何より検証と反省が必要~大川原化工機事件の国賠訴訟判決から見る警察、検察、裁判所、経産省の問題
警察の逮捕、取り調べ、それに検察官が行った勾留請求及び起訴。生物兵器製造に転用可能な機械を許可なく輸出したとして逮捕・起訴され、後に起訴を取り消された大川原化工機の社長らが起こした国家賠償訴訟で、12月27日に出された東京地裁(桃﨑剛裁判長、板場敦子裁判官、平野貴之裁判官)の判決は、警察・検察による強制捜査と起訴のプロセスを「違法」と断罪した。
都合の悪い供述を無視
訴えたのは、同社と大川原正明・社長(74)、島田順司・元取締役(70)、それに勾留中にがんがみつかり、2021年2月に亡くなった相嶋静夫・元顧問の遺族。
本件では、同社が製造した噴霧乾燥機を中国と韓国に輸出したことが問題とされた。経済産業省令では、輸出を規制する機械の要件として、内部を「滅菌」または「殺菌」できることを挙げている。警視庁公安部は同社の噴霧乾燥機を空だきすれば、細菌類を死滅させられるはずで、この要件に当てはまるとして捜査に乗り出した。しかし、任意の事情聴取を重ねる中で、噴霧乾燥機の設計を担った相嶋さんや同社社員は、繰り返し「機械内部には構造上温度が上がりにくい箇所があり、警察が対象にしている細菌を死滅させることはできない」と述べていた。にもかかわらず、警察も検察も、それを無視し、指摘されている箇所の温度を確かめる実験なども行わず、当初の見立て通りに突っ走った結果、やはり有罪立証はできないとして起訴を取り消すことになった。
「通常要求される捜査」を行わなかった検事
国賠訴訟の判決は、警察の捜査だけでなく、検察官による起訴についても厳しい評価を行っている。担当の塚部貴子検事が、他の検事から同社社員が温度が上がりにくい箇所について述べている、との報告を受けていたことを挙げ、「塚部検事が通常要求される捜査を遂行すれば、本件噴霧乾燥機が規制対象に当たらないことの証拠を得ることができた」と指摘。そのうえで次のように判示した。
酷すぎる警察の書面作成経過
判決は、警察の取り調べの違法も指摘している。たとえば島田さんの逮捕直後の弁解録取書作成の経緯。
弁録は、逮捕容疑に対する被疑者の言い分を聞き取って記録するものなのに、警視庁公安部の安積伸介警部補(現・警部)は、事前に書面(弁録1)を作成しており、それを島田さんに示して、署名押印を求めた。
島田さんは、文中の「大川原社長と相嶋顧問から指示された方針に基づき」と書かれた部分を、「ガイダンスに従って、許可の申請の要らないものと考え輸出した」と修正するよう求めた。すると安積警部補は、パソコンで指摘された部分を削除し打ち直す風を装って、「社長らと共謀して無許可で輸出した」という趣旨の、島田さんの主張とはまったく異なる記載に書き換えた文書(弁録2)を作成、印刷した。島田さんは、ちゃんと訂正されたものと思い、署名をしたが、その後改めて確認して、全く違う内容になっていることに気づき、強く抗議。安積警部補は、当初の文書(弁録1)から問題部分を削除した新たな書面(弁録3)を印刷し直し、島田さんはそれにも署名した。
判決は、「欺罔(=欺くこと)」という強い言葉を使って安積警部補の行為を非難している。
安積警部補はその後、弁録2をシュレッダーにかけて廃棄。文書捏造の”証拠隠滅”が疑われるところだ。同警部補は裁判で「過失により裁断してしまった」と主張したが、判決は安積警部補の供述は「不自然と言わざるをえない」と退けた。
原告代理人の高田剛弁護士は、「安積警部補の行為は、公用文書等毀棄罪にあたる」と批判する。
判決は、他にも安積警部補が島田さんを騙して供述を引き出した事実も認定。やはり「偽計を用いた取調べ」と強い言葉で批判した。
それでも判決は、証人となった現職警察官が捜査について「捏造」と述べたことには触れず、安積警部補の行為以外は、警察が「通常要求される捜査」をやらずに「漫然と」逮捕に至った、などの表現で逮捕の違法性を指摘するに留めた。
検証と再発防止を求める原告
原告らは、判決後の記者会見で、警察や検察が今回の判決の指摘を受け止め、自ら検証して、同じことが二度と起きないような対策を口々に求めた。
島田さんは、本件訴訟の目的を①事実の解明 ②自身の名誉回復 ③再発防止だと明かしたうえで、こう語った。
「捜査や起訴の違法性は、判決である程度認めていただいた。今後は、都や国がなぜ(このような問題が)起きたのか、再発防止のための検証をしていただきたい。それがあって初めて我々の訴訟(の目的)は達成する」
検証されていない警視庁公安部の”前科”
検証がなければ、また同じ事が繰り返されるだろう。警視庁公安部は、すでに”前科”がある。警察庁長官狙撃事件の捜査の失敗とその後の失態だ。
