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久保は「神童」から脱却できるか?メッシはプロの洗礼を受けたとき・・・。

小宮良之スポーツライター・小説家
Jリーグで最年少デビューを飾った東京の久保建英(写真:アフロスポーツ)

2016年11月5日、駒沢。FC東京のUー18に所属する中学生、久保建英がJ3、長野パルセイロ戦で後半開始から出場。15歳5ヶ月1日でJリーグ最年少デビューを飾っている。この一戦、J3としては異例の観客動員。マスコミの注目度の高さは、Jリーグのタイトルマッチに等しかった。

「サッカー界のメシア」

久保少年はそんな扱われ方だった。15歳でプロリーグのピッチに立つ、というのは特別なことで、話題性が高いのだろう。

しかし、15歳でデビューしたら華やかな道が開ける、という保証はない。残酷な話、「早熟」というだけの可能性もある。他のスポーツと比べて、サッカー選手の年齢的ピークはそれぞれ。30才を過ぎて春を謳歌する一方、十代の名声を頂点に輝きを萎ませていくケースも意外に多い。

例えば、元アメリカ代表MFフレディー・アドゥーは一世を風靡した。MLS(メジャーリーグサッカー)で14歳10ヶ月にしてプロデビュー。1年目から主力として活躍し、チームタイトルや個人タイトルも獲得している。そして16歳でアメリカ代表に選ばれ、18歳で200万ドル(約2億4千万円)という移籍金でポルトガルの名門、ベンフィカに渡った。

しかしその後、アドゥーの名前は聞かれなくなる。

ベンフィカ、ASモナコ、ベレネンセス、アリスと欧州各国のクラブを転々とし、満足な試合出場機会を得られなかった。20歳で契約解除され、トルコ2部のチャイクル・リゼスポルにテスト入団も、シーズン後に再び戦力外通告を受けた。22歳でMLSに戻った後も海外でのプレーを熱望し、24歳からブラジル、クロアチア、フィンランドを回るが、どこでも定位置をつかめなかった。

現在アドゥーは27歳、北米サッカーリーグ(MLSに次ぐ2部相当)のクラブに所属している。

アドゥーだけでなく、十代で注目された選手が「あの人は今」になるケースは少なくない。

メッシが乗り越えた洗礼

ユース年代では、技術的に秀でた選手が出てくる。チームはその選手を逸材として育み、一人前にさせようとするわけだが、子供の心理は脆く、波もある。そもそも、成長期は諸処の問題が起こりえる。例えば身体的成長が思ったよりも乏しく、周りとの変化にメンタルが追いつかない場合もあるだろう。あるいは十代での名声が高まったことにより、自分が思っている以上にレベルの高いチームに所属。それによって出場機会を少なくし、同時に異様な重圧を受け、精神的にも疲弊してしまう。

<少年期からプロになる過程でじっくりと叩き上げられているか>

これが大事で、さもないと大人になってからツケを払う。それがいわゆる「神童」を生む要因だろう。ここで言う神童は、「大人になったら平凡」という揶揄が含まれる。

では、神童と一流プレーヤーの二つにはどこに分岐点があるのか?

「メッシが大人に削られるのは結構なことだった。それでダメになるなら、そこまでの選手。大人たちの老練さを経験し、選手として磨かれればいい」

これは当時のバルサ育成担当者の証言である。

今や世界ナンバー1のサッカー選手、リオネル・メッシは16歳でバルサのBチームでデビューしている。カテゴリーは2部B(実質3部)だが、相手は大人ばかり。かつて1部や2部でプレーしていたベテラン選手に、メッシは洗礼を浴びた。体の厚みやリーチは違うし、あくどさもある。際どいタックルも飛んできた。しかしファウルすれすれのプレーにも弱音を吐かず、次々に関門を抜け、神童からプロ選手になった。

そしてメッシは17歳でトップチームでデビュー、そこからは輝きを放ち続ける。

久保はデビューが用意されたステージで、長野の選手のしたたかさに戸惑う場面がほとんどだった。にもかかわらず、熱に浮かされたような報道になっている。

「最年少」「規格外」「天才の片鱗」

元日本代表の森本貴幸の記録を超えたと騒がれるが、森本は「J1」での舞台を踏んでいる。大袈裟に報じられた形だろう。さらにチームは完敗し、久保はなにもできなかったに近い。前を向けたときのビジョンとスキルは感覚的に唸らせるものがあって、才能の証左だろう。しかし、プロの世界は一瞬の輝きだけでは生き残れない。ユース年代で通用するそれは、幻のように消える。Jリーグが高すぎる壁ならば、今は挑むべきではない。プレーヤーとしてのバランスを失えば、神童は神童のまま終わるからだ。

「日本のメッシ」

そう期待される久保だが、そもそもプレースタイルは似ていない。メッシは十代の頃から肩を相手に当て、加速で抜けきるパワーもスピードもあった。一方、久保は日本人の華奢な骨格で「加速装置」もついていない。似ている点があるとすれば、左足でのフィニッシュ能力だろうか。シュートに持ち込む技術と叩く精度、そして落ち着きはほとんど天性のものがある。

久保はなにも焦ることはない。十代での名声よりも、一人のプロ選手として成功を収められるか。彼は「早熟」ではなく「晩成」するタイプかも知れないのだ。

「バルサは20年間以上も、メッシのようなアタッカーを育成しようとしてきた。迸る才能があっても、トッププロになるのは簡単ではない。実際はメッシ一人が出ただけでも奇跡なんだ」

バルサの育成関係者は語った。

久保が神童であること。現時点で間違いないのは、それだけである。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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