Yahoo!ニュース

習近平は笑っているべきではなかった――米国務長官、シリア攻撃は北への警告

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領の前で笑顔をふりまく習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

ティラーソン米国務長官は9日、シリアへの攻撃には北朝鮮への警告があったと強調した。晩餐会でシリア攻撃を知らされた習主席は咄嗟の反応ができず肯定。隣には彼のブレイン王滬寧がいなかった。失点の影響は大きい。

◆ティラーソン国務長官の発言

アメリカのティラーソン国務長官は、4月10日からイタリアで開かれるG7(先進7カ国)外相会談のためであろうが、習近平国家主席が訪米を終え帰国したあとになって、米中首脳会談にも触れながら、複数の取材に対し、おおむね以下のように答えている。

●脅威のレベルが行動をとらざるを得ない状況にあることを、習近平国家主席も明確に理解したはずだ。

●(北朝鮮などが)シリア攻撃から受け取るべきメッセージは、(もし、その国の行為が)他国への脅威となるなら、アメリカは対抗措置を取る可能性があるということだ。

●いかなる国も、国際規範や国際合意に違反し、他国の脅威になれば、対抗措置を取る。

●われわれの目的は朝鮮半島の非核化だ。

つまり、こともあろうに米中首脳会談開催中にシリア攻撃を断行し、しかもそれをなぜ、こっそり(個人的に)晩餐会中にトランプ大統領は習近平国家主席の耳に入れたかというと、明らかに「北への威嚇」、「習近平への圧力」が目的だったということになる。習近平は笑顔を保っている場合ではなかったはずだ。

米中首脳会談後、共同記者会見が行われなかったのは異常事態だが、それに代わってティラーソン国務長官が会談後の記者発表をした。ティラーソンは、おおむね以下のように言った。

●トランプ大統領が習近平国家主席にシリアの詳細な情勢を説明し、習主席はシリア攻撃に理解を示した。

●習主席は子供たちが殺されたときには、こうした反撃の必要性があると理解を示した。

いうならば、まるで中国の「承諾を得ている」かのような内容だが、晩餐会における「耳打ちと咄嗟の反応」を公開したのも、外交儀礼に反するだろう。

では習近平は、なぜこのような迂闊なことを言ってしまったのか?

◆隣には習近平のブレインがいなかった!

晩餐会の時に習近平の隣に座っていたのは彭麗媛夫人であって、習近平のブレインではなかった。2016年4月25日日の本コラム<習近平のブレーンは誰だ?――7人の「影軍団」から読み解く>にも書いたように、習近平のブレインを一人だけ挙げよと言われたら、それは文句なしに王滬寧(おう・こねい)だ。習近平政権において中共中央政治局委員、中共中央政策研究室主任という、一見、目立たない職位だが、江沢民政権の「三つの代表」、胡錦濤政権の「科学的発展観」の起草者でもあり、三代にわたる中国の最高指導者の総設計師的役割を果たしてきた切れ者。

習近平外訪の時には、必ず「影のように」ぴったりと寄り添っている。

たとえば二日目のトランプ・習近平会談の右隣にピタッと寄り添っているのは王滬寧だ。しかも「一歩引きさがって」座っている。なぜ一歩引きさがっているかというと、いざという時に「目立たずに」習近平に「咄嗟のアドバイス」を耳打ちして、習近平の失言を防ぐためなのである。

二日目の会談のテーブルに座っている位置関係を新華網が転載した中央テレビ局CCTVでご覧いただきたい。王滬寧が習近平の陰になっている。

その「頭脳」がいない状態で、しかも食事中に、咄嗟にシリア攻撃を告げられた。

賛同すれば「ロシアとの関係が悪くなる」あるいは「北朝鮮への武力攻撃を肯定することになる」。こういう頭を巡らせる論理思考を、一瞬では対応できなかった習近平の限界を示した瞬間でもあった。

