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【ロングインタビュー】カロリーナ・コストナーさん、鍵山優真のコーチ就任後初来日、表現の真髄を語る

野口美恵スポーツライター
鍵山への指導、そして自身の芸術論について語った(筆者撮影)

 今季から鍵山優真のコーチに就任したイタリアのカロリーナ・コストナーさん(36)が、NHK杯を前に、就任後初めて来日した。中京大のリンクでの指導の様子を公開し、現役時代と変わらない美しく繊細なスケーティングを披露。鍵山への指導の内容、そしてコーチに就任した決意を語った。

16歳の鍵山を見て「なんの摩擦もなく滑っていく天性のスケーティング」

――正式なコーチ就任は今季からですが、鍵山選手に初めて会ったのはいつだったのでしょう?

「初めて出会ったのは、2019年の夏です。日本スケート連盟のジュニア強化合宿にコーチとして呼んでいただき、中京大のリンクで(当時16歳の)優真に会いました。初めて見たときから、彼は氷上をなんの摩擦もなく滑っていくようなスケーティングをしていて、天性のスピード感があるというのを直感しました。でも、まさかコーチになるなんてその時は思ってもみませんでしたね。本当に光栄なことです」

――コストナーさんは、地元イタリアを中心にセミナーなどの指導をされてきましたが、正式にトップアスリートのコーチという立場に就任するのは初めてですか?

「そうですね。私がフィギュアスケートを始めたころは、イタリアではまったく人気のない競技でした。特に女子シングルの有名な選手はいませんでしたし、身近に偉大なアスリートもいない環境で練習していたんです。だから私とコーチは、一緒に経験を積み、成長していかなければなりませんでした。そして世界レベルの試合に行くようになって初めて、素晴らしいアスリートと出会い、一流のコーチからも学ぶ機会を得られました。だからこそ、私が得たすべての知識と経験をイタリアの子供たちのために持ち帰ろうと思っていました。でも、優真のような素晴らしいスケーターに接するチャンスがあり、これはとても重要なことだと改めて感じたのです。私が得た経験を若い優秀なスケーターと分かち合えることが、今は本当に幸せです」

――コーチに就任して、最初に鍵山選手に伝えたことは何でしょう?

「まずは、彼が自分自身を信じ、自分の練習を信じ、責任感を持って積極的にトレーニングに向き合う青年になって欲しいということです。これは何より大事な最初のステップでした」

鍵山に新しいエクササイズを指導する(筆者撮影)
鍵山に新しいエクササイズを指導する(筆者撮影)

イタリアでは鍵山とオペラを鑑賞「優真の内面に変化」

――これまでは父の正和さんが指導してきましたが、コストナーさんがチームに加わることで、どんなことを期待されていると感じていますか。

「大切なのは、私が、コーチとしての自分の役割をしっかりと理解することです。優真は私に、スケーティングスキルや振付けをさらに磨くための手助けをして欲しいと思っていますよね。そのビジョンを、私自身もブレさせないこと。今は、振付師のビジョンを私が理解して優真が実現できるよう橋渡しすること、そして演技のボディコントロールへの意識を高めること、などに取り組んでいます。やることはたくさんありますね」

――昨季、鍵山選手は怪我を抱え、シーズンのほとんどの試合を休養しました。チームとして、今季に向けてどんなビジョンを掲げていますか?

「彼は1シーズンほとんど試合に出られないという経験をして、今季は本当に新鮮な気持ちで臨めていると思います。彼は春以降、何度も私たちとハードな合宿を繰り返して、今季の目標である芸術的な部分について、一生懸命取り組んできました。春のイタリアでの合宿では、2週間一緒に過ごして、パフォーマンススキルのためのさまざまなレッスンをしました。そしてオペラも観に行きましたよ。他の様々な身体芸術を見て、考え、そして研究することで、優真の芸術性は大きく成長したと思います。すでに優真の内面では変化が起きています。あとは、その新しい芸術性や成長した部分を、氷上で彼自身のものとして見せる喜びを感じて欲しいと思っています」

父の正和コーチと共に、チームとして指導をする(筆者撮影)
父の正和コーチと共に、チームとして指導をする(筆者撮影)

表現力とは、自分の内面から引き出される“一貫性”

――コストナーさんは高い表現力を評価されてきたスケーターですが、表現力とはどのようにしたら磨くことができるものなのでしょう?

