ブラジルでX全面停止、フランスでTelegramトップ起訴、政府とSNSの衝突が激化するわけとは?
ブラジルはXを全面停止、フランスではテレグラムCEOを起訴。政府とソーシャルメディアの対立が過熱している――。
ブラジルでは8月31日、連邦最高裁の命令によって、国内でのXの利用が全面停止となった。民主主義国でのソーシャルメディアの強制的な全面停止は、異例の事態だ。
行き場を失った2,000万人を超すXユーザーは、急遽、別のソーシャルメディアに移動。競合サービスの「ブルースカイ」は3日間で100万ユーザーを獲得したという。
焦点となっているのは、数千人規模の首都暴動の原因にもなった、偽情報の氾濫だ。
偽情報対策の指揮を執る剛腕の最高裁判事、アレクサンドル・デ・モラエス氏と、偽情報氾濫の舞台の1つ、Xのオーナーのイーロン・マスク氏の確執が、今回の事態の直接の引き金になっている。
大西洋の対岸、フランスでも、違法有害コンテンツへの対策を巡って、検察当局が8月28日、10億人近いユーザーを持つメッセージアプリ「テレグラム」のCEO、パベル・デュロフ氏を起訴した。コンテンツ管理(モデレーション)を巡るトップの逮捕・起訴は、やはり異例だ。
共通するのは、偽誤情報を含む違法有害コンテンツ対策についての、ソーシャルメディアと政府の軋轢だ。
急速にグローバルな社会インフラとして浸透してきたソーシャルメディアは、一方で違法有害コンテンツ氾濫の温床となり、各国政府との摩擦を引き起こしてきた。
ただ、それが「全面停止」「CEO逮捕・起訴」という極端な事態に発展したことは、各国メディアでも驚きをもって報じられている。
違法有害コンテンツ対策を巡る状況が、液状化し始めている。
●最高裁命令で全面停止
ブラジルの連邦最高裁は8月30日のリリースで、そう述べている。
ネットの遮断を監視する英国の団体「ネットブロックス」の調査によると、8月31日には、ブラジルの国内の大手プロバイダーが一斉にXの利用を遮断したという。
最高裁の命令によれば、アップル(iOS)とグーグル(アンドロイド)に対して、アプリストアからのXアプリの削除に加えて、それぞれのOSでのアプリの使用と、VPN経由での使用も禁止するよう求めていた。
VPN使用によるXへのアクセスに対しては、1日当たり5万レアル(約130万円)の罰金を科すとしている。ブラジルの世帯1人当たりの所得(月額)は1,848レアル(約4.8万円)だ。
また最高裁はこれとは別に、マスク氏がCEOを務めるスペースXの子会社で衛星通信を手がけるスターリンクの国内資産を凍結した。Xの罰金支払いにあてる、という。
この命令を伝える最高裁のXへの投稿には、Xの公式アカウントとマスク氏のアカウントが記載(メンション)されていた。
これに対してマスク氏は、モラエス氏が投獄されている様子を描いた生成AIと見られる画像を投稿。モラエス氏のXアカウントを記載して、「アレクサンドル、この獄中の画像は、いつか現実になる。覚えておけ」と書き込んだ。
●民主主義国での強制停止
プラットフォームが国単位で停止される事例は、これまでにもある。X(ツイッター)は、ロシア、中国、北朝鮮、イランなどの強権国家で、利用が遮断されている。
だが、民主主義国での強制的な利用停止は異例だ。
独調査会社「スタティスタ」の調査によれば、2024年4月時点でのブラジルのXのユーザー数は2,148万人で、米国(1億623万人)、日本(6,928万人)、インド(2,545万人)、インドネシア(2,485万人)、英国(2,430万人)に次ぐ6番目の規模だ。
X停止の余波で、競合となる分散型ソーシャルメディア「ブルースカイ」は、3日間で100万人のユーザー増加となった、と明らかにしている。ブルースカイは、旧ツイッターの社内プロジェクトとして、ジャック・ドーシーCEO時代に立ち上がったサービスだ。
ブラジルの騒動は、特に最高裁のモラエス判事とXオーナーのマスク氏の確執として注目を集めてきた。
