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中国越境ECに夢を見るな 〜解像度が高い現地事情理解と冷静な手段の検討が必要だ

滝沢頼子インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント
(写真:ロイター/アフロ)

筆者は以前中国の越境EC・国内ECを運営する会社で働いていたことがある。

そのためか「越境ECで中国市場で成功するためにはどうしたら良いか」という相談がよく寄せられる。

「越境EC」とはその言葉通り、「国境を越えて通信販売を行うオンラインショップ」のことである。この言葉が知られるようになってから数年は経っただろうか。相変わらず中国の越境市場は伸び続けており、また日本製品もよく売れている。経済産業省「令和元年度 電子商取引に関する市場調査」によると、2019年の中国のBtoCの越境ECにおける日本からの購入額は、1兆6,558億円と推計されている。

「中国での消費は伸びているようだから、越境ECで中国で成功したい」と考えるのは自然なことだろう。ただ、メディアで「越境EC」がもてはやされる中で、その難しさや留意すべき点はなかなか表に出てこないように感じる。

本記事では、中国の越境EC内外でのデジタルマーケティング手法を簡単に紹介しつつ、「越境ECで中国市場で成功したい」という場合に注意すべきことを書いていく。

EC内:出品しても売れない!?検索結果にすら上がらない!?

晴れて商品を出品したとしても、それだけで売れ始めるわけではない。(出品までにもプラットフォーム選びや審査等様々なプロセスがあるがそこは割愛する)

まず、消費者に商品を見つけてもらうまでには多くのハードルがある。

サイト内には何万という商品があるのだ。出品しただけでは消費者の目には留まらない。大きな広告枠を得るためにはそれなりにお金を払わないといけないし、プラットフォーム側も無名な商品を大きく取り上げてくれるわけではない。

「洗顔料」で検索すると最上部は広告、その下にはよく売れているものが表示されている。赤く囲ってある数字が累計販売量。検索結果は販売量順の表示ではないが売れているものが上部にくる傾向(淘宝アプリより筆者撮影・加工)
「洗顔料」で検索すると最上部は広告、その下にはよく売れているものが表示されている。赤く囲ってある数字が累計販売量。検索結果は販売量順の表示ではないが売れているものが上部にくる傾向(淘宝アプリより筆者撮影・加工)

それに、なにか検索した時に上の方に表示されるのは、多くは累計売上が多い商品や、最近人気がある商品だ。そんな中に新規出品をしたところで、指名検索されるかよっぽど特異な強み(かつそれが検索され得るモノ)でない限りは、目に触れることすらない。

日本でいう、Amazonや楽天のようなプラットフォームのもっと競争が激しい場所と考えていただくとわかりやすいだろう。

そのため、費用を投下し、サイト内リスティング広告やバナー広告の出稿と日々の調整作業が必要となる。(参考:人気コスメブランド完美日記も利用するECサイト内キーワード広告、「淘宝/天猫直通車」とは?

まず売上実績を作るためにプレゼントキャンペーンを行う、値引きを行うなど、何らかの工夫も必要だろう。

EC内:ライバルは越境EC事業者だけじゃない。国内EC商品との争いも。

また「越境EC」というが、越境EC商品と国内EC商品が一緒に扱われているプラットフォームも多い。

例えば、「越境EC」というと中国最大のECサイト、アリババグループ傘下にあるBtoCの天猫国際(Tmall Grobal)が有名だ。

しかし、これも「天猫国際(Tmall Grobal)」という独立したサイトがあるわけではない

実際は、下記3タイプの商品は、見かけ上同じプラットフォームに存在している。※全て同じアリババグループ

・CtoC販売プラットフォームの淘宝(Taobao)の商品

・BtoCの国内ECの天猫(Tmall)の商品

・BtoCの越境ECの天猫国際(Tmall Grobal)の商品

例えば淘宝(Taobao)アプリで「マスカラ(中国語で睫毛膏)」と検索するとしよう。そうすると上記3種類のECの商品は検索結果に並んで表示される。(絞り込みは可能)

検索結果にはBtoCの国内EC・越境ECの商品と、CtoCの個人店舗の商品が同列に表示される。矢印で示されている部分のタグで判別は可能。(淘宝アプリより筆者撮影・加工)
検索結果にはBtoCの国内EC・越境ECの商品と、CtoCの個人店舗の商品が同列に表示される。矢印で示されている部分のタグで判別は可能。(淘宝アプリより筆者撮影・加工)

上記3種のECは分けて語られることも多いが、多くの消費者が淘宝(Taobao)アプリのみをインストールしており、そのアプリから検索すると全ての結果が表示される、という具合なのだ。

