バンダイの大幅初任給アップのカラクリとは 社員間給与格差拡大時代の幕開け
初任給30%アップの衝撃
バンダイをはじめバンダイナムコグループの大幅な賃上げが話題になっている。バンダイは22万4000円の初任給を今年4月から30%増の29万円に引き上げ、同様に全社員の平均月給を27%程度引き上げる。
同様にバンダイナムコエンターテインメントも23万2000円の初任給を29万円に引き上げ、全社員の月給も平均5万円引き上げると発表している。
企業の初任給自体は毎年徐々に引き上げられているが、それでも2021年の平均は21万9402円(大卒事務系、経団連調査)。29万円に引き上げるのは破格の賃上げだ。一般的な若年層の賃金カープは定期昇給などによって毎年8000~1万円程度上がり、30歳で30万円前後というのが相場だ。バンダイは一挙に30歳の月給に引き上げたことになる。
仮にボーナスを世間相場の月給の5ヶ月とすれば、年収は約500万円になる。初任給アップは優秀な新卒人材の獲得にも効果があるだろう。500万円といえばゲーム業界のDeNAの初任年俸(ビジネス職)に相当する。
しかもバンダイの大きな特徴は新卒初任給を一律に引き上げている点だ。実は優秀な新卒人材の採用に関しては、これまでAIなどデジタル人材に限定し、特別枠で年収1000万円超を提示する企業もあった。だが、現実には必ずしも成功しているとは言えない面もある。
過去の初任給大幅アップはなぜ失敗したのか
例えば、ある大手IT企業はAI人材を年収1000万円で募集したが、結局、期待した人材はそれほど獲得できないばかりか、社内に“副作用”をもたらしたという。同社の関係者は「採れなかったのは、外資の大手IT企業は2000~3000万円の報酬を提示し、太刀打ちできなかったことが大きい。それだけではなく、高額の報酬に対し、既存の社員から不満が続出し、モチベーションが低下するなど、職場の雰囲気が悪化した」と言う。
社内から不満の声が出るのも無理はない。年収1000万円といえば、従業員1000人以上の大企業の50歳(大卒総合職、事務・技術)のモデル年収とほぼ同じだ(中央労働委員会調査、2020年)。中堅企業であれば部長クラスに相当する年収であり、まさに親世代と同じ年収をもらうことになる。
同質的な体質が色濃く残る日本的組織の中で、会社はその人材をうまく活用できるのか、また、仕事の経験がない新卒社員が1000万円の年収に見合う成果を出せるのかという疑問もあるだろう。
別のIT企業の人事部長は「仮に優秀な学会論文を発表した実績があるといっても、限られた面接時間内に能力を見極めるのが難しいうえに、この人はいくらと決めるのは難しい。一流大卒でポテンシャルがあると思う人でも実際に仕事ができるのかわからないのに、高額の報酬を新卒に払うのはリスクが高すぎる」と語る。
また、新人の指導は技能の育成だけではない。業務の進め方や社員間の仕事の調整、何より職場の風土になじむための人間関係構築力の向上も含まれる。新人を育成するのは先輩・上司だが、先輩や上司たるゆえんは報酬の序列に基づいている。本来なら本人より報酬が高い部長クラスがその任に当たるべきだろうが、新人より報酬の低い課長、係長クラスに丸投げしたら育つどころか、才能を潰してしまうことになりかねない。
年功的要素を残した土壌で新卒に高い年収を与えれば、下手をすればせっかく採用した優秀な人材が離職してしまう可能性もある。
「ボーナス偏重」型給与を見直し、月給を増額
その点、バンダイの賃上げはそうした心配はない。初任給の一律アップだけではなく、それに応じて全社員の平均月給も27%引き上げるので不満どころか、モチベーションも高まるだろう。
しかし、要員に応じた総額人件費管理を徹底している企業が多い中で、人件費総額を30%近くも増やすような奇特な企業があるとも思えない。実はバンダイは月給は増やすがボーナスもそれに応じて増やすとは言っていない。
同社のプレスリリースには「社員の収入安定化を目的に、年収における月額給与の比率を引き上げ」と謳っている。これについて「新制度は業績に連動する賞与の水準を引き下げる代わりに、毎月確実に支給される基本給を増額する内容」と報道されている(時事通信)。