同国では、「ブラジルのトランプ」と称される右派のジャイル・ボルソナーロ前大統領支持者らを中心とした偽誤情報の拡散が、国際的な注目を集めてきた。
2023年1月には、ボルソナーロ氏が敗れた前年の大統領選で「選挙不正」があったとする根拠のない主張に後押しされ、同氏支持者ら約5,000人が首都ブラジリアの連邦政府庁舎などに乱入する騒乱事件があった。
※参照:「ブラジル議会襲撃」フェイクが後押しする暴力の背景とは?(01/09/2023 新聞紙学的)
左派のルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ政権でこの騒乱事件の調査と偽情報対策を主導するのが、モラエス氏だ。一方のマスク氏は、ボルソナーロ氏と親交がある。
モラエス氏とマスク氏の応酬が注目を集めたのは2024年4月。モラエス氏がXに、違法コンテンツを拡散したとするアカウントの停止を命じたのに対して、マスク氏は逆に「(アカウントへの)制限を解除した」と対抗。
これに対してモラエス氏は「ソーシャルメディアは無法地帯ではない」「マスク氏は司法への不服従と妨害を扇動する偽情報キャンペーンを開始した」と指摘。マスク氏を捜査対象とすることを明らかにしていた。
Xの公式アカウントは8月17日の投稿でブラジル事務所の閉鎖を公表したが、サービス自体は継続するとしていた。
※参照:ブラジル事業撤退、パリ五輪、英暴動、マスク氏の「表現の自由」がネットを揺るがす(08/19/2024 新聞紙学的)
「表現の自由」を旗印とするマスク氏だが、Xが政府の要求を常にはねつけているわけではない。
米ニュースNPO「レスト・オブ・ワールド」が2023年4月に公表した調査では、ツイッターは政府・裁判所からの要求をそのまま受け入れる割合が、マスク氏の買収以前は50%前後だったのに対して、買収以降の6カ月間では、むしろ83%に跳ね上がっていた。
最近では2024年2月、インドのナレンドラ・モディ政権の命令を受けて、Xが、農民による大規模デモに関連したアカウントと投稿を停止したことが明らかになっている。
マスク氏は、米大統領選を巡っては、トランプ氏支持を打ち出し、民主党大統領候補のカマラ・ハリス氏を攻撃している。ブラジルでのボルソナーロ氏との関係も含め、右派には歩み寄るが、左派には攻撃を仕掛ける傾向がうかがえる。
そのマスク氏が、やはり攻撃の矛先を向けるのが、フランスだ。
●異例のCEO逮捕・起訴
フランス検察庁のロール・ベクー検察官は同日発表したリリースで、そう述べている。
9.5億人の月間ユーザーを擁するテレグラムのCEO、デュロフ氏がパリ郊外のル・ブルジェ空港で逮捕されたのが8月24日午後8時、逮捕が公式に検察庁から発表されたのが26日、そして28日に起訴発表となった。デュロフ氏は保釈金500万ユーロ(約8億円)で保釈されたという。
罪状として挙げられているのは、以下の6項目だ。
- 組織的集団の不正取引を可能にしたオンラインプラットフォーム運営による共犯(最高刑は禁固10年、罰金50万ユーロ(約8,000万円))
- 適法な通信傍受に必要な情報・書類の当局への提出拒否
- 以下の共犯(①自動データ処理システムを弱体化させるよう設計されたプログラムまたはデータを利用可能にする犯罪②児童ポルノ画像の組織的集団による頒布③麻薬密売④組織的集団による詐欺)と、犯罪の共謀
- 組織的集団犯罪のロンダリング
- 適合表明なしでの秘匿性確保のための暗号サービスの提供
- 事前表明なしでの認証機能に特化していない暗号ツールの提供および輸入
デュロフ氏の逮捕・起訴は、7月8日に開始した、名前が明らかにされていない別の人物に対する捜査の一環だという。
罪状の冒頭に挙げられた「不正取引の共犯」のみ、「禁固10年、罰金50万ユーロ」という罰則が記載されており、目を引く。ただ、具体的な捜査の内容は、これまで公表されていない。
