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「出生率が上がれば子ども予算倍増」木原官房副長官の発言が批判を浴びる背景

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:イメージマート)

「出生率が上がれば子ども予算倍増」という木原官房副長官の発言が批判を浴びている。

子ども予算倍増は「出生率が上がれば実現」 木原官房副長官が見解(朝日新聞デジタル)

https://news.yahoo.co.jp/articles/f7adf97d068d43e824c706f8522e17f330a43bd4

木原発言だけではなく、政府、自民党からは子育て支援に対してやる気があるのかないのかはっきりしない発言が相次いでいるのだから当然だ。付言しておくと、「倍増」が数字を意味するものでないとすれば、意図的な誤魔化しか、控えめにいっても不誠実だ。「期限をきらない倍増」なる言葉遊びも同様だ。政策といえば一般に積極的介入を意味するのだから、我々が知りたいのは、政府や政党、政治家がどのような子育て支援政策、少子化対策の政策を考え、どのように具体化するかだ。「出生数が増えれば、措置に必要な予算が増える」などという説明は因果がまるで逆だ。

“子ども予算倍増”で岸田総理「数字ありきではない」と強調 倍増のベースを示さず(テレビ朝日系(ANN))

https://news.yahoo.co.jp/articles/db443d048bb832672c1f5de6f501059fdd9f27b7

自民・萩生田政調会長 児童手当所得制限撤廃よりも“新婚世帯への住居支援を”(TBS NEWS DIG Powered by JNN)

https://news.yahoo.co.jp/articles/926a710be51cc8432d93c9049e33127bb94b5614

改めて経緯を確認しておくと、今年の施政方針演説で岸田総理が「異次元の少子化対策」に言及。それに呼応するように自民党の茂木幹事長が「児童手当所得制限撤廃」を打ち出した。

何よりも優先されるべきは、当事者の声です。まずは、私自身、全国各地で、こども・子育ての「当事者」である、お父さん、お母さん、子育てサービスの現場の方、若い世代の方々の意見を徹底的にお伺いするところから始めます。年齢・性別を問わず、皆が参加する、従来とは次元の異なる少子化対策を実現したいと思います。

 そして、本年四月に発足するこども家庭庁の下で、今の社会において、必要とされるこども・子育て政策を体系的に取りまとめつつ、六月の骨太方針までに、将来的なこども・子育て予算倍増に向けた大枠を提示します。

 こども・子育て政策は、最も有効な未来への投資です。これを着実に実行していくため、まずは、こども・子育て政策として充実する内容を具体化します。そして、その内容に応じて、各種の社会保険との関係、国と地方の役割、高等教育の支援の在り方など、様々な工夫をしながら、社会全体でどのように安定的に支えていくかを考えてまいります。

安心してこどもを産み、育てられる社会を創る。全ての世代、国民皆にかかわる、この課題に、共に取り組んでいこうではありませんか。

(令和5年1月23日 第二百十一回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ (https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0123shiseihoshin.html)より引用。強調は筆者)

もともと所得制限付き児童手当と年少扶養控除が自民党政権のもとで併存していたところに、民主党政権が所得制限なしの子ども手当を導入(ただし年少扶養控除廃止)、その後自民党が民主党政権に子ども手当の修正を迫り、現在の所得制限付き児童手当制度になっている(年少扶養控除は廃止のまま)。その意味では茂木発言は唐突な印象を与えた。ただし茂木幹事長によれば、自民党の多子世帯加算等も含め所得制限撤廃の意向は変わっていないという。

児童手当所得制限撤廃「考え変わってない」茂木氏(産経新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/604a87da05c01d5fd14b8c41a021b3a26b66b22f

こうした二転三転する状況それ自体が、政府、与党の子育て支援政策、少子化対策への本気度に疑義を抱かせかねない。もう少し長い目で見たとき、直近の国政選挙(2022年参院選)では自民党は何を主張していたのだろうか? 自民党の「総合政策集 2022 J-ファイル」を紐解いてみたい。同政策集には「子育て」は40箇所、「児童手当」は3箇所で言及されている。

ただし言及されているのは、児童手当の所得制限撤廃ではなく、多子世帯の大胆な加算などが中心だ。この点は評価できる。

多子世帯への支援として、更なる財源を確保した上で、児童手当について第二子については一月当たり最大 3 万円、第三子以降については一月当たり最大 6 万円とするなどの経済的支援の拡充、三子以上の多子世帯の教育費の負担軽減、住宅支援等の充実について検討してまいります。(自民党「総合政策集 2022 J-ファイル」p.54より引用)

児童手当の所得制限撤廃は対象が少数の相対的高所得者に限られるために、子育て支援にも、少子化対策にも与える影響は限定的と考えられる。そのため予算増も1500億円/年と小規模で済む(ただし、当事者世代の分断回避や世の中全体での子育て支援の観点から消極的に支持できる)。その意味では、自民党が多子世帯加算の大胆な拡充を主張していたのは具体化するなら評価できるといえる。そうであるにもかかわらず、政府、自民党から提案される内容が二転三転し、所得制限撤廃中心である点に、本気度に対する疑問が残るといわざるをえない。その意味では改めて原点に立ち返るべきだ。

立憲民主党はこの問題に関して、以前から「児童手当は、高校卒業年次まで月額1万5千円に延長・増額するとともに、所得制限を撤廃し、すべての子どもに支給します」と主張してきた。そうであるはずなのだが、最近は所得制限撤廃中心に主張しているように見えてしまう。立憲民主党案は対象となる子育て世帯の範囲が広いと思われるが、多子世帯加算等への言及は抽象的な「多胎児・多子の保護者が直面する困難や不安に寄り添った支援を強化します」という内容にとどまる。多子世帯加算を補強すれば、子育て支援政策として手厚い内容に近づくはずだ。ただし自民党案にも、立憲民主党案にもN分N乗方式など多子世帯であることが強力に経済的インセンティブと結びつくものの、個人所得課税の原則という現在の課税のあり方を根本的に見直す必要が生じる少子化対策には触れられていないという課題が残る。その意味では「異次元」の少子化対策、子育て支援政策は未だに検討の俎上にもあがっていない。

少子化対策と子育て支援政策は国民の生活と日本社会の持続可能性に密接に結びつくものの、ともすれば政府も政治家も一見「異次元」だが、実質に乏しく予算の小さな(≒ケチな)政策に飛びつきがちである。政府、政党、政治家の主張を引き続きよく吟味するとともに、当面は立民案に自民党多子世帯加算を加えた案が子育て世帯の利益にもっとも適うのでその具体化を期待しつつ、少子化対策的側面を強化した日本版N分N乗方式などの具体化検討が望まれる。

※関連拙稿

二転三転する児童手当所得制限撤廃論、子育て支援と少子化対策を本気で検討する政党はどの党か?(西田亮介)

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20230222-00338299

「異次元の少子化対策」と児童手当の所得制限撤廃をめぐる政治的構図(西田亮介)

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryosukenishida/20230217-00337693

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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