ディアドラと共に世界を転戦する男の「サイレンススズカ」と見た夢の続きとは……
橋田厩舎ひと筋で世界と戦う男
「正直、もう一週欲しい感じです」
プリンスオブウェールズ S(G1)を前にして、そう語ったのは込山雄太。ディアドラ(牝5歳、栗東・橋田満厩舎)の調教助手だ。
海の向こうで転戦を続ける日本の牝馬は、イギリスで調教を再開した約三週間後、腰に多少疲れが出た。
「自分のミスでした。これで一旦調教のペースを落としました。その後、再びペースを上げて出走態勢は整いましたけど、正直もう一週あれば万全かな?という気持ちです」
ディアドラが日本を発ったのは3月の事だった。目指したのはドバイ。そしてその後の香港までも視野に入れての旅立ちだった。
「昨年はドバイ(ドバイターフ3着同着)、香港(香港カップ2着)と惜しい競馬が続きました。競馬は負けて当然と分かっているけど、暮れの香港は負けてこんなに悔しいのは初めてというくらい悔しい思いをしました」
1969年12月2日生まれで現在49歳の込山。高校を卒業してすぐ競馬学校に入学し、18歳の10月から現在の橋田厩舎ひと筋。
2002年、アドマイヤコジーンによる香港マイル(4着)が自身初の海外遠征。以降、2度にわたって海を越えたアドマイヤマックス(03年香港マイル4着、05年香港スプリント11着)、アドマイヤメイン(06年香港ヴァーズ8着)と立て続けに北緯約22度、東経約114度の国へ飛んだが、いずれも担当馬が先頭でゴールを駆け抜ける事はなかった。
思えばそれ以前、世紀が更新される前に「予定通り遠征出来ていればかなり大きなチャンスがあった」と天才・武豊に言わしめた馬との出合いがあった。
「最初に乗った時から揺れないし、動きが柔らかくて、断然に抜けた存在でした」
込山がそう語るのはサイレンススズカだった。98年の宝塚記念(G1)を逃げ切ると、その後の毎日王冠(G2)では直後にジャパンC(G1)を勝つエルコンドルパサーや有馬記念(G1)を制すグラスワンダーらに影をも踏ませずこれまた逃走劇を演じた。そんな快速馬にはアメリカ遠征の話も出たが、毎日王冠後の秋の天皇賞(G1)でまさかの予後不良。帰らぬ馬となってしまった。
最速の中距離馬が立つ事すら叶わなかった海外のレースでの勝利を求めた込山だが、勝利の女神は容易に振り向いてはくれなかった。そして先述した06年のアドマイヤメインの遠征を最後に、彼が海を越える事もぷっつりと途絶えた。
しかし、それから干支が一回りした18年、久しぶりに彼の想いを乗せて国境を越える馬が現れた。それがディアドラだった。
ドバイと香港で惜敗した彼女は、この19年、再びかの地へ舞い戻る。2年連続での挑戦となった3月のドバイターフでアーモンドアイの4着となると、その足で香港へ渡った。「調子はドバイよりも良かったと思うけど、連日の固い馬場での調教がこたえたか……」ウインブライトの6着に沈んだ。
更にレース直後には6月のプリンスオブウェールズSに挑戦するためイギリスへ転戦する事が発表された。
愛する妻子を日本に残し、海外遠征が継続される事になったわけだが、込山は言う。
「もちろん会いたいので連絡は欠かさずにとっています。ただ、イギリスのニューマーケットで調教に乗れるチャンスなんて滅多にありませんからね。今回は喜んで行かせてもらう事にしました」
こうして5月の頭には競馬発祥の地に入った。以前はM・デコック、現在はジェーン・チャプルハイアム調教師が入っているカリファ殿下所有のアビントンプレイスという厩舎の馬房で、最初の二週間はゆっくりさせて香港の疲れを取った。その後、ウォーレンヒルを始めとしたニューマーケットの調教場へ入れ、徐々にピッチを上げていった。先述したように一度疲れが出たものの「近隣の調教コースは全て使った」と語るように工夫と試行錯誤を続け、出走態勢を整えた。
「ドラ」と共に叶えたい願い
6月19日、こうしてロイヤルアスコット開催2日目のプリンスオブウェールズSに駒を進めた。
「コースの視察をした時は思った以上に馬場が固くて、これならチャンスがあると感じました」
レース前、こう言った込山は「もっとも……」と続けた。
「もっとも、極端に柔らかくなければ”ドラ”自身はこなせるはずです。ただ、柔らかい上にこれだけ起伏の激しいコースとなると、それがどうかな?という気はしますけど……」
そんな悪い予感が図らずも当たってしまう。レースを前にプレパレードリンクを回し始めた頃からパラパラと降り出した雨は、スタート直前に土砂降りに変わる。5日間連続のロイヤルアスコット開催は、毎日その日のメインレースが16時20分に発走となるのが慣わしだ。しかし、この日のメインであるプリンスオブウェールズSはディアドラの出走でJRAが馬券を発売したため、それに合わせる形で発走時刻を40分早めていた。その事が皮肉にも土砂降りの雨とピンポイントに合致してしまった。
「ここまで降るとさすがに厳しかったです」
6着に敗れたディアドラはずぶ濡れになって、上がって来た。次のレースの時には空から陽光が降り注いだのだから皮肉な結果となってしまった。
騎乗を予定していたエネイブルが回避した事で、クリスタルオーシャンに乗り、見事に1着となったF・デットーリが「エネイブルのいない出馬表を見た時、チャンスがあると思った」と勝利騎手インタビューで述べた頃、ディアドラが引き続きイギリスに残り、更に転戦する事が決まった。次なる一戦は8月1日、グッドウッド競馬場で行なわれるナッソーS(G1)。牝馬限定戦といえ、これまたタフなグッドウッド競馬場での戦いは決して楽なそれではないだろう。しかし、帰国が更に先送りになった込山はニコリと笑って言う。
「行けと言われればどこまでも行くだけです」
そう語る表情には、こんな経験が出来るチャンスはそうそうないから、と書いてある。そして「ドラと一緒なら……」とも書いてある。ナッソーSの後もニューマーケットに残り、今度はアイルランド遠征の可能性があるとも聞く。サイレンススズカやアドマイヤ勢で叶えられなかった込山の夢が、このヨーロッパで成就する事を願いたい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)