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習近平思想を党規約に――新チャイナ・セブン予測(5)

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平・中共中央総書記(写真:ロイター/アフロ)

 第18回党大会の七中全会が閉幕し、第19回党大会で習近平思想を党規約に書き込むことがほぼ確実となった。習近平思想とは何かとともに、そこに如何なる意義が潜んでいるのかを七中全会の公報から読み解く。

◆一期目の終わりに党規約に個人名入りで書く意味

 今月11日から開かれていた第18回党大会の七中全会が14日に閉幕した。この日を以て次期チャイナ・セブンの名簿が最終決定し、第19回党大会の一中全会で決議される。  

 新華社の発表によれば、七中全会では党規約の修正案も採択され、具体的な文章は秘密にされているものの、少なくとも「習近平思想」(正式名称は未公開)を党規約に書き入れることは確実であることが窺われる。

 現在の党規約の冒頭には、「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、トウ小平理論、三つの代表(江沢民政権)、科学的発展観(胡錦濤政権)」が掲げられており、トウ小平理論以来、基本的には政権が終わった時点で書き加えることになっていた。「科学的発展観」は胡錦濤政権第一期目の終わり(2007年の第二期目が始まるときの党大会)に党規約の中に出ては来るが、かなり後ろの方の本文の中に現れただけで、冒頭のイントロ部分に入れられたのは、2012年11月の第18回党大会においてである。

 また個人の名前を党の基本指針として党規約に書き込むのは、トウ小平止まりとしようという暗黙の了解があった。

 しかし、今回は、この二つの「暗黙の了解」(慣例)を破ることになる。

 おまけに「~理論」ではなく、「~思想」と、「毛沢東思想」以来だ(「習近平の領導思想」になる可能性もあるが、何れにせよ、「習近平・・・思想」だ)。

 その意味で、習近平国家主席は「毛沢東と並ぶ存在」に格上げされると言っていいだろう。

◆毛沢東思想に並ぶ意義とは?

 中国建国の父、毛沢東が、「マルクス・レーニン主義」では飽き足らず(正確には、気に入らず)、敢えて中国共産党の基本理念を「毛沢東思想」としたのには理由がある。これは拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』のp.271に書いたが、延安にける毛沢東との口論を克明に記録した王明が『中共五十年』の中で以下のように述べている。

  ――1941年9月、毛沢東は延安で「私はマルクス・レーニン主義ではなく、毛沢東主義を作ろうと思っている。“主義”を作って党内に浸透させておけば、私が死んだ後も人民が私を否定することはできなくなる。だから中国共産党思想を毛沢東思想に塗り替えるのだ」という趣旨のことを言った(ここまで引用)。

 

 これを中国共産党の歴史では「マルクス・レーニン主義の中国化」という美しい言葉で記録しているが、実は習近平が最近、盛んに「マルクス・レーニン主義の中国化」という言葉を使っていることに驚いた。筆者がまだ10歳そこそこだったころに受けた「毛沢東思想」教育そのままだからである。

 「毛沢東思想」が党規約に明記されたのは1945年4月23日から6月11日まで延安で開催された第7回党大会の時だ。そこには「群衆路線」とともに、「四項目の服従」があり、その中の一つに「民主集中制」(集団指導体制=少数は多数に決定に従う)などがある。

 毛沢東が中華人民共和国を建国し、トウ小平が改革開放を提唱したと位置づければ、習近平は毛沢東とトウ小平を越えて、社会主義国家・中国を中華民族の偉大なる復興へとつなげ、1921年の結党以来の100年の夢を実現させた大人物として位置づけようという構想が浮き出てくる。少なくとも100年間は維持したという実績は欲しいのだろう。

◆習近平思想の骨格は「四つの全面」と「五位一体」

 習近平思想の骨格は、「四つの全面」と「五位一体」である。

 

 まず「四つの全面」とは、

1.小康(ややゆとりのある)社会の全面的建設を、初めて「中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現する要の一歩」と位置付けた。