オウム犯人説にこだわった挙げ句に
事件が起きたのは、1995年3月。地下鉄サリン事件から10日後だった。警視庁刑事部が捜査員を総動員してオウム真理教に対する捜査を行っていた。狙撃事件の捜査は公安部に託された。同部は当初から長官狙撃事件もオウム信者が犯人だという見立てで捜査を行った。しかし、事件と教団を結びつける証拠はなく、無理矢理元幹部らを逮捕したものの、検察がいずれも不起訴とした。
途中で、刑事部の捜査員を中心とするチームが、オウムとは関係ない男性を容疑者とした捜査を開始。そのチームには公安部の捜査員も加わった。男性が任意の取調べに犯行を認める供述をしているほか、それを裏付ける証拠も相当数集まった。ところが、公安畑の警視庁幹部はその捜査結果を拒絶し、オウム犯人説にこだわり続け、組織としての軌道修正はできなかった。結局、男性が逮捕されることはなく、誰も起訴できないまま、事件は公訴時効を迎えた。
立件できなかったのに教団のテロと決め打ち
この時警視庁公安部が行ったのは、警察トップがターゲットになった重大事件を未解決で終わらせたことへの検証と反省ではなかった。公安部長が記者会見を開き、事件は「オウム真理教の信者グループが教祖の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロと認めた」と発表。それを詳しく述べた「捜査結果概要」と称する書面を警視庁のホームページで発表した。
犯人扱いされた教団は、東京都と警視総監を相手に損害賠償請求の裁判を起こした。そして、名誉毀損を認め、100万円の賠償を都に命じた判決が、2014年に確定した。立件もできなかった事件で、特定の団体を犯人視する発表を行ったのだから、都の敗訴は当然だろう。都民の税金が、賠償金として教団に支払われる結果を招いたことに、警視庁は猛省が必要だが、その様子は見られない。
検証も反省もせず、体質はそのまま…では
幹部が当初の筋立てにこだわり、組織がそれに引きずられ、捜査員らはそれに抗えず、異論は無視されて暴走する。この構図は、今回の大川原化工機事件も同様なのではないか。長官事件の時に、真摯に検証を行ったり教訓をしっかり学んだりせず、組織としての体質や捜査の手法を改善しないまま今に至った結果が、今回の事件のように思えてならない。
何のための公安委員会か
しかも今回は、何ら犯罪を犯していない企業とその関係者が被害者である。相嶋さんは、本件で逮捕・勾留されていなければ、もっと早く治療を受けることができ、命を失わずに済んだかもしれない。結果の重大さを考えれば、都はすみやかに控訴断念を決め、都公安委員会は警視庁に検証や再発防止を求めるべきだろう。今、動かなければ、何のために公安委員会があるのか分からない。
「同じ判断をする」と断言した検事は今も…
検察が、起訴を取り消して刑事裁判を自ら終結させたことについては、一定の評価はできる。ただ、今回の塚部検事がやるべき捜査をやらないまま起訴した、という裁判所の指摘については、検察は組織として真摯に受け止め、なぜこのような冤罪作りに検事が加担してしまったのかを検証すべきだ。
塚部検事は裁判で「同じ状況になったとしても同じ判断をします」と述べ、相嶋さんらに対する気持ちを問われても、「勾留・起訴の判断に間違いはないので、謝罪の気持ちはありません」と言い切った。これだけの冤罪被害を引き起こしながら、自省もないまま、今も千葉地検という捜査の現場にいることに、戦慄する。これでは、そう遠くないうちに、次の冤罪被害者が出るのはないか。
また、判決は塚部検事の勾留請求についても違法性を認めているが、勾留を巡る検察官の対応が問題になるのは、今回ばかりではない。否認している被告人について、検察は徹底して保釈に反対し、認められても異議を申し立てて長期の身柄拘束を行おうとする「人質司法」は、かねてから問題になっている。
長期の身柄拘束がどれだけの被害をもたらすのか、検察庁は本件から学び、真摯な反省と対応の改善をしなければならない。
「人質司法」の最大の要因は
原告は訴訟の中ではあえて裁判所の違法を問わなかったが、検察側の言うがままに、長期の身柄拘束を認めてきた張本人とも言うべき裁判官らの責任も重大だ。
最後まで保釈は認められず
相嶋さんは、8回も保釈を求めたのに、いずれも認められなかった。やむなく、期限を区切った勾留の執行停止という形で入院したが、期限延長がなされるかどうかは分からない不安定な立場のまま亡くなった。
判決は、相嶋さんや遺族が被った被害について、次のように言及している。
このような被害が生じた最大の原因なにか?
