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王毅外相「精日(精神的日本人)」に激怒――全人代第二報

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
全人代の記者会見における王毅外相(2018年3月8日)(写真:ロイター/アフロ)

 3月8日、王毅外相は全人代における外交関係の記者会見を行なった。記者から出た「精日をどう思うか」という質問に声を荒げて「中国人の堕落者だ!」と激怒。精日とは何か、中国ではいったい何が起きているのか?

◆王毅外相激怒

 3月8日、中国時間の午前10時から12時頃まで、王毅外相は全人代(全国人民代表大会)恒例の、外交問題に関する記者会見を行なった。

 内外記者からの22個ほどにわたる質問に答えて、席を離れようとした瞬間の出来事だった。南京に本社がある「現代快報」の記者が大声で質問した。

 「外相、外相!ここのところ“精日”分子が民族の最低ラインを越えた挑発を行なっていることを、あなたはどう見ていますか?」

 既に質問を終了させて立ち上がっていた王毅外相は、この質問に激しく怒りだし、

 「中国人の堕落者だ!」

と声を荒げて答えた。

 いつものように、右手の人差し指を突き出し、顔は怒りに醜く歪み、吐き捨てるように言うと、会場を後にした。

 動画にもあるのだが、うまくリンクできない場合は、この静止画面でご覧いただきたい。

◆精日(精神日本人)とは何か?

 「精日」とは「精神的日本人」のことで、日本を礼賛し、日中戦争(中国では「抗日戦争」)時代の日本軍の軍服などを着て楽しむ中国の一部の若者たちのことを指す。

 たとえば日本軍の軍服をまとった2名の男子が、愛国教育基地の一つである南京事件(中国では南京大虐殺)記念館の前で写真を撮り、警察に捕まって15日間拘留されたことがある。

 2017年8月7日には、1937年10月の「四行(しこう)倉庫の戦い」(第二次上海事変における最後の戦い)の跡地で日本軍の軍服を着て撮った写真をネットに流して大問題になったこともある。

 拘留では刑が軽すぎるとして、南京市弁護士協会と現代快報が主宰して、「精日」分子に対する刑罰を新たに設ける法律を制定すべきだとして、今般の全人代の代表にも呼びかけている。

◆なぜ「精日」が生まれたのか?

 なぜ、このような現象が起きたかに関しては、いくつかの理由が考えられる。

1.  拙著『中国動漫新人類――日本のアニメと漫画が中国を動かす』(2008年)で詳述したように、「80后(バーリンホウ)」(1980年以降に生まれた若者)たちは皆、日本のアニメと漫画を見て育ってきた。中でもコスプレが大好きで、侍姿などの歴史ものにも深い興味を持っている。その中から日本軍の姿も真似してみようという者が現れるようになった。

2.  というのは、抗日戦争のドラマが粗製乱造され過ぎて、中には非現実的な場面などがあり、視聴者に媚びて娯楽性を持たせるものが多い。また、日本軍が中国人女性を犯す場面などは、女性が苦しむ場面を異様なほどエロチックにクローズアップして、抗日ドラマとはほど遠い画面になっている。結果、抗日を一種の娯楽とみなして、コスプレの対象に入れるような若者が現れはじめた。

   なぜ抗日ドラマが多いかというと、ドラマや映画は全て国家による許可制だからだ。内容が抗日だとして申請すると、すぐに許可が下りる。制作者側としては興行的に儲けるために、勢い視聴者の興味をくすぐる「エロ、グロ、ナンセンス」に走り、過当競争を生き抜こうとするようになった。慌てた中国政府は抗日ドラマに対する制限を設けたが、時すでに遅し。DVDなどで出回ってしまった。

3.  学校教育において愛国主義教育を過剰に行ない、抗日戦争の跡地である愛国主義教育基地を参観することが義務付けられていることに対して、嫌気がさす若者が現れはじめた。

4.  本当に中国共産党が言うように、日中戦争時代に中国共産党軍は勇猛果敢に日本軍と戦ったのかを疑問視する者が現れ始めた。それは最初のうちは抗日ドラマと現実との非整合性から発せられた疑問だったが、やがて拙著『毛沢東  日本軍と共謀した男』の中国語版が出版され、Great Fire Wall(万里の防火壁)の「壁越え」をして情報を入手する者が現れるようになった。これは「精日」現象とは異なる、深刻な問題を習近平政権にもたらすようになっている。

◆英雄烈士保護法――今年の全人代で

 今年の全人代で「英雄烈士保護法」という法律が新たに制定されることになる。これは日中戦争時代に日本軍と「勇猛果敢に戦った」とされている中国共産党軍の「抗日神話」に対して、「それは事実に反する」といった批判をすることを絶対に許さないという法律だ。批判した者は犯罪者になり逮捕される。英雄烈士を愚弄し、中国共産党を侮辱した罪である。

 習近平氏の国家主席終身制を可能ならしめる憲法改正の目的は「中国共産党による一党支配体制の維持」にあるが、この「英雄烈士保護法」も、その一環とみなしていいだろう。

 反日戦略と習近平の国家主席終身制は同一線上にある。

 それでいていま中国が日本に対して、あたかも友好的であるかのような顔を見せているのは、1月29日付けのコラム「米中険悪化――トランプ政権の軍事戦略で」に書いたように、米中関係が悪化した時の担保として日本を必要とするからであって、決して友好的感情からではないことを、日本人および日本政府は肝に銘じておかねばなるまい。

 

 ことここに至ってもなお、日本の報道や研究者には、憲法改正による国家主席の任期撤廃を「権力闘争」の結果と分析しているものが散見される。それは中国を見る視点を誤らせ、日本の国民にいかなる利益ももたらさない。まさに視聴者や読者の興味をそそることに重点が置かれた姿勢ではないかと憂う。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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