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「ロリコンと言われて……」もうひとつの保育士不足問題

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:It's Holly

待機児童問題に関心が集まっているが、語られていない「もうひとつ問題」がある。

“男性保育士”問題だ。

  • 「おむつ交換の場にいて欲しくない」
  • 「プールは一緒に入ってほしくない」
  • 「女性保育士とイチャイチャして『子どもの教育に悪い』」
  • 「○○さん(児童の母親)の相談にのってた。『あやしい仲では?』」

これらはすべて、保護者からのクレーム。実にデリケートな問題ではあるが、中には「男性」というだけで、“ロリコン”よばわりされ、耐え切れず辞職した方も……。

いわゆる「男性問題」。男性への“イメージ”から生じる差別が、保育の現場で起きているのである。

偏見の「まなざし」は、社会が作り出した無意識の圧力だ。

繰り返しになるが。デリケートな問題なので、保護者の方の気持ちがわからないわけではない。

だが、無意識の圧力にさらされる息苦しさは、偏見のまなざしを感じている人にしかわからない。まなざしを注いでいる人たちには、そこに地獄が存在することすらわからない。だから余計にややこしいのである。

もちろん男性保育士に期待する保護者もいるし、体育の指導や、運動・遊びの技能を子どもに習得させて欲しいというニーズもある。ただ、これまた微妙な問題で、男性=身体能力が高い、男性=運動好き、男性=外で遊ぶのが得意 「男性だから出来て当たり前」というまなざしも、男性保育士のプレッシャーになるケースも多い。

なぜ、女性の場合には「お茶を入れる」のを求めるだけでセクハラになるのに、男性の場合は「男らしさ」を求める声が、「期待」になってしまうのか。

女性であれば「そりゃ。問題だ!」と周りも騒ぐが、男性の場合は「まぁ、上手くやれよ」と諭されるのがオチ。女性が男性社会に飛び込む以上に、女性社会に男性が溶け込むのは難しいのである。

最近はドラマの影響などもあり男性保育士は急増したものの、実際の就業率は女性の半数程度(男性24.0%、女性の42.0%、保育士事務登録センターと国勢調査のデータからhoikusi.bizが算出)。

海外では男性保育士採用の際に、性犯罪歴等に関する公的な書類の提出を義務付けるケースもあるとされている。目的は「子どもの安全の確保」。性悪説に基づく制度ではあるが、もし、そういった書類が「偏見のまなざし」の抑止につながるのであれば、日本でも議論する価値はおおいにある。

が、そんな議論もおろか、「男性問題」が俎上に上ることすら極めて滅多にないのが現状なのだ。

問題はそれだけではない。

男性保育士は女性以上に離職率が多く、賃金の低さがその理由に上げられるのは広く知られているが(「家族を養えない」と辞めるのて“寿退社”と呼ばれている)、「キャリアの展望が見ない」ことも大きな理由だ。

働いていれば誰だって自分の能力を高めたいし、誰だって成長したい。

・もっと自分の能力が発揮できる仕事がしたい

・もっと他人から認められる仕事がしたい

・もっと稼げる仕事がしたい

と、年を重ねれば重ねるほど、成長欲求は高まっていく。

キャリアパスが見えなければ、「こんなことをしていて、将来はあるのだろうか」と暗闇の中に追い込まれる。

今就いている仕事が持続可能で、その仕事とともに自己も成長できる状況に置かれて初めて、自立心と自尊心が高まり、自分の足でしっかり歩こうという気持ちが喚起される。

日常に「働く」という行為があると忘れてしまいがちだが、「働く」という行為は、人間の生きる力を根底から支えていると言っても過言ではない。

「仕事=労働」がもつ、「潜在的影響(latent consequences)」(=1日の時間配分、自尊心、他人を敬う気持ち、身体及び精神的活動、技術の使用、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、社会的地位など)が、心を元気にし、人に生きる力を与えるのだ。

それは、「生きていていいんだよ」というメッセージでもある。

そもそも「保育士」は、子どもの将来に影響を与える、極めて重要な仕事だ。

体操、音楽、美術、英語、幼児教育、発達心理学、児童心理学などの知識やスキルは、保育の現場で大いに役立つ。

保育士のキャリアパスに、そういった専門性を身につけられる機会、それに応じた昇給制度などを、もっともっと議論し、実行に移すことも大切なんじゃないのか。

と同時に、これらの専門性も持った人たちが、「保育士」として活躍できる仕組みも作ればいい。そうすれば男性保育士だけじゃなく、女性保育士にもプラスだし、他の分野から保育士にキャリアチェンジすることだってできる。

実際、保育士の100%配置が求められていない認可外保育施設のなかには、保育士以外の職員を交えた職員配置によって、利用者の高い評価を得ている事例も認められている。

……こうやって改めて「保育士の仕事」を男性問題として紐解いていくと、問題山積で。賃金の問題だけではないことがわかる。

保育園、学校、介護施設などのヒューマンサービスの現場では、関わる“人(子ども、高齢者)”の家族との関係性が、ときにストレスになり、ときに大きな支えとなる。家族との信頼関係があるからこそ、難しい問題を乗り越えることだってできる。できることなら保護者は最強の「保育士の応援団」でいてほしい。

そもそも育児問題は「女性だけの問題じゃない」と誰もが口を揃えるのだから、保育士だって、性別に関係なく、ひとりの「保育士」として温かく受け入れるべき。保育士不足を解消の手立てにもなるのではないだろうか。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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