越境EC商品には「天猫国際」というラベルが付けられているので、これが越境EC商品であることはわかる。

ただ消費者が「越境EC商品」を狙って探しているとも限らないし、一緒に表示されている以上、越境EC商品だけではなく安価な国内ECもライバルになり得るということだ。

EC外:日本とは異なるデジタルマーケティング手法。競争はし烈。

上記の通り、サイト内での戦いもし烈だが、サイト内で選ばれるには、当然まずはサイト外で認知を取ることが重要である。

サイト外でのマーケティング手法は、特に日本とは異なる部分が大きいため注意が必要だ。日本の常識でマーケティングを行っても成果が上がりにくいことが多いだろう。

例えばメーカーやブランドの「公式サイト」。

日本企業は「公式サイト」を立派にしたいと考える傾向にある。しかし現代の中国においては、公式サイトの重要性はあまり高くない。

微信(WeChat)の公式アカウントが、日本でいうところの公式サイトの位置付けになっていることが一般的だ。

中国のコスメ企業「自然堂」の微信(WeChat)公式アカウント。週一程度で新着情報の通知が来る。最下部のメニューからキャンペーン等のお知らせを見たりお問い合わせもできる(筆者撮影)
中国のコスメ企業「自然堂」の微信(WeChat)公式アカウント。週一程度で新着情報の通知が来る。最下部のメニューからキャンペーン等のお知らせを見たりお問い合わせもできる(筆者撮影)

消費者は、特定のメーカー・ブランドやその商品について何かを知りたいと思った際、検索エンジンではなく微信(WeChat)で検索することも多いため、微信(WeChat)の公式アカウントは受け皿として必須である。

公式アカウントでは、ECでのセールのお知らせや新商品のお知らせなどの各種情報発信が行われている。

また最近は消費者を直接微信(WeChat)のグループチャットに入れ、そこで情報発信をしてしまうという日本では考えづらいような手法でマーケティングを行う企業もある。(参考:マーケター必見!誕生2年で中国大人気コスメとなった「完美日記」のWechatコミュニティ施策

この辺りも日本の常識ではなかなか思いつかないところだろう。

加えて、KOL(インフルエンサー)の活用や、彼ら彼女らによるTikTokやECプラットフォーム上でのライブコマースも人気の手法だ。ライブコマースは、2019年は前年比3倍以上の爆発的成長を遂げ、市場規模は4000億元(約6兆1000億円)を突破している。

左側がライブコマースで爆発的な人気を持つviya(淘宝アプリでのライブより筆者撮影)
左側がライブコマースで爆発的な人気を持つviya(淘宝アプリでのライブより筆者撮影)

今や必須の施策となりつつある一方で、プラットフォーム側による生中継の視聴者数や商品の販売数の表示の水増しなどの問題や、高騰するKOL(インフルエンサー)出演費、彼ら彼女らからの販売価格値下げ交渉により企業側がほぼ儲からないという事態も多発しており、扱いが難しい手法だと言える。(参考:中国「ライブコマース」過熱の裏で問題急増の訳

ちなみに、日本だと実施されることも多い、検索エンジンでのリスティング広告は近年では効果は高くない。

中国の代表的な検索エンジン「百度(Baidu)」の検索結果は信頼性が低いと消費者に認識されており、特に若者たちは先述の通り微信(WeChat)や微博(Weibo)、美容系であれば小紅書(RED)などのSNS内で検索することが多い。(検索エンジンに頼らない検索行動は日本の若者と似ていると言えるだろう)

これらのユーザ行動も踏まえた広告出稿やアカウント作成・運用が必要だ。

ある程度先行投資への覚悟が必要

上記に紹介したようなデジタルマーケティング施策は年々進化し、し烈を極めている。年々ネットでの広告費用は上がっているという。

また現地企業はリアル店舗でも棚を押さえることで認知をとっていく。越境ECで出品する場合は、リアル店舗に並べることができないのは痛い。

EC化が進む中国ではあるものの、2019年上半期の消費財小売総額のEC化率は24.7%(iiMedia Research調べ)。逆にいうと75%程度は店舗で購入されているということだ。

商材によって差はあるものの、店舗の棚を抑えて認知をとることの重要性はなくなっていない。

最近「映えるコスメ店舗」が流行している。そのさきがけとも言える「THE COLORIST」(Weibo公式アカウントより)
最近「映えるコスメ店舗」が流行している。そのさきがけとも言える「THE COLORIST」(Weibo公式アカウントより)

