアルゴリズムに関する規制について、濱口氏は「雇用関係を有するプラットフォーム労働者だけではなく、雇用関係のないプラットフォーム労働遂行者にも適用されます」と述べている。

 前述したように事故を誘発するアルゴリズムを含めたウーバーの配達システムに「配達員の安全管理」を取り入れるような構造上の見直しをしない限り、事故発生を根本的に解決することは難しいだろう。

 コロナ禍の在宅需要や海外のデリバリープラットフォームの日本への参入で配達員も増加している。ウーバーの配達員を含めると少なくとも20万人~30万人に上るのではないか。それにともない今後も第三者を巻き込む事故も増える可能性もある。

 EUに限らず、日本でも配達員の事故リスクを低減する制度的措置を講じるべきだろう。

人事ジャーナリスト

1958年鹿児島県阿久根市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』(光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『辞めたくても、辞められない!』(廣済堂新書)、『2016年残業代がゼロになる』(光文社)、『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』(プレジデント社)など。

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