競技漫才で「M-1ネイティブ世代」に勝った50代錦鯉のすごさ ”年齢”で考察するM-1
漫才日本一を決める『M-1グランプリ2021』は、錦鯉の優勝で幕を閉じた。毎年言っている気がするが、今年は多種多様なネタが繰り出され、審査員泣かせの大接戦だった。
そんな中、今年の決勝を振り返る上でポイントだと感じたのが「年齢」だ。出場芸人の年齢によって、M-1の捉え方も向き合い方も違う。優勝した錦鯉は、50歳と43歳の超遅咲きコンビ。センスが問われるお笑いだけに、二人の優勝には大きな価値があると感じる。
M-1は今年で17回目を数える。中川家が優勝した第1回が行われたのは2001年だ。今から20年前、流行語大賞に選ばれたのは小泉純一郎首相の「聖域なき改革」。他にもトップテンには浜田雅功&Re:Japanの「明日があるさ」、ソフトバンク代表の孫正義さんが授賞式に出席した「ブロードバンド」などが入っている。インターネットが徐々に世間に広まってきた時代。TwitterもYouTubeもまだ存在しなかった。お笑いも、人の生活スタイルも、今とは大きく違う。これを読んだだけでも、『M-1グランプリ』の歴史と伝統を感じるのではないだろうか。
優勝した錦鯉は、最年長ファイナリストとして話題になったボケの長谷川が50歳(1971年生まれ)。一方、今決勝の最年少は、もものまもる。で27歳。生まれ年は1994年だ。二人の年の差は23歳。親子でもおかしくない年齢である。一言「お笑い」と言っても、これだけ年齢が違えば見てきたものも感性も大きく違う。長谷川は斉藤由貴のファンだったというが、20代には当時の人気ぶりなども理解しづらいだろう。もはや死語だが「オヤジギャグ」と言われるように、年齢を重ねれば若い人にウケなくなる。M-1のスタジオの観客は若い人が多い。それを考えると、50歳が27歳とおもしろさを競うガチンコ勝負をして勝ってしまったのだから驚きだ。
近年、M-1はある種「競技」として発展を遂げてきた。象徴的な場面がある。2008年の決勝で、ナイツのネタを見た松本人志は「4分間に何個笑いを入れとんねん」とコメントした。すると塙は「37個ぐらいだと思います」と答えた。計算すると6.5秒に一度笑いが入ることになる。当時、いくつ笑いを入れているかを自覚していたのが新鮮だった。芸人たちは4分間の持ち時間の中にいくつ笑いを詰め込めるか、後半にかけていかに盛り上がる構成にできるかなど、論理的かつ戦略的にネタを作っている。M-1はもはやスポーツ、芸人はアスリートと言っても過言ではない。
誰が一番おもしろいかを決める以上、笑いの数は重要なポイントになる。例えるならM-1はプロボクシングよりアマチュアボクシングに近い。1パンチでKOということではなく判定の勝負になるので、確実な有効打の数が「おもしろい印象」につながる。となれば1個でも多く笑いの数を増やそうという発想になり、漫才は高速化してきた。今大会の最終決戦に残ったインディアンスはハイペースで笑いを量産するネタだった。単純に早く喋る、早く動くことが要求されるし、笑いの反射神経を研ぎ澄まさなければならない。50歳には不利なことばかりだ。
また、世代によってM-1への取り組み方も大きく違うだろう。第1回のM-1が行われた年、錦鯉・長谷川はすでに30歳。芸人として活動しており、レギュラーとしてテレビ番組に出演経験もあった。現在40〜50歳の世代にとってM-1は仕事上の「這い上がる手段」というイメージだろう。しかし、27歳であるもものまもる。は、M-1開始当時まだ7歳。1stラウンドで1位だったオズワルドの伊藤(32歳)は開始当時12歳。「M-1ネイティブ」とも呼べる20〜30代前半の芸人にとってM-1は、幼い頃から当たり前のように存在するものであり、ずっと見てきた「憧れの大会」であろう。売れるためというよりも、M-1王者になりたくて芸人になる者も多い。もはやオリンピックの金メダルに近いものがある。今大会、史上最多6017組の漫才師が参加したのは、こういった背景もあるかもしれない。今大会は、お笑いを始める時から「スポーツ漫才」を強く意識してきた若い世代も台頭した。そんな中、錦鯉が優勝してしまうのだからおもしろい。
一方で、「年齢」でM-1を語るなら審査員についても触れなければならない。50歳と27歳の戦いを裁く審査員の平均年齢は「56歳」。錦鯉と近い世代であり、むしろ有利だったという考え方もできる。決勝の1本目で錦鯉は合コンをテーマに50代の“あるある”を織り交ぜたネタを披露。「紙芝居」や「水あめ」というワードを使ったが、審査員の年齢でこそ理解しやすいネタだ。錦鯉が50歳という年齢をこれでもかと押しまくったように、上の世代は年齢を自虐ネタに昇華しやすい。だが、若い世代はそうはいかない。20代の芸人が仮に「ポケモン」のネタを使ったとしたら、観客にはウケるが審査員は理解できないだろう。そういう意味では若い世代の方が封印しなければならない引き出しが多く、不利と言わざるをえない。審査員の顔ぶれは毎年話題になっているが、年齢やジェンダーのバランスを考えることも必要かもしれない。
何はともあれ、第17代王者の椅子には錦鯉が座った。50代のチャンピオン誕生によって勇気づけられた人も多いことだろう。これからもM-1は新たなスターを生み出し続ける。