コックが5っ9(5月9日)に全国でこども食堂を開催 呼びかけ人の思いとは?
5月9日に、東京・港区のイタリアンレストランで
「おいしい!」
5月9日。
東京・港区三田のイタリアン「ちょっとローマ」では、子どもたちがにぎやかに食事していた。
この日は「ちょっとローマ」自慢のローストビーフ丼に、サラダ、ジュース、そしてデザートのアイスクリーム。
お友だちと一緒に、夜の洋食店で、家庭では出せないスペシャルな料理をいただく――子どもたちが盛り上がらないわけがない。
「コックさんの子ども食堂の日」
しかも、この日にかぎり、すべて「無料」だ(高校生以上は300円)。
なぜなら、5月9日は「コックさんの子ども食堂の日」。
全国各地の個人経営のレストランで、子どもたちにお店の自信作がふるまわれる日だ。
「ちょっとローマ」でふるまわれたのは、オーナーの佐藤義孝(さとう・よしたか)さんが推すローストビーフ丼。
「10人中9人が美味しいと言ってくれるステーキソース」が自慢だ。
こども食堂、知ってはいたが…
この日に来ていたのは、中学生の子どもたちや小さな子連れのママ友たちなど5~6組20人ほど。
ママ友とその子どもたちは、レスリング教室の帰りだ。
「母親が下のお店で働いていて『ちょっとローマ』さんから今日のチラシをもらったので、お友だちを誘ってきてみた」という女性は、「こども食堂」という言葉を聞いたことはあったが、行ってみたことはなかった。
「公民館みたいなところでやっていて、親が働いていてちょっとさみしい子が行くところというイメージ」だったと言う。
自分で行こうと思ったことはないが、それでも習い事の帰り、今日は夕ごはんを作らなくてすむと思うと「助かる」と感じる。
「いろいろ難しい今の時代に合ってるかも」
「こども食堂を知らなかった」という人たちもいた。
「聞いた瞬間は、子どもが食事を作るところかと思った」という男性は、説明を聞いて昔のことを思い出したという。
「生まれが兵庫県の田舎だったから、小さいころは親同士が『ちょっとお願い』で他の家で食べることとか結構あった。今はいろいろとそういうのが難しくなっているから、こども食堂のような取組みは、今の時代に合っているかも…」という感想だ。
「コックさんの子ども食堂の日」の取組みがなければ、この親子たちとこども食堂に接点が生まれることはなかったかもしれない。
「みんなで食べてればわかる」
「一人で食べるより、みんなで食べたほうが、心も健康になる」
開催した「ちょっとローマ」オーナー・佐藤さんの思いだ。
「いじめられてたり、元気がなかったりしたら、みんなで食べてればわかる」――そんな場所がこども食堂だと思って、今回初めて「こども食堂」を開催した。
「全日本飲食店協会」が呼びかけ
きっかけは、1年前に加盟した「全日本飲食店協会」からの呼びかけだった。
「全日本飲食店協会」は「個人飲食店オーナーによる個人飲食店オーナーのための協会」で、求人・ドタキャン・顧客の管理などの飲食業界の課題解決のために活動している団体だ。
この団体は、どういう理由で、加盟店に「こども食堂の日」の開催を呼びかけたのか。
理事長で「洋食グリル天平」(兵庫県姫路市)オーナーの関良祐(せき・りょうすけ)さんに聞いた。
自身のお店でこども食堂をやってみる
関さんがこども食堂を始めたのは、去年4月。
「全日本飲食店協会」として、ふさわしい社会貢献策を考えているときだった。
テレビかネットニュースでこども食堂のことを知り、子どもの貧困問題に驚いた。
まず自分でやってみようと協会の仲間に意見を聞いたところ、みんなが賛同してくれて「グリル天平」でのこども食堂が始まった。
関さんの双子の娘さんが通っている保育園でチラシをまいてもらい、姫路市の協力で学童保育にも配ってもらったところ、初回には36人が参加してくれた。
「グリル天平」の人気No1メニュー「姫路肉汁ハンバーグ」を振舞った。
子どもたちとともに、お母さんたちがすごく喜んでくれたのが印象的だった。
「食事は単に空腹を満たすだけではない」
関さんのこども食堂への想いは、お店のレジ脇に置いた募金箱に沿えたメッセージに詰まっている。
今、社会問題にもなっている「子どもの孤食」
一人で食事する事の寂しさや悲しさは
私が「グリル天平」を経営している意味、
そして原点でもあります。
「食事は単に空腹を満たすだけではない」
そんな想いから「コックさんの子ども食堂」を
スタートします。
私の想いに賛同してくださるあなた様。
ぜひ募金をよろしくお願い致します。
関良祐
「孤食の子」だった幼少期
孤食の寂しさ・悲しさが「天平」の原点だとある。
実は、関さん自身が孤食の子だった。
すでに閉まっている別の店だが、父も飲食店を経営していた。
夕食時は、かき入れ時。
