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英国でささやかれる連立政権の可能性 なぜ各政党は表向きには否定するのか これまでの例からわかること

小林恭子ジャーナリスト
6月30日、官邸で記者の質問に答えるスナク英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 (「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラムに補足しました。)

 5月末、広島で開催されたG7先進国首脳会議に出席したリシ・スナク首相は、お好み焼き作りに参加したり、岸田首相に広島カープのロゴが入った赤い靴下を見せたりなどのパフォーマンスで、日本では人気沸騰となった。

 英国ではどうかというと、真面目で実務的な首相として評価されているものの、党首となる与党保守党の支持率は最大野党労働党に大きく水をあけられている。

世論調査は

 調査会社「ユーガブ」によると、総選挙でどの党に投票するかと聞かれたとき、労働党と答えた人は43パーセントだったが、保守党は25パーセント(5月17~18日調査)。ここのところの調査で、約20パーセントの差が数カ月続いている。

 5月4日にはロンドンを除くイングランドの230の地方自治体で地元議会の選挙があったが、保守党は1063議席を失って総議席数が2296となり、逆に労働党は537議席増の2675議席。労働党は地方議会の最大政党となった。自由民主党も407議席増の1628議席となり、好調の結果を出した。

 次の総選挙は2025年1月24日以前に実施することになっている、もし地方選挙のパターンが繰り返された場合、プリマス大学の教授らは労働党が650議席中298議席を獲得して勝利すると予測している。

連立政権はあるか?

 しかし、この議席数では過半数となる326議席には足りない。少数単独政権になると議会で法案を通しにくくなるので、浮上したのが、ほかの政党と共に発足する「連立(coalition)政権」の可能性だ。

 労働党が自民党とあるいは保守党が自民党と連立政権を構成するという案が報道されたが、今のところ、各党はその可能性を否定している。選挙前に連立を組む意思を明らかにすると、自党の得票が減少すると考えて、否定したといわれている。

 英国は長年、二つの主要政党のいずれかが政権を担当する体制を取ってきた。総選挙で最大議席数を獲得した政党が政権を発足させる。

 過半数の議席を維持できずに連立を組まなければならなかったことも何度かある。

 最近の例は2010~16年の保守党と自民党による連立政権だった。2010年の総選挙では、デービッド・キャメロン氏が率いる保守党が307議席、首相だったゴードン・ブラウン氏の労働党が258議席、ニック・クレッグ氏の自民党が52議席で、どの党も過半数に達しない、「宙ぶらりんの議会」(ハング・パーラメント)となった。

 このときは保守党と自民党による連立政権が発足したが、政党側も国民も連立政権に慣れておらず、政権発足前、両党は覚書を作成して政策の調整を図った。

 保守・自民の連立政権でジュニア・パートナー的存在となった自民党は、選挙前の公約で大学の学費値上げに反対していたが、キャメロン政権は値上げを決定。

 核兵器システム「トライデント」の縮小更新や選挙制度改革も実現できず、2015年の総選挙では大敗してしまった。クレッグ氏は党首を辞任し、17年の総選挙では落選の憂き目にあった。現在の自民党はエド・デイビー党首のもと、次第に支持者を増やしつつあるが、失った信頼感を回復させるまでには数年を費やした。

 一方、キャメロン首相の後を継いだのが、2016年7月から19年7月まで在任したテリーザ・メイ首相だった。

 2017年の総選挙で過半数を失い、少数単独政権を発足させるが、英国の欧州連合(EU)からの離脱関連法案を通すため、北アイルランドに拠点を置く、プロテスタント系政党・民主統一党(DUP)から閣外協力を得る調整をした。EUからの離脱という大きな変化を実現するためのカギを、当時は下院に10議席しか持っていない政党に委ねることになった。

 それでもEU側との交渉を続けるとともに離脱関連の法案を通すのは困難で、とうとうメイ首相は辞任せざるを得なくなった。連立政権が悲劇に終わる例が続いている。

キーワード

Coalition(連立)

 複数の政党が共に政権を担当する形を指す。総選挙後、一つの政党が下院で過半数議席を獲得しなかった場合、①選挙前の首相が少数単独内閣を作る、②ほかの政党と交渉の上で連立内閣を構成する、③辞任して最大議席を持つ野党に政権運営を任せるという選択肢がある。1974年2月の総選挙ではどの政党も過半数を取れず、与党保守党と自由党の連立交渉が失敗した後、労働党が政権を担った。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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