3歳にして最強馬?! アーモンドアイの本当の敵はどこにいる?!
ジャパンカップは1番枠からスタート
2分20秒6。
レコードが出るであろうことは予測できた。しかし、ここまで速い時計になるとは誰が想像していただろう。
11月25日、東京競馬場で行われたジャパンカップ(G1)。1番人気に支持されたのはアーモンドアイ。3冠を圧倒的な強さで制して来た彼女だが、それはあくまでも3歳牝馬同士で勝ち取って来た冠。古馬の牡馬が相手となるこのレースは、真のエリートとなるためのストレステストだと思われた。
しかし、まだ若い彼女は並みいる古豪を一蹴してこの怪時計を叩き出した。これでデビュー以来の成績を7戦6勝2着1回。デビュー戦で2着に敗れた後は6連勝。G1もこれで4連勝。現役でいながら早くも伝説への階段を上り始めたと思える彼女にとって、果たして今後、敵となる相手はどこにいるのだろうか……。
いつも通りの黒いメンコ(耳覆い)に白いシャドーロール。2人曳きのパドックでのアーモンドアイは時おりイライラとした素振りをみせていた。しかし、管理する国枝栄調教師はかぶりを振って「何も心配にはならなかった」と言い、さらに続けた。
「秋華賞の時は装鞍所で今までにないくらいイレ込みました。馬場入りも少し手間取ったけど、それを思えば今回はおとなしかった方。馬場入りも先に行かせてもらい、スムーズに行えました」
アーモンドアイは1枠1番。出走14頭の最内枠。枠順が決まる前、国枝は「出来れば外の方が良いかな……」と語っていた。
「能力が高いのは間違いありません。だから少々外を回る競馬になっても構いません。内で包まれて力を出せなくなるよりもその方が良いから出来たら外枠がベターかな……と……」
「最内枠は歓迎ではありませんでした」と異口同音に語ったのは手綱をとるクリストフ・ルメール騎手だ。
「1番枠は少しトリッキーな枠です。スローペースになったら出られなくなる可能性もある。そういう意味であまり後ろから行くのは良くないと思いました。でも、だからと言って前へ行こうと決めていたわけではありません。ゲートが開いてからどういう競馬にするかは考えようと思いました」
実際にゲートが開くと牝馬3冠馬はポンとジャンプするように飛び出した。今までにないくらいの好発でハナにも立ちそうな勢いだったが、外からキセキとノーブルマーズを行かせて3番手で最初のコーナーをカーブする。レース前、国枝は言っていた。
「今は馬がすごく落ち着いています。だからポンと出ても口を割って行ってしまうような形になるとは考え辛い。おそらく2~3番手でおさまるでしょう」
13年前、レコードに泣いた男が大幅にレコードを更新
正にその通りの競馬となると、早々に勝利を確信したのがルメールだ。
「折り合いもついたし、向こう正面に入った時にはもう勝てると思いました。あとはもうただのパッセンジャー(乗客)。僕は何もしていません」
国枝も1000メートル通過の段階で「大丈夫」と感じたと言う。
「1000メートルの通過ラップが59秒9と出た時に、決して無謀なペースではないから『ほぼ大丈夫だろう』って思いました」
2人の男の慧眼に誤りはなかった。
2番手で直線に向いたアーモンドアイは、逃げるキセキを直線半ばで捉えると、後は危な気なくゆうゆうとゴールに飛び込んだ。
次の瞬間、ターフヴィジョンをみた私は目を疑った。
2分20秒6。
37年前に始まったジャパンカップ。その第1回のメアジードーツの勝ち時計2分25秒3は当時の日本レコードだった。その時計を第6回でジュピターアイランドが、続く第7回でルグロリューが次々更新した。さらに1年開け、1989年、平成最初の第9回でホーリックスがオグリキャップとの死闘を制し2分22秒2のレコードを樹立した。
この記録は以降、16年にわたって破られなかった。
新記録がマークされたのは2005年。イギリスから遠征してきたアルカセットが、フランキー・デットーリを背に2分22秒1で走破。17年ぶりに従来の記録を0秒1更新した。
そして、その記録も13年間守られてきたが、今年の最強3歳牝馬は何と一気に1秒5も更新。平成最後のジャパンカップで、驚異の2分20秒6という怪記録を樹立してみせた。先行しての驚異のレコード。展開不問で純粋に“足が速い!!”という走りをされては他馬に付け入る隙はない。
ちなみに13年前、アルカセットがレコードで駆け抜けた時、同タイムのハナ差2着だったのがハーツクライで、同馬に騎乗していたのがルメールだった。当時レコードに泣いた彼が、13年の時を経て、そのレコードを大幅に更新してみせたわけだ。
世界を目指す彼女の本当の敵は……
レース後、今後について聞かれた国枝は次のように答えている。
「牡馬の一流どころが相手でもこれだけの競馬を出来る事が分かったので、来年は海外に挑戦させたいですね」
具体的にどの国のどのレースか?と問われると、「皆さんが考えているレースかな……」。これが毎年10月の第1日曜日にフランスで行われる凱旋門賞を意味する事は明白だ。
JRAに籍を置く前からルメールが「夢の1つ」と言っていた事がある。
“第2の故郷である日本の馬に乗って、僕を育ててくれたフランスの凱旋門賞に勝つ”
一昨年はマカヒキで、昨年はサトノダイヤモンドでその夢を成就せんと挑んだが、いずれも生まれ故郷の高くて厚い壁に阻まれた。しかし、アーモンドアイの走りを見ていると、ついに“時”は来たか?!と思わせる。
「アーモンドアイは世界に出ても充分に通用する馬です。既に僕が乗って来た過去の名馬と比べてもトップクラスの馬ですから……」
凱旋門賞となれば連覇中の女王エネイブルが待ち受ける。
しかし、もしかしたら本当の敵はもっと違うところにいるのかもしれない。レース後に歩様が乱れる体質や、これだけの時計でも走り切れてしまう能力に脚元を始めとしたフィジカル面がどこまで耐え得るのか。アーモンドアイの本当の敵は、彼女自身なのかもしれない。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)