父のいない食卓が日常だった。
加えて、関さんの姉には知的な障害があり、両親はどうしても姉の世話に時間をとられた。
あの「思い出」をつくる側に回りたい
寂しさを感じていた関少年には、家族の誕生日に行った洋食店がかけがえのない思い出となっている。
自身が経営する飲食店を閉じた父親は、関さんが飲食の道に進むことに反対した。
しかし関さんは、回り道しながらも38歳で「グリル天平」をオープンした。
あの「思い出」をつくる側に回りたいという気持ちが、自分の中にあったのだと感じる。
だから「グリル天平」は、オープン時から「小さいお子さん大歓迎」を掲げている。
「たまには、お母さんに家事を休んでもらいたい」という思いもある。
そして今、自身が飲食店のオーナーになり、今度は自分が夕食時に家にいられない。
幸い、娘たちには妻がついていてくれるが、「孤食」の問題は関さんにとってあまりにも身近で、子どもたちに孤食の寂しさを味わわせたくないという想いは人一倍強い。
こども食堂は、その関さんの想いをカタチにする格好のツールとなった。
5月9日を「コックの日」に
「天平」でのこども食堂実施に手ごたえを感じた関さんは、今年「全日本飲食店協会」の加盟店に、こども食堂開催を呼びかけた。
誰かが言った。
「5月9日を『コックの日』にしてみたら?」
それで生まれたのが「コックさんの子ども食堂の日」。
初めての全国同時開催で、10店舗がこども食堂を開催した。
経営的にはマイナスになるはず?
善いことだが、しかし経営的に考えると、やはり無料でのふるまいは厳しいのではないか?
実は…と、少し言いづらそうにしていた関さん。
「こども食堂を始めてから、売り上げがあがってるんです」
狙ったわけではないからこそだろうが、こども食堂の開催は確実にお店のイメージアップにつながっている、と感じる。
喜んでくれたお母さんたちが、お店のことを話題にすることで店の知名度が上がる。
気づいた人がレジ横の募金箱にたくさん募金してくれる。
常連客の社長さんが、毎回必ず差し入れを入れてくれる。
「ギブ&テイクじゃなくて、ギブ&ギブでやってると、不思議と…」と関さんは照れ臭そう。
姉のおかげでボランティアが身近に
たらいの水は、こちらに寄せてこようとすると逃げていくが、向こうに押しやろうとすると、回りこんでやってくる。
姉に知的障害があって、親の関心が姉に寄っていたため、幼い関さんは寂しい思いをした。
同時に、姉がいたおかげで、関さんはボランティアをとても身近に感じて育った。
ボランティアへの心理的ハードルが低く、自然体でギブ&ギブを実践する関さんの人柄は、インタビューで短時間対面しただけでも伝わってくる。
それが人々の共感を集め、経営的にもプラスの結果をもたらしていることは、人々のセンスの健全さを示しているだろう。
まだまだ、この国は「テイクがなければギブしない」という人間ばかりにはなっていない。
来年は50店舗開催を目指す
初めて全国同時開催した「コックさんの子ども食堂の日」。
開催した10店舗のオーナーたちの反応は上々で、みんなが「やってよかった!」と言ってくれている。
このまま、こども食堂を定期開催してくれるようになるのではないか、と関さんは期待している。
(開催した各店舗からの報告は、こちらにアップされている)
「食べてみろ!」という気概
「来年は、50店舗の参加を目指したい」と関さん。
趣旨に賛同し、開催を検討する個人飲食店オーナーの方は「全日本飲食店協会」に問い合わせ願いたい。
「私たちは料理に自信があり、多くのオーナーシェフたちには『食べてみろ!』という気概がある。子どもたちを喜ばすためだけを目的に腕をふるい、素直に反応を見られるこの試みに関心のあるシェフは多いはず」と関さんは期待する。
「私たちが行ってもいい場所」へ
全国で2,300か所を超えたこども食堂だが、全国の小学校数は2万。
子どもたちが小学校区を越えにくいことを考えると、まだまだ、ほとんどの子にとってこども食堂は遠い存在だ。
物理的に遠いだけでない。
「ちょっとローマ」に来ていた親子のように、「縁遠い」と感じている人たちはたくさんいる。「自分が行く場所ではないだろう」と。
でも、あるお母さんが言っていたように、その人たちも、行ったら「助かる」。
関さんは「お母さんたちにも一休みしてもらいたい」と言った。
それは、多くのこども食堂運営者の願いでもある。
「誰か他の、もっと特別な人のための場所」から「私たちが行ってもいい場所」へ。
そのために、福祉業界とは異なる、一般の飲食店が果たせる役割は、とても大きい。
関さんたちの、これからのさらなる展開に期待したい。
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