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女子バレー前日本代表内瀬戸真実が現役引退。「和」を体現した抜群の人間性と、彼女を傷つけた心無い言葉

田中夕子スポーツライター、フリーライター
今季限りで現役を引退する内瀬戸真実(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

玄人好みの職人

 ブロックの間を抜いたかと思えば、守備位置をだいぶ前に詰めたレシーバーの裏をついてコート後方へ絶妙にボールを落とす。数字や記録に残るプレーばかりでなく、あの1本をつないだのは誰だろうと見返すと、絶妙なポイントに彼女がいて、表情を変えずにつなぐ。

 決して派手ではない。内瀬戸真実は“職人”と言うべき、玄人好みの選手だ。

 サーブレシーブもディグも、ブロックが揃った場面でのスパイクもブロックさせ追いつけないようなスピードを活かした攻撃も、ごく普通にやってのける。171cmと小柄だが、チームメイトとして戦う選手にとっては心強い存在で、相手からすれば実に嫌な選手。あえて繰り返すが、決して派手ではない。1本、1点のインパクトは強くなくとも、ボディブローのようにじわじわと相手を追い詰める。

 その1つ1つが、彼女がこれまで積み重ねてきた努力の証でもあった。

「やりきった」と決意した現役引退

 Vリーグを終えて間もない4月28日、内瀬戸は今季最後の公式戦、黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会を最後に現役引退を表明した。

 昨シーズンは日本代表にも選出された内瀬戸の突然の引退は驚きでもあり、まだまだできるだろう、という思いを抱いた人がおそらく大半だ。だが内瀬戸自身は、その決断も迷いはなかった、と振り返る。

「周りから『まだやれるじゃん』と言ってもらえるのはすごくありがたかったですけど、自分の中ではすごく、やりきった、という思いが強くて。次のステージにも進みたいし、自分ではもう十分、という思いでした」

 Vリーグだけでなく日本代表でも、これまで多く内瀬戸の話を聞く機会や、プレーを目にする機会に恵まれてきた。「人見知りなんです」といつも恥ずかしそうで、取材の際は「しゃべるのがヘタだから」と顔を赤くしていたが、朴訥と、少ない言葉数だからこそ、彼女の思いは十分伝わった。しかもどれだけ悔しかったり、苦しかったであろう時も表情や態度を変えることなく、常に一生懸命、苦手なはずのしゃべりで伝えようとしてくれて、最後は「うまく話せなくてすみません」と笑いながら去って行く。

 今季から埼玉上尾メディックスを率い、日本代表でも長年コーチとして接してきた大久保茂和監督も「人間性が素晴らしい」と称賛する。常に穏やかな彼女が、変わらず静かな口調で話しながら「つらかった」と涙したのは、昨年日本代表でリベロとして出場した世界選手権を振り返る時だった。

初のリベロ挑戦。苦しむ最中にSNSで届いた言葉の刃

 アウトサイドヒッターを本職とする内瀬戸をリベロとして起用する。驚きの起用ではあったが、その背景にはチーム内で最もサーブレシーブ返球率が高いことを含め、確固たるデータによる裏付けがあった。

 とはいえいくら守備力に長け、サーブレシーブに優れているとはいえ、リベロの経験などない。取り組んで初めて、リベロの奥深さを実感した。

「アウトサイドヒッターだったらレシーブの調子が悪くても、スパイクで取り戻せるし、逆もあります。でもリベロは1本ミスをしたら他のところではカバーできない。切り替えること自体が、すごく難しかったです」

 チームによってサーブレシーブもディグも1人でこなすリベロもいるが、近年はサーブレシーブとディグでリベロを2人起用するケースも少なくない。それぞれの長所を活かすことにもつながり、戦術としては決してマイナスではない。だが、勝敗を分ける要素として最も大きいと言っても過言ではないサーブ力は年々進化の一途をたどっている。そしてそもそもサーブはバレーボールで唯一の個人技でもある。パスが返った位置からトスの精度や場所を見極めてブロックを配置し、抜けたコースやあえて抜かせるコースで確実に拾うディグとは異なり、サーブレシーブはサーバーとレシーバーの駆け引きも繰り広げられる。