このように、デジタルでもリアル店舗でも工夫を重ねるライバルがひしめく中、オンラインの広告やSNS運用で目に留まるのも一朝一夕では難しい。

日本企業がほぼ中国で認知度がない状態からマーケティング施策を実施し、売上に繋げるまでにはかなりの先行投資が必要であることは覚悟しなくてはならない。

元アットコスメ中国代表の吉田直史氏も、今から中国のネット空間に進出しても、いわゆる「後発組」であることなどを背景に、「厳しい言い方をすれば、そんなに甘くないです」と語る。(引用元:99%の外国人旅行者が消失した日本。打撃を受けた企業に「越境EC」は救世主になり得るか

もちろん、越境ECのみでスタートし成功する日本企業も確かに存在する。ただ、そのように成功している企業は、すでに日本で成功しているなどの理由で、中国進出前からある程度の認知があるところがほとんどなのだ。

重要な前提:思いこみでのマーケティングは避けたい。深いユーザ理解は必須。

マーケティング手法・媒体を把握し、費用を投下すれば良い、というだけではない。その前提には深いユーザ理解が必要だ。

中国のユーザと日本のユーザでは、商品に良さを感じるポイント、他社と比較するポイント、リテラシ、あらゆる面で異なる。日本での訴求方法(マーケティングコンセプトや打ち出されている強みなど)が中国で通用するとは限らない。

例えば、筆者はある日本メーカーの歯ブラシを広告する案件で、中国の消費者に対してインタビューを行ったことがある。

当初は日本で売る際に訴求している「歯周病の予防になる」という点を打ち出そうとしたが、いざインタビューをしてみると、ターゲットとする消費者たちは「歯周病」というものについての知識をほぼ持ち合わせていなかった。

「名前は知っているが自分には関係ない」「お年寄りの病気なのでは」などの意見が多く見られ、また「歯茎の出血」という歯周病に近しい症状に対しても「それは体調が悪いということだからお湯を飲むべき」など、日本では見られない中国らしい(中国は体調が悪いとお湯を飲めという傾向がある)反応も見られた。

このようなターゲットユーザに対して「歯周病」一点推しで広告をしても、あまり刺さらないだろう。これは一例ではあるが、現地のユーザを理解することなしに、日本と同じように商品の強みを打ち出し売ろうとしていると痛い目に合う可能性が高いだろう。

※これは数年前の話、かつターゲットを絞って行った調査であるため全ての中国消費者の傾向ではない点、また読みやすさの観点から厳密さはない記載になっている点ご了承ください

このようなことに気をつけるべきということは、言われてみれば至極当然なのであるがどうも見落としやすい。

思うに、日本においてモノを売る場合は、ターゲットたる日本在住消費者の行動をある程度は予想しやすい。何を見てどう選ぶのか、何が競合になるのか、などということは日本で暮らす一消費者たる自分の行動や考え方からも類推し得るからだ。

だからこそ、その思い込みでモノを売ろうとしないよう注意が必要だ。

最後に:手段は越境ECだけではない。解像度が高いユーザ理解と手段の冷静な検討を

現実的に、越境ECでモノを売る際、多くの場合は日本もしくは現地の代理店に多くを委託することとなる。手続きや運営の実作業は煩雑なため、代理店に頼ること自体は悪いことではない。

ただ、現地のマーケットの肌感覚が全くないまま、代理店に丸投げにしてあとは待っているだけ、という姿勢は問題だ。

確かに中国に可能性は広がっているが、「誰かに売れるだろう」「とりあえず越境ECだろう」という解像度が低い状態で進出しても、成功は難しい。越境ECは魔法の杖ではないし、中国はなんでも売れる夢の国ではないのだから。

また、なぜだか「越境EC」こそが中国でモノを売るための唯一解かのように見られる向きもあるが、当局の認可を得て中国の国内ECで売る方法もある。ここでは詳述はしないが、認可を得ることができれば、実店舗で売ることもできるため、認知獲得効率も上がる。

いずれにせよ、まずは現地のマーケティング手法およびユーザを理解するということ、そして自社の財政状況や目指すところを鑑みて、現実的な手段を選択すること。結局はそんな当たり前のことを当たり前にやることが、中国に限らず、どこでモノを売るにしても大切になるのだ。

インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント

株式会社hoppin 代表取締役 CEO。東京大学卒業後、株式会社ビービットにてUXコンサルタント。上海オフィスの立ち上げも経験。その後、上海のデジタルマーケティングの会社、東京にてスタートアップを経て、中国/インドのビジネス視察ツアー、中国/インド市場リサーチや講演/勉強会、UXコンサルティングなどを実施する株式会社hoppinを創業。2022年からはインドのバンガロール在住。

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