2.「改革の全面的深化」の総目標を、初めて「「中国の特色ある社会主義制度を整備・発展させ、国家の統治体系と統治能力の近代化を推進する」ことと確定した。

3.「全面的な法による国家統治」を、初めて「全面的な改革深化」の「姉妹編」とし、「鳥の両翼、車の両輪」として位置付けた。

4.「全面的な厳しい党内統治」の道が初めて示され、「厳しい党内統治の系統性・予見性・創造性・実効性の増強」が求められた。

の四つであるとされている。「初めて」という言葉が肝心だというのが中国共産党機関紙「人民日報」の見解だ。実は、「小康社会」も「改革の全面的深化」も目新しいものではないが、それを初めて「中華民族の偉大なる復興」や「中国の夢」などに結びつけたことが重要なのだと説いている。

 二番目の「五位一体」とは「経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態文明建設」の五つの総体的な配置によって中国の特色ある社会主義理論を思想的に武装統一して行こうという考え方である。

 いかにも空々しく空理空論のように聞こえるが、実はこれが案外に侮れない。

◆何が変わるのか

 七中全会やこれまでの公報をよくよく読むと、三つの「もし~がなければ」と四つの「きっと~だろう」という構成になっていることが分かる。

 まず、三つの「もし~がなければ」は(カッコ内は筆者注)

●もし党中央の権威と集中統一指導がなければ(=もし集団指導体制でなければ)

●もし厳しい政治紀律と政治規定がなければ(=もし反腐敗運動を続けなければ)

●もし風紀正しい清廉潔白な政治姿勢がなければ(=もし汚職や賄賂で乱れていれば)

で、

 四つの「きっと~だろう」は

■きっと(中国共産党は)、党の創造力と凝集力と戦闘力を失うだろう。

■きっと執政の基礎と執政能力を失うだろう。

■きっと激しく民心から離脱してしまうだろう。

■きっと人民を改革開放に向けて導いていく力を失い、社会主義建設の歴史的重責を果たすことが出来なくなるだろう。

と、このような構成になっている。

 これはすなわち、中国共産党による一党支配体制が臨界点に達しており、このまま放置しておけば、「紅い中国」は腐敗によって滅びるであろうことを、習近平が自覚しているということを表す。

 これは決して権力闘争などという、生易しいものではない。

◆これは「権力闘争」ではない!

 日本では(NHKまでもが)、「習一強」は「権力闘争であり」「これは権力の罠だ」とまで言い切って、実に間違った分析を堂々と続けているが、日本の対中政策を見誤らせる。猛省を求めたい。

 中国は今、社会主義国家をこのまま維持できるか否かの瀬戸際に来ている。

 決定権を持っているのは、あくまでもチャイナ・セブン。

 この中で多数決議決をして、賛成票が得られなかったときに、初めて権力闘争が生まれる。習近平現政権は、「7:0」で賛成票を得ながら党運営を進めている。だからこそ、反腐敗運動ができるのである。

 胡錦濤時代のチャイナ・ナインの時には、胡錦濤に賛成するのは本人も入れて3人で、後の6人はみな(習近平を含めて)江沢民派の刺客だった。胡錦濤の提案は、つねに「3:6」で否決されてきた。だから反腐敗運動を断行することが出来ず、腐敗が益々蔓延して、手がつけられなくなっているのだ。なにしろ習近平政権になってから、5年間で大小200万人の汚職幹部が処分されている。どれだけ腐敗の根が深いか想像に難くない。

 だからこそ、一帯一路で新たな汚職を生んだ孫政才・元重慶書記の罪は重いのであって、これも権力闘争ではない。

 一つのコラムで全てを書くのは困難なので、今回は「習近平思想」を党規約に書き込む可能性と必然性に関する考察にとどめた。他に関してはこれまで本コラムで連載してきた「新チャイナ・セブン」シリーズをお目通し頂きたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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