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河野発言、中国に思わぬ一撃か?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
河野外相と王毅外相(写真は2018年1月、訪中した時の二人)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 河野外相が北朝鮮の核ミサイル活動が活発化していると発言したことに関してアメリカの38ノースが反論。中国外交部も、王毅外相ともども、河野発言を非難している。中国の思惑と米朝首脳会談の可能性を読み解く。

◆河野外相発言と米研究所の反論

 河野外相は3月31日、高知市での講演で、「北朝鮮が核実験をした実験場でトンネルから土を運び出し、次の核実験の用意を一生懸命やっているのも見える」と話した。

 それに対してアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」が4月2日、「根拠となる動きは確認できない」と反論した。38ノースは最新の人工衛星画像を基に3月23日に、「北朝鮮北東部・豊渓里の核実験場では、過去数カ月に比べて活動は大幅に減少している」と公開したばかりだ。

 したがって、河野発言は写真で裏付けられないし情報の根拠が示されていないとした上で、2018年初めに活発だった西側の掘削作業や、人と車両の動きが大きく減っている点を、反論の根拠として38ノースは挙げた。

 河野外相はそれに対して、4月3日の記者会見で再反論。「様々公開されている情報を見る限り、実験場を含む核関連施設での活動が続いている」と改めて強調し、核関連施設での活動が続いていると表明したことは正しい見解であると主張している。再反論の根拠は、「38ノースの記事の最後にも、実験場のそばの道路の開発は活発化しているとある」とのこと。

 たしかに38ノースの記事は、実験場現場での道路工事に関して、「北朝鮮はなお核実験を続ける心構えがある」と書いてもいる。

◆王毅外相が河野発言非難を示唆

  4月3日、中国政府の通信社「新華社」は、王毅外相(国務委員兼務)が記者会見の席で朝鮮半島情勢に関してコメントしたことを発表した。

 それによれば王毅外相は、「平和的対話という手段により朝鮮半島の核問題を解決するというのは、中国の一貫した明確な立場である」とした上で、「なかなか得難いこのチャンスを生かすために、関係各方面は邪魔だてしないで、対話という正しい方向に向かって歩むべきだ。(半島の)非核化推進の過程で、関係各方面は歩みを共にして合理的に安全への配慮(関心事)を解決していくべきだ。同時に、積極的に(朝鮮)半島の平和的構想(メカニズム)を構築し、“双軌併進(そうき・へいしん)”という考え方に沿って半島の安寧を図るべきだ」と表明した。

 ほぼ直訳したので、ここで二、三の解説が必要だ。

1.「合理的に安全への配慮(関心事)を解決していくべきだ」とは、いったいどういう意味なのか、このままでは分かりにくい。これは具体的には、「日米が、対話ではなく、今もなお北朝鮮への圧力を強化しなければならないと主張していること」を指しており、国名の明示を避けたために、このような分かりにくい言い方になっている。

2.さらにストレートに言ってしまうと、トランプ大統領が国務長官や大統領補佐官など、自分の周辺を対北朝鮮強硬派で固めたことを指しており、中朝首脳会談があり、まもなく南北首脳会談が行われようとしている現在に至ってもなお、中国が反対する武力的な解決につながる米韓合同軍事演習を実施していることを指している。

 また、「38ノース」が「北朝鮮の核実験場では、過去数カ月に比べて活動は大幅に減少している」と公開しているというのに、日本の河野外相が「活発化している」という趣旨の発言をしたことを指しているのである。

 その証拠に、次に述べるように、中国外交部報道官は「河野外相」と名前をこそ明示しなかったものの、他の質問にかこつけて河野発言を非難している。

3.その前に“双軌併進”とは何かを、ご説明しなければならない。

  このフルネームは「半島非核化と停和構想転換“双軌併進”」というもので、もっと分かりにくくなるかもしれない。しかしこれは今年3月に入ってからの中国の朝鮮半島問題解決の基本戦略として新たに出てきた言葉なので、正しく理解しておく必要がある。

 「半島非核化」は日本人でもわかる。

 つぎに「停和」とは「朝鮮戦争の戦協定と、その後に来るべき平(平和)条約」のことを指す。「停戦」の「停」と「和平」の「和」が「停和」である。「現在の状況を、1953年の停戦協定を遵守する状況に引き戻し、朝鮮戦争の平和条約を締結すべきだ」というのが、現在の中国の主張だ。

