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日米有識者、共通の価値観を提言――中国には不似合い

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

日米有識者会合が「アジア全体で自由貿易圏の構築」を提言。価値観を共有し、「中国が国際社会と調和し日米と同じ方向に進むなら、一緒にやっていく関係になるのが当然」としたが、あまりに中国の現実から離れている。

◆中国を念頭にアジア全体で自由貿易圏の構築

5月9日、日米の政財界の有識者31人が、戦後100年を見据えた「パシフィック・ビジョン21」として「アジア太平洋諸国を中心に共通の価値観に基づくネットワークを発展させる」ことを柱とする提言をまとめた。

それによれば、日米は太平洋地域の平和と安定を維持するため日米関係を強化し、かつ戦後100年となる2045年までに「アジア全体で自由貿易圏の構築」を目指すべきとしている。

それも、中国の参加を念頭に置きながら、福田元総理は記者会見で「中国が国際社会と調和し、日米と同じ方向に進むなら、一緒にやっていく関係になるのが当然だ。日米関係がよいことが、世界にとってどれだけよいことなのかを示すことが大事だ」と述べたとのこと。

習近平国家主席のロシア訪問と反ファシスト70周年記念式典参加一色で塗りつぶされていた中国メディアは、シラッとした感じで、日本の報道を中国語に翻訳して、文字のみで伝えた。

日本の報道とややトーンが異なるのは、「アジア全体での自由貿易圏」というのは日米が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)のことであり、それを中国に求めようとすることを冷笑している印象だ。

中国はいま、まさにアジア太平洋の夢を「一帯一路」構想に基づいてアジアインフラ投資銀行AIIBを構築し、新たな世界秩序を形成しようと燃えている。その共通の価値観をロシアと共有している最中に、日米主導型の「共通の価値観」など呼び掛けても、一顧だに、するはずもない。

日米間のビジョンを発表するのは自由だが、このようなタイミングで中国に何らかの「条件付き期待」を発表しても、無意味ではないのか。

中国を念頭になど、置かない方がいいだろう。

◆中国が最も嫌う「普遍的価値観」

パシフィック・ビジョン21は「共有の価値観」と言っただけで、「普遍的価値観」とは言っていない。しかし中国はこの「価値観」という言葉に、ものすごくデリケートに反応する習性を持っている。なぜなら中国人民が持つことを許されている価値観は「社会主義的核心的価値観」であって、普遍的価値観を最も嫌う。普遍的価値観は、三権分立を導く西側の価値観だからだ。

このたび日米有識者会議が使ったのは「共通の価値観」だが、それは「日米間で共通の価値観」であって、「偽物だ」と中国では断罪している。

中国の情報によれば、価値観とは「歴史観」や「戦争観」など人類の基本的価値観の一つで、「歴史を直視せず、軍国主義に戻ろうとしている日本」が、アメリカと「共通の価値観」を持つこと自体、アメリカも偽物になるという論法のようだ。日本を「アメリカの番犬」とするメディアもある。

5月11日、北京共同は、

中国人民解放軍系のシンクタンク「中国国際戦略学会」の軍幹部が今月5日、自民党の高村正彦副総裁ら超党派訪中団との会談で「米中の新たな形の大国関係の中で、米国の後だけについていくのなら日本に未来はない」と述べていたことが10日、日中関係筋の話で明らかになった。発言について関係者は、安倍晋三首相とオバマ米大統領の首脳会談で強化された日米同盟に反発し、日本に米中いずれかの二者択一を迫る思惑だと語った。

と報じている。

日本に米中いずれかの二者択一を迫るなどということは、あまりに非現実的な発想だ。

日本と日米関係の現実から、あまりに乖離(かいり)している。

◆世界の3分の2を覆う「一帯一路」構想

しかし、福田元総理が「中国が国際社会と調和し、日米と同じ方向に進むなら」などと、このタイミングで表明したのもまた、あまりに中国の現実から乖離していると言わざるを得ない。

オバマ大統領は、安倍総理訪米の前に「このままでは中国による世界秩序が出来上がってしまう」と(いう趣旨のことを)言っている。だからAIIBでなく、TPPによる世界秩序を一刻も早く形成しなければならないということだろう。

中国ではこの発言にも強い拒否反応を示し、陸と海の新シルクロード経済ベルトと海路の構想である一帯一路構想が、いかに壮大なものであるかを、繰り返し報道している。

それによれば、一帯一路構想に賛同する60か国ほどの国と地域の総人口は44億人で、全人類の63%を含んでいるとのこと。この沿線国にAIIBを適用していくとのこと。

もしイギリスがEUから脱退するのなら、「どうぞ、こちらにいらっしゃい」というのが中国の本心。中英関係を強化して、また「ドミノ現象でも起こしてもらいましょうか」と思っているにちがいない。

アメリカに遠慮して5月9日のモスクワにおける反ファシズム戦勝70周年記念式典に参加しなかったドイツのメルケル首相は、式典が終わった5月10日に訪ロして、プーチン大統領と会うという曲芸を演じてみせた。

こんなバランスの中で動いている中露とヨーロッパ。

「価値観」を口に出さずに、いま新しい秩序が形成されつつある。

「中国が国際社会と調和し、日米と同じ方向に進むなら」という福田元総理の言葉は、いったい誰に向けて、いかなる目的で言っているのだろうか?

無意味なだけでなく、ただ不愉快なリアクションを招くだけで、中国と、中国を取り巻く現実を的確には見ていないように思われる。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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