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“45歳定年”リストラ企業VS長期雇用企業 本格化する雇用の二極化

溝上憲文人事ジャーナリスト
今後、大企業の本格的リストラが始まる可能性もある(写真:西村尚己/アフロ)

3割超の大企業が「早期退職制度」の導入または検討 

 新浪剛史・サントリーホールディングス社長の「45歳定年制」発言がいまだに議論を呼んでいる。45歳定年は暴論だが、その趣旨はキャリアの棚卸しや学び直しによって他社に転職するなどセカンドキャリア推奨策と捉えられている。

 一方、その発言に呼応するように、パナソニック、ホンダ、大和ハウス工業といった大手企業が「セカンドキャリア支援」という名の早期退職者募集を実施している。

 この3社に限らず、今年に入っても上場企業の早期退職者募集が相次いでいる。まるで日本の大手企業のほとんどが終身雇用をやめて、事実上の“45歳リストラ”が雪崩を打って始まっているような印象を受けるが、実はそれほど多くはないのだ。

 東京商工リサーチが大企業を含む9039社に実施した「早期退職やセカンドキャリアに関するアンケート」調査(2021年10月21日)によると、早期退職・セカンドキャリアに関連する制度を導入している企業は3.8%(349社)にすぎない。約9割(89.6%)が「導入しておらず、今後も検討する予定はない」と回答している。

 とはいってもメディアで取り上げられる希望退職者募集はリリースを出している大企業が多い。大企業(資本金1億円以上)に限定すると、早期退職・セカンドキャリアに関連する制度を導入している企業11.2%と多くなる。それでも1割強にすぎない。メディアで「終身雇用は終わった」「誰もがリストラの対象になる時代」と騒がれている割には少ないし、実態としては雇用に手をつけている会社がそれほど多くないことがわかる。

 しかし今後はわからない。同調査によると、上場企業を含む大企業の約2割(19.3%)が「今後の検討を含め、早期退職・セカンドキャリア制度を導入する」と回答している。すでに制度を導入している企業は過去の事例でも度々リストラを繰り返しているところが多い。合計すると、3割超の大企業がリストラ企業に変身するということだ。

 ということはこれまでメデイアが騒いできたリストラはまだ序の口であり、今後、本格的にリストラが起きることになる。東京商工リサーチも「新型コロナ感染拡大で、業種により雇用維持が困難な企業もあるが、『早期退職』制度の導入は雇用悪化にもつながりかねない」と警鐘を鳴らしている。

 日本の大企業の従業員数は約1500万人(2016年)。単純に3割超の大企業の従業員は500万人弱、大企業で働く3人に1人がリストラの危機に直面することになる。

「終身雇用」の代表格であるトヨタ自動車の豊田章男社長
「終身雇用」の代表格であるトヨタ自動車の豊田章男社長写真:つのだよしお/アフロ

「長期雇用」型とリストラ不可避の「新陳代謝型」企業に二極化

 見方を変えれば、日本の大企業が従来の「長期雇用型」とリストラによる「新陳代謝型」の二極化の様相を呈してきたことを意味する。

 現在でも正社員の長期雇用型の大企業は多い。代表格はトヨタ自動車。豊田章男社長が一時期「雇用は守れない」といった発言がメディアで騒がれたが、終身雇用は同社の企業文化として定着し、今も堅持されている。長期雇用といっても必ずしも年功型賃金というわけではない。また、流行のジョブ型は「解雇が可能になる」といった間違った言説が飛び交っているが、2000年初頭に今でいうジョブ型賃金に近い制度(役割・職務給)を導入したキヤノンも雇用を守ることを最優先にしている。一方、新陳代謝型とは不要な社員を排出する一方、中途で新たに採用する“人材入れ替え型”の企業である。

 こうした二極化は社員の意識にも表れている。日本生産性本部の「第7回働く人の意識に関する調査」(2021年10月21日)によると、今後の自身の雇用について「かなり不安を感じる」13.7%、「どちらかといえば不安を感じる」35.2%、合わせて48.9%が「不安を感じている」と回答している。一方「全く不安を感じない」14.3%、「どちらかと言えば不安を感じない」36.8%、合わせて51.1%。リストラの不安に怯える人と不安を感じない人が拮抗している。

「社員を辞めさせろ!」中高年社員の「排出」と「再生」型企業

 二極化を中高年に焦点を当てると、「排出型」と「再生型」企業の2つに分かれる。すでにこうした二極化の様相は現場では数年前から露骨に現れている。大企業の40代以降のキャリア開発研修を行っている研修会社の講師はこう語る。

「40代後半以降のシニア社員の活性化に取り組んでいるが、シニアに冷たい人事部長や経営者もいる。研修前にアンケートとヒアリングを実施し、個々の強みと弱みを分析し、今後の活用の可能性について経営者に提案した。ところが経営者は人事部長に向かって『お前、何に金を使っているんだ。そんな金があったら、そいつらを1人でも2人でも辞めさせて、若い社員を採用するのがお前の仕事だろう』と一喝した。それを聞いて、この社長も会社も腐っているなと思った」