相嶋さんの長男(50)は、言う。
「父は人間としての尊厳を踏みにじられ、最悪の最期を迎えた。父が最期を平穏に過ごせなかった最大の要因は、保釈を認めなかった裁判官だと思います。私が一番辛かったのは、父が(拘置所で)がんが判明した翌日の(裁判官による)保釈請求却下決定でした。裁判官たちは、この問題をちゃんと振り返らなければいけないと思います」
裁判官らは、検察官の「違法な勾留請求」や保釈への反対意見を受け入れて、勾留を許可し、度重なる保釈申請を退けてきたのだ。
高田弁護士も保釈に関する裁判官の対応について、こう指摘する。
「検察官が主張する罪証隠滅のおそれは、具体的には関係者の口裏合わせだが、本件ではその可能性は特に小さい。大川原社長や従業員たちは、合計290回以上にわたる任意の取り調べを受け、供述調書を何本もとられている。今さら何の口裏合わせができるのか。それを説明しても、裁判所の令状部は、そういう事情は考えない。共犯者がいる、従業員は今後証人になる可能性がある、という点だけを取り出して、口裏合わせするかもしれない、という形式的で保守的な判断をする。それが人の命、健康、生活に非常に大きな影響を与える。
しかも、本件では起訴取り消しになったが、そこまで頑張れる人はそう多くないと思う。多くの方は妥協して、不本意な『自白』という道を選ばざるをえない構造になっている。これは非常に大きな問題。制度として、速やかに改善する必要がある」
経産省の責任は
やはり今回の裁判の被告とはなっていないが、経済産業省にも検証や反省が必要だろう。というのは同省が、生物化学兵器の拡散防止のための国際的な枠組みでなされた合意とは異なる理解を招く(機械内部の)「滅菌」「殺菌」という曖昧な表現で輸出制限の要件を定める省令を作っていたからだ。そのため警視庁公安部が、噴霧乾燥機の空だきで細菌が1種類でも死滅できれば、輸出規制の要件に当たるとした独自の解釈で、本件を立件しようとした。同省は当初、これに消極的な態度を示していたが、最後は警察に押し切られた格好で協力した。
今回の判決は、「(国内の)法令を所管し、その解釈権限を有しているのは経産省である」として、国際的な基準とは異なる解釈で捜査を行ったことについては違法性を認めなかったが、このままでいいのか。
大川原化工機は、捜査が始まって以降、この独自の基準に合わせて、すべての輸出について経産省の許可をとっている。そのため、買い手に様々な書類提出などの負担をかけるため、海外からの注文が滞るようになった、という。今回のような日本独自の基準を維持すれば、日本企業は外国企業に比べて大きなハンディを負うことになる。
要件は国際基準に合わせよ
高田弁護士は、こう指摘する。
「経産省についても検証が必要。今、経産省とは対話をしているが、輸出規制は国際的な基準と同じにすることが大前提だ。(今回のような)日本流の基準にしたいのなら、先に国際標準を変えることから始めるべきだ」
大川原社長は言う。
「経産省には適正な貿易管理をしてもらい、日本の産業が強くなるのが大切。(経産省には)そういう目で見直してもらいたい」
元刑事裁判官の西愛礼弁護士は、本件の判決を受けて、次のようにコメントする。
「間違えないことは勿論大事ですが、全く間違えない組織というのは幻想です。より大事なのは、間違えた時に原因を検証し、過去の誤りから学び、それを再発防止に生かすことです。冤罪当事者の多くが事件の検証を望んでいます。大川原化工機事件も原因検証と再発防止に向けた取組みが行われるべきです」
検証、再発防止、そして謝罪。
警察、検察、裁判所、経産省のいずれもが、速やかに取り組まなければならないと思う。