集団免疫理論のスウェーデンはあれからどうなった 命と経済の収支は
都市封鎖をしなかったスウェーデン
[ロンドン発]新型コロナウイルス・パンデミックに対して都市封鎖をしない緩い対策に徹した北欧スウェーデン。感染を封じ込めるのではなく、その拡大とスピードを遅らせる作戦は功を奏したのでしょうか。
しかし感染しない安全距離(社会的距離)をとると経済が停滞するトレードオフの関係にあります。国民の命を守るのか、経済にも重きを置くのかは最終的には有権者に選ばれた政治家に委ねられています。
トレードオフとはシーソーのようにあちらが浮かべばこちらは沈むという両立しない状態のことを言います。まずスウェーデンの命は今のところ、どれぐらい守られたのでしょう。
人口100万人当たりの死者数を欧州各国の中で比べてみました。( )内はとられた主な社会的距離政策です。
ベルギー829人(3月13日から集会規制、同月18日から外出禁止)
イギリス598人(3月23日から外出禁止)
スペイン580人(3月13日から集会規制、同月30日から外出禁止)
イタリア562人(3月1日から一部自治体で外出禁止、同月9日全国に拡大)
スウェーデン465人(3月11日から集会規制)
フランス448人(3月4日から集会規制、同月18日から外出禁止)
オランダ351人(3月11日から集会規制)
ドイツ105人(3月21日から外出禁止)
デンマーク102人(3月18日から集会規制)
フィンランド58人(3月12日から集会規制)
ノルウェー44人(3月12日から集会規制)
ギリシャ17人(3月8日から集会規制、同月23日から外出禁止)
「集団免疫」理論
病原体に対する免疫を持った人が一定割合に達すると壁のようになって感染の拡大を抑えるという考え方を「集団免疫」理論と言います。
スウェーデンはこの理論に基づき、感染を完全に封じ込めるのではなく第一波、第二波を医療機関の能力内に抑える長期戦略をとりました。
イギリスとオランダもスウェーデンと同じ考えで緩い対策をとりましたが、イギリスは被害が拡大し、すぐに方針を撤回しました。
ベルギー、イギリス、スペイン、イタリアに比べると緩い対策にもかかわらず、スウェーデンは被害を低く抑えることができたと言えるかもしれません。
しかし他の北欧諸国、ドイツやギリシャに比べると、悲惨な状況と言わざるを得ません。
スウェーデン国内でも野党政治家からコロナ対策を主導した国家疫学者アンデシュ・テグネル氏の辞任を求める声や政府への非難が強まっています。
経済は守られたのか
では緩い対策で経済は守られたのでしょうか。
スウェーデンのコロナ対策について国際通貨基金(IMF)は「他の欧州諸国が軒並みマイナス成長に転落する中、今年第1四半期は小さな国内総生産(GDP)の成長を記録した」と分析しています。
消費の落ち込みは他の国に比べて少なく、輸出は一時的に増えました。携帯電話のデータで見た移動は2割以上減ったものの、他の北欧諸国に比べると随分活発でした。
自国の厳しい外出禁止令を逃れて、パブやレストランが開いているスウェーデンに渡航した旅行者も少なくないそうです。
サービスの縮小は他の欧州諸国に比べてかなり小さかったものの、外需の低迷とサプライチェーンの混乱で輸出への影響は避けられませんでした。経済は一国だけで成り立っているわけではないからです。
IMFは今年、スウェーデンについて7%近いマイナス成長を予測していますが、「スウェーデンの戦略が不況を長引かせるか、景気の回復を助けるかどうかを述べるのは時期尚早」という見方を示しています。
集団免疫理論に基づくコロナ対策は命の代償、政治的コストの大きさと、それによって達成できる経済的損失の回復を天秤にかけた時、政治家にとって割に合わないことは明白です。
死者の9割が70歳以上
しかも集団免疫が一体、どの程度の人が感染した時に得られるのかもはっきりしないのです。
IMFの報告ではスウェーデンでは新型コロナウイルスによる死亡の半分は高齢者施設で起きました。また死者の約9割は70歳以上だったそうです。
なぜそうなったかと言えば、スウェーデンでは医療の逼迫を防ぐため、高齢者や基礎疾患のある人の医療へのアクセス、特に集中治療室(ICU)への搬送が国家のガイドラインで厳しく制限されていたからです。
他に命を救う選択肢があるのに、こうした選別を行うことが医療倫理にかなっていると言えるのでしょうか。
ワクチンや治療法が開発され広く普及するまで私たちは新たな生活様式に適応しながら経済を再開させていくしかないようです。
(おわり)