Yahoo!ニュース

子どもや外国人にもわかりやすくーNHKの津波警報で注目の「やさしい日本語」とは

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
「やさしい日本語」は子どもにも外国人にもわかりやすい(写真:アフロ)

気づきましたか?NHKの津波避難呼びかけ

11月22日、福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震が発生し、津波警報が発令されると、NHKの画面上には「つなみ!にげて!」というひらがなの文字がテロップで流れました。また、副音声とNHKラジオ第2では、英語、中国語、韓国語、ポルトガル語の多言語で緊急警報放送が実施され、東日本大震災での経験が教訓として生きていると話題になりました。

きっかけは阪神淡路大震災ー命を守るための「やさしい日本語」

今回、特に印象的だったNHKの「ひらがなテロップ」は、平成25年3月より、新しい津波警報放送として運用がスタートしました。また、同年5月にはNHK WEB EASYという「やさしい日本語」を用いたニュースサイトが公開されるなど、難しい日本語がわからない子どもや外国人を対象とした外国語翻訳・通訳だけではない、新たな情報伝達の方法が注目を集めています。

もともと、この「やさしい日本語」は阪神淡路大震災時の経験を元に、日本語も英語も十分にわからない外国人の方々に必要な情報をわかりやすく提供し、適切な避難行動が取れるように考え出されたものでした。

その後発生した東日本大震災においても、「避難」や「高台」と言った日常ではあまり使われない日本語が理解できず、避難が遅れたり、避難所での生活に困難を抱える外国人が少なくありませんでした。このような経験から、この「やさしい日本語」という考え方が防災を中心に急速に広がり始め、今では行政や外国人支援団体などによって、日本語を母語としない外国人の方々に情報を伝える手段として積極的に採用され始めています。

「やさしい日本語」を使うメリットとは

「やさしい日本語」を活用するメリットは多岐にわたりますが、大まかに言うと以下の3点を挙げることができます。

1.コツさえ掴めば、誰にでも取り組むことができる

「やさしい日本語」の「やさしさ」は概ね、小学校2~3年生程度の日本語です。ただ、小学生の子どもに話しかけるようにすると、逆にわかりづらくなってしまう事もあり、いくつかのコツを知る必要があります。

例えば、以下のような文章の場合:

「明日は降雪のため、交通機関が乱れる可能性がありますのでご注意ください。」

このように直してみます:

「明日は雪がふります。電車やバスが遅れるかもしれません。気をつけてください。」

伝えたいことの趣旨は変わりませんが、文章を短く区切ることや、簡単な言葉に言い換えるなどの工夫で、ぐっと平易な日本語にすることができました。

2.コストがあまりかからない

今、日本国内に在留する外国人の方々は223万人を超え、その出身地や国籍の数は194にも上ります。(平成27年度末、法務省)主要言語のみだとしても、全ての情報を翻訳し伝えるためには膨大な予算や人員を必要とするため、多言語化での情報伝達は限定的でした。「やさしい日本語」の利用は、情報発信側にとってもコストをあまりかけずに取り組むことができる点が大きな利点です。

3.防災だけでなく、生活のあらゆる場面に応用できる

もともとは防災、減災の観点から生まれたやさしい日本語ですが、現在では自治体が外国人住民に生活に関わる情報を提供するときや、外国人観光客対応にも応用され始めています。また、筆者のように日本語を母語としない方々の支援をする団体でも、日常的なコミュニケーション手段として積極的に活用をしています。

やさしい日本語の活用と同時に考えておきたいこと

コストがかからず、誰にでも手軽に取り組め、防災や観光などの情報をスムーズに伝達する事のできる「三方良し」のやさしい日本語は、今後一層広まっていくだろうことが予想されますが、それ以前にぜひ考えておきたい点もあります。

現時点で日本には日本には公的に日本語学習を保障する制度はなく、民間や企業、ボランティアが日本語を母語としない方々への言語教育を担う主体となっています。一方、ドイツやフランス、カナダなどの移民受け入れ国では、その国の言語学習の責任は国家が担っていて、数百時間の教育をほぼ無料で受けることが可能なのですが、日本の場合は、自治体や地域住民が取り組むかどうかや、支援団体が身近にあるかどうかなどで、暮らしやすさや災害時の安全確保に格差が出ている現状です。

一般財団法人自治体国際化協会が国別の言語学習制度をまとめていますので参考に

やさしい日本語のレベルは小学校2~3年生程度と前述しましたが、日本語を母語としない方にとって、このやさしい日本語を理解するためには、おおむね、1,500個の日本語のことば(語彙)と、300の漢字とが必要で、そのレベルに到達するまで300時間くらいは日本語教育を受ける必要があります。

最低限、「やさしい日本語が理解できるまでの日本語教育」を保障しないままの状況で、便利だからとやさしい日本語の活用のみが先走ると、日本語学校に通う時間や金銭的余裕がないなど、より困難な状況にある「マイノリティの中のマイノリティ」の方々が情報弱者として取り残されかねません。

今月、11月8日に超党派の国会議員による「日本語教育推進議員連盟」の設立総会が行われ、日本語教育推進の基本法制定に向けて動き出すなど、日本語を母語としない人々に対する日本語教育は大きな一歩を踏み出しました。日本国内に暮らす全ての人が、必要な情報への十分なアクセスが保障されるよう、今後の動きに注目したいところです。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

田中宝紀の最近の記事