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「紅白」の歴史を変えるかもしれない昨夜のMVPは?

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
(番組ホームページから)

昨日、「【中高年音楽ファン向け】今夜の「紅白」、注目すべき出場者は?」という記事をアップしました。

「中高年」と限定しましたが、別に演歌大御所を推奨する意図ではなく、むしろ(私と同世代の)中高年にも知ってほしい若い音楽家を紹介するという狙いで書いたものです。

そんな意図の下で作成した、昨日昼段階での「見どころ予想」ベスト5がこれ。

1位:millennium parade × Belle(中村佳穂)『U』

2位:藤井風『きらり』

3位:薬師丸ひろ子『Woman “Wの悲劇”より』

4位:BiSH『プロミスザスター』

5位:上白石萌音『夜明けをくちずさめたら』

「見どころ予想」を掲げた責任上、昨夜の紅白を、もちろんリアルタイムで、メモを取りながら完走しました。それではここから、昨日の予想の検証として、実際に見た上での個人的ベスト3を記しておきます。

1位:藤井風『きらり』~『燃えよ』(MVP)

圧倒的。そして、後述するように、昨夜の藤井風のパフォーマンスは、紅白の歴史と未来を変える可能性すら持っていると思います。

まずは昨夜の流れを追っておきます。まずは岡山県の自宅から『きらり』を歌います。キーボードを足に乗せての、実にラフな形での演奏・歌なのですが、音程は確かだし、何より、キーボードの演奏が素晴らしい。

指のタッチが強く、また細かいリズムを完全キープ。妙な表現ですが、鍵盤が指にまとわりついている感じすらします。鍵盤を完全に弾き慣れた人の演奏だと思いました。

そしてカメラは急に東京国際フォーラムへ。右上に「LIVE」の文字(生中継の意味)。藤井風がゆっくりと楽屋からステージへ(後ろから追うカメラワークも良かった)。突然のサプライズに、会場だけでなく、司会や審査員も驚く中、グランドピアノの前に座って『燃えよ』を弾き語る。

ピアノ1本という、逃げ場のない生演奏。しかし鍵盤をまったく見ずに(ここがすごい)、時にはカメラ目線も混ぜながら、さらに強くリズミカルな演奏を続けるも(おそらく)ミスタッチはほとんどないまま、最後まで堂々と歌い上げる。

この圧倒的な2曲に比べると、トリのMISIAへのサポートはオマケのようなものかもですが、それでも満面の笑顔でハモる姿は、紅白を心からリスペクトしている感じがして、好感が持てました。

平成時代の紅白は、バラエティ番組化を進めました。裏番組の格闘技やダウンタウンとの熾烈な視聴率競争の中、致し方がない部分もあったでしょう。

そしてバラエティ番組化と並行して、カラオケ、当て振り、口バク、録画映像が増えていきます。

昨夜の紅白は、そんな流れが一巡した結果としての、生歌・生演奏・生中継の「3生紅白」の復権を強く予感させるものでした。もちろん「3生紅白」への新しい流れを手繰(たぐ)り寄せたのは、藤井風。

藤井風だけでなく、昨夜の紅白は全体的に、バラエティ番組性を抑えて、音楽リスペクト性を増量した印象で、それは、音楽ファンとして、とても好ましく感じるものでした。

これからの令和の紅白においても、藤井風が起こした新しい風、「生」の風、音楽をリスペクトする風が吹き続けることでしょう。

2位:YOASOBI『群青』

一昨年の紅白における衝撃の登場から1年。昨夜の紅白のYOASOBIは堂々たるものでした。ですが、MVP・藤井風の直後で、あそこまで堂々と歌いきるとは、正直、思ってはいなかったのです。

前回同様、まず驚くのは、あの機械的な音列を完璧に歌いこなすボーカル・ikuraの歌唱力。また、オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)と170名の若者ダンサーが、エレクトロニックなサウンドに、ヒューマンなエネルギーを注入。圧倒的なパフォーマンスとなりました。

ただ、あのパフォーマンス、特に若者ダンサーズの爽やかな笑顔にホロっときてしまったのは、年のせいかもしれません(当方55歳)。逆に言えば、そういう意味でも、昨夜のYOASOBIを、中高年の音楽ファンに推奨したいと思うのです。食わず嫌いはよくないと。

3位:millennium parade × Belle(中村佳穂)『U』

「見どころ予想」1位の彼(女)らを、ここに置きます。「テレビ初歌唱」とのことですから、一昨年の紅白におけるYOASOBIの位置でしたが、あのときのYOASOBI同様、初めてとは思えない存在感を示しました。

冒頭の雄叫びで、聴き手のハートをむんずと掴み、やたらと音域の広い難曲を見事に歌いこなした中村佳穂。また、ユニークなファッションも目を引くもので、つまりは、「中村佳穂」という4文字が全国区になった瞬間を、私たちは目の当たりにしたのでしょう。

総論

以上まとめると、昨夜の紅白は、音楽への愛に溢れていた紅白と言えます。一昨年の玉置浩二の圧倒的なパフォーマンスを藤井風が引き継ぎ、音楽への愛の花を、さらに大きく咲かせたのです。

最後に。もしかしたら、いきあたりばったりで、このページに来た人は、「このオヤジは、紅白を、なぜここまで真面目に語るのだろう?」と思ったかもしれません。

いや、私も実は、少なからずそう思いなから書いています。ですが、大好きな紅白が、さらに大好きな方向に進んでいるのを、半笑いで無視する理由はないと思い直したのです。

あと、藤井風も、昨夜こう歌っていたじゃないですか。

――♪クールなフリ もうええよ

追記:私が書いたこちらの記事もぜひお読みください→『【日本一早い紅白歌合戦総括】音楽への愛に溢れた最強の音楽フェス!』(サイト「リマインダー」)

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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