テレグラムはデュロフ氏逮捕を受けた声明で、そう述べている。モデレーション、すなわちプラットフォームによる偽誤情報を含む違法有害なコンテンツ管理は、この事件でもキーワードとなっている。
●距離を置く欧州委員会
これまで、プラットフォームのトップが逮捕された事例としては、"ドラッグのイーベイ"とも称されたダークネット上の闇市場「シルクロード」の創設者、ロス・ウルブリヒト服役囚を、米連邦捜査局(FBI)が2013年10月に摘発した事件がある。
10万人以上のユーザーにより2億ドル以上の違法薬物取引などに利用したとされており、ウルブリヒト服役囚には終身刑が言い渡されている。
2013年創設のテレグラムは利用規約も極めてシンプルで、コンテンツ管理が緩いことで知られ、テロや違法薬物取引、偽誤情報の温床として、批判を浴びてきた。
ただ、ダークネット上の闇市場だった「シルクロード」とは違い、テレグラムは一般向けのソーシャルメディアとして拡大を続けてきた。
ウクライナ、ロシアの双方が情報発信の舞台として活用していることに加え、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ガーディアンなどのメディアもニュース発信に活用するなど、幅広いユーザーを引き付けている。
メディアの注目は、今回の逮捕・起訴が、他のプラットフォームにどのような影響を及ぼすか、という点だ。
特にEUには2024年2月に全面適用した、違法有害コンテンツ対策のためのプラットフォーム規制法「デジタルサービス法」がある。同法は、今回のテレグラムの事件で取り沙汰されたモデレーションの取り組みに関する、プラットフォームの透明性と説明責任の義務などを定めている。
同法はEU域内のユーザーが4,500万人以上の超大規模プラットフォームには、もっとも厳しい規制をかけている。これにはフェイスブックやXが該当する。
だが、テレグラムはEU域内ユーザーが4,100万人だとしており、超大規模プラットフォームとしてのデジタルサービス法の規制は受けていない。
そしてメディアは、欧州委員会がフランスによるデュロフ氏逮捕について、距離を置こうとしている、と報じる。
ガーディアンによれば、欧州委員会の担当者は、そう述べているという。デジタルサービス法が扱うコンテンツ管理の問題ではなく、「シルクロード」のような刑事事件として位置付けたいようだ。
起訴の概要を見ても、刑法犯罪の共犯が主な罪状となっている。
ロシア出身でフランス国籍も持つデュロフ氏の逮捕・起訴は、ウクライナ支援でEUの中心であるフランスとロシアの対立も絡み、様々な読み解きも行われている。
エマニュエル・マクロン大統領は、「テレグラム社長の逮捕は、進行中の司法捜査の一環として行われた。決して政治的な決定ではない」との声明を出している。
デュロフ氏の逮捕に、最も敏感に反応したプラットフォームのトップの1人がマスク氏だ。
今回の米大統領選で、共和党の大統領候補に出馬した経緯もある実業家のビベック・ラマスワミ氏が、「今日のテレグラムは、明日のXかもしれない」とXに投稿すると、マスク氏は「100点」の絵文字の投稿で賛同した。
●自主規制と法規制のバランス
偽誤情報などの違法有害コンテンツ対策には、「表現の自由」を侵害する懸念がつきまとう。
そこで、プラットフォームによる自主規制をベースとして、プラットフォームの取り組みの透明性と説明責任を法規制で義務付けることで「表現の自由」を直接規制することを避ける、という考え方が、EUのデジタルサービス法などのアプローチだ。
ただ、安全な情報空間と「表現の自由」の確保のためのポイントは、規制のバランスだ。
プラットフォームの自主規制が弱すぎたり、政府の法規制が強すぎたりすれば、情報空間が歪む。
フランスのデュロフ氏逮捕・起訴も、ブラジルのX全面停止も、そのバランスの悪さが極端な事態を招いたように見える。
(※2024年9月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)