中文メディアでは、もっと詳細にその場面を報道したものもあり、トランプが「アサドが化学兵器を使って女子供まで惨殺したからアメリカはシリアにミサイル攻撃をした」ことを伝えると、習近平は「当然だ」と攻撃を肯定した上で「攻撃した事実と理由を教えてくれてありがとう」とトランプにお礼さえ言ったと、ティラーソンが発表したと書いている。

◆韓国の次期大統領選にも影響――アメリカの北攻撃の可能性を受け

これまで圧倒的な支持率を示していた韓国の次期大統領候補にも影響が出ている。トランプ大統領の「いざとなればアメリカ単独で北朝鮮を武力攻撃する」を示唆する発言、シリアへのミサイル攻撃の断行、そして寄港先のシンガポールから南下していたアメリカの原子力空母カール・ビンソンが向きを変えて朝鮮半島の近海に向かい始めたなど、数え上げればキリがないほどの逼迫感が韓国をも覆ったにちがいない。

それまで「親中、北朝鮮融和路線、反THAAD韓国配備、反日」と、中国にとってはすべての条件が揃っていた文在寅(ムン・ジェイン)氏(共に民主党)が圧倒的支持率を得ていたが、つい最近の調査では中道左派の安哲秀(アン・チョルス)氏(国民の党)」が支持率で文在寅氏を凌駕しているようだ。安哲秀氏は、米韓同盟を強化して北朝鮮の挑発を終わらせてほしいと望んでいる。

もしアメリカの突然のシリア攻撃と北朝鮮への強硬戦略が、韓国における大統領選への影響までをも計算していたとすれば、このたびの米中首脳会談は習近平の惨敗だったと言えるかもしれない。トランプ(あるいはそのブレイン)は、相当に「計算をしている」ということになろうか。

◆習近平は笑っている場合ではなかった――習近平の惨敗?

米中首脳会談の間、トランプ大統領と対等に渡り合っていたことを中国人民に示すために、習近平国家主席はつねに「笑顔」を保ち続けていた。今年秋に行われる党大会のために「威信」を示さなければならなかったからだが、その「笑顔」に気を配るあまり、肝心の北朝鮮問題に対して頭が回らなかったのか。ぎこちない「笑顔」より、北朝鮮問題の影響の方が決定的だ。

二日目のテーブルを挟んだ正式会談で、王滬寧氏が隣に座っていたときには、習近平国家主席は「言うべきこと」をきちんと言っていたし、トランプ大統領の「アメリカ単独で武力攻撃をする」という言葉に対してさえ、「米朝会談が優先される」と主張したほどだ。

中国はもともと、「トランプの口から何が飛び出してくるか分からないので、その時には笑顔で流してしまおう」という腹づもりではあった。しかし、まさか突然のシリア攻撃が会談中に断行されるというのは、予想もしなかっただろう。

「トランプvs習近平」という世界二大大国の勝負において、第一戦は「習近平の負け」とみなすしかないだろう。

「新型大国関係」を「トランプ・習近平」で形成しようと思っていた「中国の夢」は、この時点で頓挫したとしか、言いようがない。

◆危機は目前だが、抑止力も?

ただ、北朝鮮への武力攻撃は、シリア攻撃のように単純にはいかない。

中国やロシア、韓国が直接の影響を受ける。果たして化学兵器を使用したのがアサド政権だったのか否かの検証も十分ではない。そして何よりも北朝鮮は核を持っている。北朝鮮の敵はアメリカ。まず真っ先に在日米軍基地を狙うだろう。

一方、米中間の貿易高も尋常ではない。3月11日の中国商務部の発表によれば、2016年の中米貿易高は5196億米ドルで1979年の国交正常化時の207倍に達するという。両国の経済規模は世界の40%を占め相互投資額は世界の30%に及ぶとのこと。

トランプ政権の人事がまだ固まっておらず、アメリカ国民の意見もあるだろう。抑止要素がまだまだあるものの、やはり危機は目前に迫っている。

拉致問題も抱えている日本にとって、いま何ができるのか、真剣勝負の時が来ている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事