 もちろんこんな会社ばかりではない。真面目にシニアの活性化に取り組む企業もある。

「業界や企業によって違うが、全体としてはシニアを活かしていかないといけないという認識が広まり、活性化に取り組む企業が増えている。ただ、各論ではモチベーションや能力も停滞している人をどうするのかというのが論点になる。余剰だから切ろうという会社はキャリア開発研修と称して、今の会社で活躍するのは無理だから、スキルを外で活かすことを勧め、早期退職者募集に誘導するところもある。一方、今後の人手不足を見据えてモチベーションを上げるためにシニアの能力開発に真剣に取り組んでいる企業も多い。肌感覚としてはリストラ目的の研修が4割程度、今後も社員を活かしていこうという研修が6割程度ではないか」(前出・研修講師)

 ここでも排出型と再生型の二極化が進行している。では両者を代表する企業の人事担当者はどう考えているのか。

リストラの理由は、意欲のない社員の放出とコスト削減効果

 50歳以上の社員を対象に早期退職者募集を実施したことのあるサービス業の人事担当役員はリストラの理由をこう語る。

「新規事業を含めた新しい分野に挑戦していく方針を掲げているが、50歳を過ぎた社員が新しい価値を生み出すとは思えない。当社は40代以上の社員が半数を占めるが、4年後には50代以上が30%を占める。今のうちに人口構成を正し、後輩世代に活躍の場を与えるなど新陳代謝を促すこと、加えてこれまで長く年功的賃金が続いてきたことで50歳以上は非管理職でも賃金が高い。この状態を続けていけば会社の体力が耐えられなくなるという不安もある」

 要約すれば①50代以上の社員は概して仕事への意欲が足りない、②人口構成の修正による若手の活性化、③コスト削減効果――の3つが中高年をターゲットにした理由だ。

 新卒や労働人口の減少の中で中高年を鍛え直して戦力化する必要もあるのではないか、また、人件費が高いのであれば成果主義の賃金制度に切り替えればよいのではと聞くと、こう語る。

「意識改革のための研修も何度かやったが、今までの自分たちのやり方を変えたくない人も多い。会社が変わろうとするときに、その人たちが逆に抵抗勢力になるかもしれない。すでに実力主義の賃金制度改革を実施しているが、既得権があり、50代の給与を急激に減らすのは困難だ。人手不足対策としては毎年積極的に中途採用を行っているので今のところはカバーできている」

 同社のリストラの理由はおそらく他の大企業も共通するものだろう。やる気のない社員を鍛えるよりも、フレッシュな中途人材を採用したほうがよいという判断だ。

「従業員と家族が幸せでなければ顧客も幸せにできない」

 一方、「長期雇用」型企業はどんな考えで雇用維持にこだわっているのだろうか。約3000人の社員を抱える製造業の人事部長はこう語る。

「当社は経営理念に『総親和の下、会社と従業員の繁栄を図る義務がある』を掲げている。そして経営基本方針の1番目に『従業員と家族を幸せにする』ことを目的としている。雇用を守ることは当然であるが、持てる能力を十二分に発揮して会社に貢献してもらうには、何よりも従業員が幸せであることが大切と考えている。従業員が幸せでない会社がお客様を幸せにすることはできないし、一番近い人間を幸せにすることによって、それ以外の人々も幸せにすることができるという考え方だ。そのために一番お金を必要としている子育て世代の支援やワークライフバランスの充実にも取り組んでいる」

 同社は「社内保育室」の設置や男性社員の育児参加促進にも早くから取り組んでいる。金銭的支援では住宅手当の増額や扶養手当の中の子どもの支給対象年齢の22歳まで引き上げなども実施している。諸手当の支給を廃止する企業が多いなかでの増額や、20歳過ぎの子どもを持つ50代社員に対しても手厚い支援を行っている。

 一見地味だが、長期雇用を標榜するこうした企業は数多くある。別の機械部品メーカーの人事部長は「超大手企業より報酬は高くないが雇用は安定し、離職率も低い。規模は小さくてもその分、個人の仕事の裁量が大きく、いろんなことを経験し、キャリアを積める。何より同僚や先輩が熱心に面倒を見てくれる」と自賛する。

 いずれにしても大企業の「長期雇用型」とリストラによる「新陳代謝型」の二極化が今後益々進行していくことになる。このことは就活生の会社選びにも影響してくるだろう。就活生や若い現役の社員にとっては、直接リストラの候補者にならないとしても、自分のキャリアプランの見直しを迫られることになるのは間違いないだろう。

人事ジャーナリスト

1958年鹿児島県阿久根市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』(光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『辞めたくても、辞められない!』(廣済堂新書)、『2016年残業代がゼロになる』(光文社)、『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』(プレジデント社)など。

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