 加えて、ローテーションによってリベロが入る位置も異なるうえ、レシーブをしてから攻撃に入るアウトサイドヒッターの負担を減らすべく、リベロの守備位置も広くなる。一見すれば3人でサーブレシーブに入るように見えるが、守備範囲は均等ではなく、隣にいる選手をカバーすべくリベロが範囲を広くしているのを見て、あえて逆方向にサーブを打ってくるのも相手からすれば駆け引きの1つだ。

 あのコースは拾えないから切り替えよう、今のサーブは相手が素晴らしかったから切り替えよう。コート内では共通認識を抱いていても、見る人の感想と印象は違う。

 リベロなのにあのサーブが取れないのか。

 リベロとして選ばれているはずなのに、なぜミスをするんだ。

 プロセスなど見ることもなく、焦点が当たるのは結果ばかり。もちろん日本代表選手として戦う以上、それも当たり前で、そもそもリベロとしてプレーすると決断したのも自分自身だ。練習や試合をするたび増える課題に「自分の実力がよくわかった」と内瀬戸自身は受け止め、前を向くべく励んでいたが、SNSやネットニュースに添えられたコメントは辛辣なものばかり。

 今は戦いの最中なのだから、心乱されぬようにとあえて目に入れないようにしていたが、インスタグラムに送られてきたダイレクトメッセージに、今も忘れることのできない言葉がつづられていた。

「“日本の恥だ”って。アウトサイドヒッターとして、今まで積み重ねてきたところで結果が伴わずに叩かれるなら、まだ受け止められたかもしれないです。でも、リベロとして挑戦して、プレーがうまくいっていないことは自分が一番わかっていて、実力不足も突き付けられている時に、“日本の恥”と言われたのがものすごく刺さって。応援してくれる人が大半で、悪く言う人は少ないんだから気にすることない、と言ってくれる人もいたし、私なんかよりも、(古賀)紗理那とか(石川)真佑とか、中心になる選手はもっとひどいことを言われているかもしれないのに、そんな素振りも見せず強く戦っている。こんなことぐらいで落ち込んじゃダメだ、って思ったけど、それでも私はつらかった。ずっと、その言葉が消えませんでした」

サーブレシーブを評価され昨年は日本代表でリベロも経験した
サーブレシーブを評価され昨年は日本代表でリベロも経験した写真:YUTAKA/アフロスポーツ

「彼女のような選手を育てることが恩返し」

 本人と直接つながり、頑張れ、と応援する思いを伝えられるSNSはファンにも選手にも、ただ便利なだけでなく、前を向く力をもらえるツールではある。

 だが一方、受け取る側がどう感じるかなど考えず、匿名で一方的に投げつける言葉は刃にもなる。アスリートで日本代表、責任ある立場なのだから仕方ないだろう、と都合よくとらえているのかもしれないが、勝手に石を投げるだけで、傷ついても構わないと開き直るのはあまりに無責任だ。

 事実、世界選手権から7か月が過ぎた今も、内瀬戸の心に刺さった棘は、まだ生々しく残っている。

 得体の知れぬ恐怖として。それまで積み上げてきた努力の成果すら、間違いだったのではないかと歩みを否定したくなるほどの痛みのまま。振り返るだけで、涙が出るほどに。

 それでも彼女は戦い続けた。キャリアがあるから、ベテランだから、日本代表選手だからと偉ぶることなく淡々と。やるべきことをやり続ける。ただひたすら、まっすぐに。

 その姿を近くで見てきた大久保監督にとっても、内瀬戸の存在はただ1人の選手としてだけでなく、大きなものだったと振り返る。

「“和”というスローガンにふさわしい、人間性が何よりも素晴らしい選手だと本当に尊敬しています。サーブレシーブもディグもアタックも素晴らしい技術があるだけでなく、日々の取り組み、何でもない1日の練習でも世界大会と同じような温度で準備をして練習に取り組んで、あれだけの実績を残しながらも誰とでも分け隔てなく接することができる。あの人間性の素晴らしさをどうやって継承していくか、メディックスの文化にしていくか。彼女のような選手をより多く育てられるようにすることが、マミへの恩返しだと思っています」

 最後まではにかみながら、朴訥と。内瀬戸が努力を重ね続けた25年のバレーボール選手人生は笑顔で幕を閉じた。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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