Yahoo!ニュース

新チャイナ・セブンはマジック――絶妙な距離感

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
10月25日に顔を現した新チャイナ・セブン(写真:ロイター/アフロ)

 新チャイナ・セブンに関して「習近平の腹心で固めている」といった驚くべき解釈が流布している。全くの見当違いで、むしろその逆だ。では習近平は何をしたのか?そのマジックの種明かしを試みたい。

◆新チャイナ・セブンと習近平との距離

 10月25日、一中全会(中共中央委員会第一次全体会議)閉幕後に、新チャイナ・セブンが党内序列順に習近平・中共中央総書記(64歳)と李克強・国務院総理(62)のあとに続いて姿を現した。内外記者へのサービス行事で、お馴染みの場面だ。

 一中全会では習近平は満場一致で再び総書記に選出され、李克強もチャイナ・セブンの党内序列ナンバー2に選出された。

 では新しく入れ替わった5人は、実際にはどのような人物なのか。習近平との距離感に焦点を絞って、党内序列順に人物像を軽くおさらいしてみよう。

●党内序列ナンバー3:栗戦書(りつ・せんしょ)(67歳)

 1950年8月、河北省生まれ。1976年から河北省石家庄の中国共産党委員会で資料整理などの仕事を始め、1986年には河北省の共青団(中国共産主義青年団)委員会の書記などを経ながら、1998年まで河北省の中国共産党委員会で仕事をしていた。

 一方、習近平は1979年に清華大学を卒業した後、中央軍事委員会弁公庁の秘書などを務めた後、1982年から85年まで河北省正定県の中国共産党委員会副書記や書記などを務めた(習近平の人生の歩みに関する詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』第一章~第三章)。この間に県の近くで党の仕事をしていた栗戦書と知りあうことになる。

 新チャイナ・セブンの中で、習近平の古くからの友人は栗戦書一人だ。しかも67歳。もし「七上八下」(70歳定年)が守られるなら一期しか務まらない。

●党内序列ナンバー4:汪洋(おう・よう)(62歳)

 1955年3月、安徽省生まれ。胡錦濤(前総書記、前国家主席)や李克強と同じく、生粋(きっすい)の共青団派。伯父の汪道涵(おう・どうかん)(1915~2005年)は1991年に大陸と台湾の間の「海峡両岸関係協会」の会長を務めるなど、両岸問題に務めた人物だが、上海交通大学の卒業生であることから、1949年に彼の妻が経営する企業で働いていた江沢民に手を差し伸べ、江沢民を世に出してあげた。このことにおいて、汪道涵は中国という国家に非常に大きな影響を与えたことになる(この経緯の詳細は拙著『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』p.129~136)。

 汪洋は習近平の腹心でも何でもない。むしろ2012年11月の第18回党大会のときにチャイナ・セブンに入るべき人材だったが、北戴河の会議のあとに習近平が汪洋を切り捨てて劉雲山を入れた。やむなく4人の国務院副総理の一人(経済担当)に回したくらいで、習近平の腹心とはほど遠い。

●党内序列ナンバー5:王滬寧(おう・こねい)(62歳)

 1955年10月、上海生まれ。復旦大学修士課程で国際政治を学び、終了後教授になり研究に没頭していたが、江沢民の大番頭、曽慶紅に見いだされ、江沢民のブレインに。政界入りへの野心が皆無で、ともかく頭を使うことと理論形成が大好きなため胡錦濤政権のブレインにもなっていた。

 胡錦濤政権でチャイナ・ナインの一人として国家副主席になっていた習近平と話を交わしていたときに、王滬寧は習近平に対して「あなたは何もわかってない!適当なことをしゃべらないようにしてほしい!」と激しい言葉をぶつけた。烈火のごとく怒った習近平は「やめた!」と言って、チャイナ・ナインでいること、および国家副主席でいることを放り出そうとしたくらいだ。このことからも分かるように王滬寧は「オベンチャラ」が嫌いで出世欲がない。

 その王滬寧が習近平の腹心などということはあり得ない。

 ただ、中国共産党の論理と政策を練ることに長けているので、結局はすべての「紅い皇帝」に忠実だという結果にはなっている。今では外遊の時に王滬寧に隣で咄嗟のアドバイスを耳打ちしてもらわないと不安なほど習近平は王滬寧を頼り切っている。

 その情報を把握しているトランプ大統領は、今年4月のアメリカにおける首脳会談で、王滬寧がいない隙を狙ってシリアにミサイルを撃ちこんだ話を唐突に習近平に告げ、世界の流れを変えてしまった(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』p.75のコラム「中国最強の知恵袋・王滬寧」。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』ではp.207~209)。

●党内序列ナンバー6:趙楽際(ちょう・らくさい)(60歳)

 1957年3月、青海省生まれ。1980年に北京大学卒業後、青海省に戻り商業庁などを中心に同庁の共青団書記などを務め、2003年8月には青海省中国共産党委員会書記にまで上り詰める。清廉潔白。コネを使ったことがない。

 胡錦濤が国家主席になったあと、共青団の中で若い人材を探していたとき、趙楽際を発掘。中央に起用したいと思ったが、なんと趙楽際の青海訛りがあまりに強すぎて言葉が聞き取れない。これでは中央で仕事をする際、支障をきたすだろうと懸念し、まずは訛りが近い陝西省の書記に任命し、その間に標準語に改めるよう要求した。胡錦濤から趙楽際の推薦を受けた習近平は、むしろ父親の陝西省訛りに近い趙楽際の訛りが気に入り、2012年の第18回党大会で中共中央政治局委員に抜擢した。趙楽際を発掘したのは胡錦濤で、趙楽際は誰にも媚びない中立である。このたび中共中央紀律検査委員会の書記に抜擢されたのは適材適所。しかし趙楽際を「習近平の腹心」と位置付けるのは適切ではない。趙楽際の訛りエピソードなどに関しては『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』p.203~205で触れた。