つまり年収に占める月給とボーナスの割合を変えたのであり、年収ベースの大幅な賃上げではないということだ。これに関してはバンダイの社員の口コミ評価では以前から「基本給が少なく、その分ボーナスは8ヶ月」とか「ボーナス偏重型の給与」という声が挙がっていた。
新制度ではボーナス偏重を是正したのだろうが、それでも業績によって変動するボーナスを減らし、固定費である月給のウエイトを高めることは企業にとって勇気がいることだろう。多くの企業は業績が悪化しても固定的な月給を下げるのが難しいのでボーナスを変動させることで調整してきた。それだけに「収入の安定化」を掲げるバンダイの覚悟がうかがえる。
ただし、社員にとってよいことばかりではない。これだけ月給のベースが上がるということは年功的賃金を維持するのは難しく、おそらくもう1つのカラクリがあるはずだ。
仮に年功賃金であれば給与はどう上がっていくのか。20~24歳の通勤代などを含めた所定内賃金を100とした場合の日本企業の賃金カーブ指数は50~54歳で195.5(2020年)。約2倍であるが、バンダイの22歳・29万円の基本給の所定内賃金30万円とすれば60万円になる。また、年功賃金の特徴である毎年の定期昇給を1万円とすれば55歳で62万円になる。仮にボーナスを月給の5ヶ月分とすれば年収1000万円を超える。
しかもこれは純粋に平社員の場合である。主任、係長、課長、部長と職位や社内資格が上がると給与はさらに増える。これだけの人件費増を回避するには当然、脱年功の賃金制度が必要になる。
「脱年功賃金」による給与後払いから「即時払い」に
そもそも年功賃金とは長期雇用を前提に20代や30代の若年層の賃金を抑制し、40代以降に上乗せする後払い的性格を有している。脱年功とは「後払い」を廃止し、働きや成果に見合った「即時払い」に切り替えることだ。
具体的には一律に昇級する定昇を廃止し、人事評価のランクごとに昇給額を決定し、標準評価ランク以下の社員は減額する厳格な評価制度を導入する。また昇格・昇進によって給与が上がるが、従来は年功で昇格・昇進し、いったん昇進すると降格することはほとんどなかったが、年功的昇進制度を廃止し、しかも役割・職位の職責を果たせない人は随時降格する仕組みを導入することだ。
実はバンダイは以前から脱年功に取り組んでいた。バンダイナムコグループの人事関係者はこう語っていた。
「当社は年齢とともに給与が上がっていく年功カーブというものがないし、40代、50代でも30代と同じ給与をもらっている人も少なくない。役割給制度を導入し、ポジション(職位)で給与の幅が決まっているが、例えば部長の役割や職責を果たせなければ次長クラスに降格してもらい、給与も10~20万円下がることになる。ただし、降格しても再チャレンジの機会を与え、実際に降格される前の地位に戻った人もいる」
こうした年齢に関係なく就いている役割や職務で給与が決まる賃金制度を職務等級制度、あるいは役割等級制度と呼ぶ。今流行しているジョブ型の賃金制度に近い。
バンダイの新制度がどういうものかわからないが、同社はもともと年功主義を廃した役割等級制度を導入し、今回はさらに社員の職務・役割を重視した給与制度に転換を図ったものと推測できる。
今回の初任給29万円への底上げは、年功的賃金の「後払い」から決別し、「即時払い」への転換を意味するといえるだろう。バンダイの初任給アップが他の企業にも波及することは若い人にとっては歓迎すべきことに違いない。
成果と専門性が厳しく問われる「給与格差」拡大の時代
ただし、初任給が高くても、その後、給与が上がっていく保証はなくなる。ジョブ型の賃金制度や役割主義の賃金制度では上位の職務・役割を果たせると認められない限り、給与は上がらない。実際に導入企業では40代であっても20代と同程度の給与しかもらっていない人も多数存在する。
また、一度、上位の等級に就いても職務・役割を果たせなければ降格し、給与も下がるなど、給与のアップダウンが激しくなり、社員間の給与格差がこれまで以上に拡大する。
初任給アップは必ずしも手放しで喜べるわけではない。これまで以上に成果と専門性が厳しく問われることになり、将来のキャリアを見据えた自己研鑽が今まで以上に必要になる。年齢を重ねるうちにスキルや専門性が陳腐化したり、ビジネスモデルの転換で必要とされないスキルとなってしまえば、自らの出処進退を迫られることになりかねない。
バンダイの賃上げはそうした時代の本格的幕開けを告げる象徴的な出来事といえるだろう。