 つまり「朝鮮半島非核化」と「朝鮮戦争の停和構想」への転換という「二つの軌道を同時に並行して進めていく」というのが「双軌併進」なのである。

 中国はこれまで「双暫停(米朝方ともが時、軍事行動を止し、対話のテーブルに着け)」を、朝鮮半島問題解決のための基本戦略としてきたが、平昌冬季五輪開催期間中に北朝鮮が参加し、同時に米韓合同軍事演習が「暫時」停止されたことを以て、中国の主張が聞き入れられ、「中国の外交勝利だ」とみなしていることから、“双軌併進”戦略に切り替えたとしている。

◆中国外交部報道官、河野発言を批判

 中国外交部の耿爽報道官は4月3日の定例記者会見で、河野発言に関して批判した。この日の記者会見の主たるテーマは、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相の訪中だった。李容浩外相は訪露(と思われる)の前に北京に立ち寄って王毅外相と会談している。耿報道官は、「河野外相」と名指しは避けたものの、日本の自衛隊の問題に関して質問されたにもかかわらず、自ら突如、以下のようなコメントを付け加えた。

 ――皆さん、お気づきでしょう。最近、朝鮮半島では大きな変化が見られています。アメリカを含む関係諸国が大きな努力をしている中、日本だけが取り残されています。そのためでしょうか、日本はつい先日、(北)朝鮮が新しく核実験の準備をしていると発表しています。せめて、このような警報を出すことによって国際社会の関心を引こうとしているのです。しかし日本に安心するようにと申し上げたい。国際社会が(朝鮮)半島の非核化を推進するに当たって、国連制裁を堅実に守っていくことに関する決意は固く、そして同時に、この緊張緩和のチャンスを逃さず、半島情勢が対話によって解決されるという方向に向かって関係各国が努力しているのです。こんな時期に、足を引っ張る言動をする人が現れないように望みたいものです。

 以上が外交部報道官の積極的な意思表明であった。

◆中国の思惑は?

 中国の狙いは明確である。北朝鮮にとっては唯一の軍事同盟国である中国が朝鮮半島問題に関して基本戦略を描き、南北朝鮮がその通りに動き、アメリカのトランプ大統領までがそのシナリオに乗ったとなれば、中国にとっては圧倒的な外交勝利となる。それを阻害するものは何としても排除したい。

 トランプは訪米した韓国の大統領特使に対して、即答で金正恩委員長との会談を快諾した。そうしておきながら、自らの周辺を対北朝鮮強硬派で固めている。米朝首脳会談を実行するに当たり、北朝鮮に核ミサイルを完全放棄させるのが前提条件だ。

 北朝鮮は、その前提を先に出すのであるならば、会談はしないということになる可能性がある。

 金正恩は中朝首脳会談でも「(米韓が)善意を以て応じ、平和実現のために段階的、共同歩調の措置を取るならば、非核化の問題は解決できる」と表明している。重要なのは北朝鮮が首脳会談をするであろう米韓が北朝鮮に対して「善意を持つ(北朝鮮を信頼する)」という前提で、「段階的に」(徐々に、時間をかけて)非核化問題を解決するならば、非核化を実現すると表明していることだ。

 となれば、南北首脳会談は別としても、そもそも米朝首脳会談は成立し得ないことになる。トランプは田中角栄(元首相)のように「よっしゃ!」の一言で本気で日中国交正常化を断行してしまうのではなく、「オーケイ!」と言いながら、平気で前言を翻す人物だ。

 ましていわんや、中朝首脳会談が全世界をアッと驚かせてしまった以上、米朝首脳会談が行われたとしても、トランプが国際社会に与える衝撃はさほど大きくはないことになろう。米大統領の中間選挙にも、大きく有利に働くとも限らないことになる。ひょっとしたら、中国が描いてきた戦略は「米朝首脳会談」という終点を見ることができなくなるかもしれない。つまり、中国の外交勝利は果たせないことになる。

 まさに『習近平vs.トランプ 誰が世界を制するのか』の分岐点となり得るのである。

 だから、その中国にとって、河野発言は実に目障りなのだ。

 河野外相自身の狙いは分からないが、中国に対しては思わぬ一撃となっていると見ていいだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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