「何かを表現するために必要なことは、一貫性です。ただ、一貫性というのは、今日教えたからといって身につくとか、メソッドが決まっているものではありません。特にアーティスティックな面は時間がかかります。自分の芸術性は何かを見つけ、それを内面から引き出していくという作業なんです。だから時間がかかります。

そして複合的な作業でもあるんです。まずショートを振り付けたシェイリーン(ボーン)の仕事があり、フリーを創作したローリー(ニコル)の仕事があり、鍵山先生が教えたこともある。それらを合わせて、自分自身の芸術性を見つけるのは、やはり優真の仕事です。

ただ、彼はもう春からずっとこの作業をしてきているので、内面的なものが見え始めています。優真が、この作品を通して芸術的側面をあらわすのを、とても楽しみにしています」

――その内面的なものとは、具体的にどんなものでしょう。

「優真の美しい動きから、それを感じられると思います。彼は振り付けをただこなすのではなくて、動きの中から美しさのエッセンスを取り出して、自分なりのスタイルに落とし込むということをしています。例えば、演技というのは『腕はこの位置ですよ』と1つ1つ決められたポーズをするものではないんです。動きそのものは、彼自身がもともと持っている動作のままだとしても、彼の魂と心をその動きに捧げるものなのです。私にはその魂が見えます。皆さんの目にも見えることを願っています」

GPフランス杯には鍵山のコーチとして帯同、成長を感じ取った
GPフランス杯には鍵山のコーチとして帯同、成長を感じ取った写真:ロイター/アフロ

「もっと優真の個性を知り、理解していきたい」

――鍵山選手の一番の長所はどこだと思いますか。

「優真のスケーティングを見ていると、目から鱗が落ちるような気持ちになります。すごい流れがあって、ひと蹴りでビュンと遠くまで行ってしまいます。彼は氷上を滑っているときに、氷の上に浮いているような、そんな軽やかさがありますね。そして優真のジャンプは、高くて、飛距離があって、着氷もソフトで、見ていてとても感動します。彼がもともと持っている長所の部分が、これからは素晴らしい個性として発揮されていくと思います」

――正式なコーチに就任し、すでにGPフランス杯ではリンクサイドにも立ちました。コーチという立場は、改めてどんな仕事だと感じていますか?

「もちろん鍵山先生がメインコーチであって、それは変わりません。むしろ私は鍵山先生の隣で指導を聞くことで、色々なことを学んでいる身です。それはとてもエキサイティングなことです。

いま大切にしているのは、優真の個性を知ることです。誰もが、性格も受け止め方も違いますよね。いつ何を言うのがベストなのか、どれくらい待つのがベストなのか、を理解していくことが大切だなと感じています。

コーチの仕事をこうやって本格的に始めたわけですが、自分の経験を分かち合うことで、スポーツが私に与えてくれたものを恩返ししていくことが出来て、とてもとても幸せな毎日です」

地元イタリアのアイスショーでは美しい滑りを披露している
地元イタリアのアイスショーでは美しい滑りを披露している写真:REX/アフロ

母国五輪の公式大使として、そしてコーチとして

――2026年には母国イタリアでのミラノ・コルティナダンペッツォ五輪が開催されます。コーチとしてその場を目指していくというのはどんな気持ちでしょうか。

「まず、自分の国でオリンピックが開催されることは、本当に特別なことです。私自身は2006年のトリノ五輪に出場することができて、これまでにない喜びを味わいました。そして荒川静香さんを始め、素晴らしいスケーターたちが集まり、イタリアの国としてのホスピタリティを世界に示すことができて光栄でしたし、とても幸せなことでした。

そして今度またこのビッグイベントが母国にやってきます。私は2026年五輪の公式大使も務めています。さらに、こうやってコーチとして参加するかも知れない。私にとって、2006年とは全く異なるオリンピックになります。私には、若いスケーターに夢を残す役割があるんだと分かって、そこに喜びを感じています。だから、今度の五輪にむけてとてもワクワクしていますし、そして優真を含め、若いスケーターの皆さんが素晴らしい結果を残してくれることを心から願っています」

――コストナーさん自身はもう競技に出ることなく、コーチに専念されるのでしょうか?

「私は何年も競技をやってきて、自分のすべてを出し切ったと感じています。だから、他のスケーターの演技を見ても、復帰しようとは思っていません。スケートが恋しいとか、競技が恋しいという気持ちはあるけれど、若いスケーターがその場所と夢を手にする時になっています。私自身は、トレーニングもするし、ショーにもまだ出ます。ただ楽しむためにスケートをするというのも、とても素敵なことですよ」

――今後、日本のショーでも滑るチャンスはありますか?

「もしかしたら。そうなったら嬉しいですね」

――NHK杯だけでなく、全日本選手権でも来日されますか?

「もちろん全日本選手権もコーチを務めます。日本に来るのはとても楽しみです。日本語ですか?まだあまり覚えていないのですが…。一番使うのは「オツカレサマ」ですね(笑)。もっと勉強すると約束しますね」

氷上の芸術として多くのファンから愛されたコストナーさん。スケートへの愛を胸に新たなスケート人生を歩んでいく。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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