●党内序列ナンバー7:韓正(かん・せい)(63歳)

 1954年4月、浙江省生まれ。華東師範大学(上海市)を卒業してからずっと上海を出たことがなく、このたびの一中全会まで上海市にいて上海市書記を務めていた。江沢民の腹心。韓正が新チャイナ・セブン入りしたのは、習近平が党規約に「習近平思想」を明記することに対する江沢民と習近平の間のバーター取引であったとみなすのが妥当。

◆絶妙なバランス

 このように、新チャイナ・セブンは、栗戦書を除いて、ただの一人も「習近平の腹心」と解釈できる者はいない。上述した派閥傾向の結果を習近平や李克強も含めて列挙するなら以下のようになる。

 習近平

 李克強:胡錦濤の流れをくむ生粋の共青団系列

 栗戦書:習近平腹心(かつては共青団

 汪洋:胡錦濤の流れをくむ生粋の共青団系列

 王滬寧:完全中立(江沢民が発掘)。三代の紅い皇帝に仕えた中国最高のブレイン。

 趙楽際:中立(共青団系列。胡錦濤が発掘)

 韓正:江沢民の腹心(江沢民と習近平のバーター人事)

 みごとではないか。

 実に多彩な、あらゆる派閥の流れの要素を均等に配慮している布陣だ。

 おまけに、次期最高指導者になりそうな人物が含まれていない。それでいながら、中国最高のブレイン・王滬寧をそばに置いている。

 最も肝心なのは、共青団系列を数多く配置したことである。

 これがマジックなのだ。

 日本のメディアは「習近平のイエスマンを揃え」「習近平の腹心で固めた」「習近平一強を可能にした」などと、まるで呪文のように口を揃えた報道をしている傾向にあるが、なぜ筆者が「驚くべき解釈」と冒頭に書いたかが、お分かり頂けたものと思う。

◆マジックの種明かし

 こうして、誰からも文句が付けられないほどの、あらゆるバランスを考慮し、しかもどちらかというと胡錦濤の流れをくむ共青団系列に重きを置きながら、キーパーソンである胡春華(54歳)を排除した。胡春華こそは共青団のホープで、ポスト習近平と早くから定められていた人物だ。

 彼なら次期指導者として国家を運営する力量を持っている。しかも年齢的に次期最高指導者になる人物は彼以外にいない。

 胡錦濤政権時代から、「胡錦濤を大胡(ダー・フー)」、「胡春華を小胡(シャオ・フー)」という愛称で呼び、すでにこの基本路線は決まっていた。その胡春華を外す代わりに、「共青団系列」を「見かけだけ」ちりばめたのである。

 これがマジックの種だ。

 中国共産党員は、小さい時は共産党員の少年少女版「少年先鋒隊」に入隊し、青年時代になると「共産主義青年団(共青団)」に入ってから中国共産党員になっていく。毛沢東による政治の嵐が終わり改革開放により正常化した後は、誰もがこのコースをたどっていくので、これからは「共青団派」という言葉さえなくなっていくほど、全ての党員が共青団員を経験するはずだ。

 筆者が『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』で共青団派(団派)に注目して江沢民との対立構造を浮き彫りにしたのは、江沢民は共青団など経験したことがなく、日本の敗戦を受けて、あわてて共産党員に潜り込んだような人生を送ってきたからである。だから彼は共青団を経験して培われてきた生粋の党員を警戒し、むしろ怯えた。江沢民の父親は日中戦争時代の日本の傀儡政権である汪兆銘政権の役人だった。江沢民はその出自を隠蔽するために激しい反日運動を主導していくのだが、共青団との対立構造は、すでに過去のものなのである。チャイナ・セブン第一期目に、すでに喪失している。

◆習近平と胡錦濤との距離

 10月18日の開幕式における3時間24分にわたる大演説を終えて席に戻った習近平は、自分の右隣に座っている胡錦濤の手を何度も握り笑顔を送った。そのときCCTVは習近平の「謝謝!(ありがとう!)」という言葉を拾っている。習近平は胡錦濤に「私を助けてくれて、ありがとう!」とまで言っている。

 何を助けたのか。

 もちろん、腐敗撲滅運動がしやすいように習近平に全ての権力を委譲し、かつ第一期チャイナ・セブンのメンバーも習近平が動きやすいように、胡錦濤は全て譲った。

 胡錦濤は、習近平の座を狙っていた薄熙来を逮捕し、背後でクーデターを起こそうとしていた周永康逮捕の下準備も完遂した上で習近平に政権を渡した。

 そして今回は、「胡錦濤子飼いの、すでに次期指導者に決まっていた胡春華を諦めてくれてありがとう!」と言いたかったのだろう。どんなに感謝してもしきれない気持ちだったにちがいない。

◆習近平は何を狙っているのか?

 もちろん、一党支配体制の崩壊を防ぐことが最大の目的だ。紅い王朝を崩壊に導く「腐敗」が底なしであるだけでなく、言論統制を強化していることに対する人民の不満はくすぶっている。そのために三期続投をするための布陣である。こうしてアメリカを越えて中国を世界ナンバー1に持っていくのは、自分にしかできないと確信しているのだろう。それもトランプ政権あってのこと。『習近平vs.トランプ』こそが要である。このチャンスを逃すわけにはいかないと考えているにちがいない。

 (書き始めるとキーボードを打つのが止まらない。4000字を越えてしまったので、この続きは又にしよう。長くなり過ぎて申し訳ない。お詫びする。)

  

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事