嘘・デマ、自信ある人ほど騙される:77.5%が嘘だと気づけない
最近、デマをもとにした誹謗中傷が後を絶たない。今月18日には、技能実習生に暴行をしていた会社として、無関係の会社が「実習生に暴行していた会社、特定できました」というツイートと共に挙げられた。その結果、会社に苦情のメールや無言電話が殺到し、業務に支障が出たという。
同じく1月には、テレビ番組に出演した料理人に対して「態度が悪い」とネットで批判が巻き起こった。その際、同じ苗字の別の料理人の店にも、Googleのレビュー欄などで誹謗中傷が相次いだ(現在は削除対応済み)。
また、常磐道あおり運転事件をめぐり、容疑者の車に同乗していた女性と勘違いされたある会社経営の女性が、SNSや電話で大量の誹謗中傷を浴びせかけられたこともある(いわゆるガラケー女事件)。本件では、デマで攻撃された女性が訴えを起こし、既に損害賠償が成立している例も出ている。
■ 誰でも騙される
こういう話を聞くと、「騙されて攻撃するなんて馬鹿だなー」と思うかもしれない。しかし実は、嘘やデマには、誰でも騙されかねないことが分かっている。
筆者が以前実際のフェイクニュース9件を使って分析した結果、なんとフェイクニュースを見聞きした人の77.5%(4人に3人以上)はそれを嘘だと気づいていなかったのである。しかもそれは年齢に関係なく、若い人も年齢の高い人も騙されていた。
■ 多くの人は自信過剰で、そういう人ほど騙される
さらに最近発表された米国の研究では、非常に興味深い人間の特性が明らかになっている。まず、情報の真偽を判断する能力について、約90%の人は自分が社会の平均より高いと考えていて、さらに約75%の人は実際の自分の能力より高く自己評価していたのである。
しかも、そのように自身の判断能力を過大評価している人は、実際には時事問題に対する主張の真偽を見分ける能力が低いということも分かった。それだけでなく、特に政治的に自分とあった主義に対しては、フェイクコンテンツにいいねやシェアをしやすいらしい。
要するに、判断能力が低い人も含め、人間というのは自分の限界を認識していないため、フェイクニュースを信じて広めてしまう可能性があるというわけである。
実は似た結果は筆者の研究でもわかっており、「自己評価の高い人」は、むしろフェイクニュースに騙されて拡散する確率が高かった。
■ 情報に対してできること3箇条
嘘やデマが毎日のように拡散される時代に、我々ができるのは次の3つだ。
① 情報に接触したらすぐに行動せず、まずは考える。
② 近い人からの情報であっても鵜呑みにしない。
③ 真偽が分からないなら投稿・拡散しない。
まず①については、「自分は騙されない」と思わず、情報に接触したらまず考えることが大切だ。
具体的には、その情報に根拠があるか、情報の発信元(情報源)は何か、情報はいつ発信されたか、その情報が発信された意図は何か、どの部分が事実でどの部分が情報を書いた人の意見かなどを確認・考察すればよい。こう書くと難しそうだが、実際には流れてきた情報の内容を少し確認するだけで、これらについてある程度分かる。
また、他の情報源を確認するのも有効である。検索サービスやソーシャルメディアでその内容について検索するだけで、それを否定するような発信が出てくることも少なくない。
次に②については、嘘やデマを拡散してしまう手段として最も多かったのが、友人・知人・家族との直接の会話であることが分かっている。また、コミュニケーション研究では、交流の深い人間からの情報を、専門家の情報より信じやすい傾向にあることも示されている。
自分にそういったバイアスがある事を認識したうえで、誰からの情報であってもひと呼吸おいて疑う癖をつけることが大切だ。
最後に③については、結局分からない情報はいっぱいある。例えば前述の技能実習生の件では、訴えている人に不利益が及ぶことを懸念して、支援団体が会社名を明かしていない。そのため、どのように特定作業を頑張っても、はっきりとわかることはないのである。
であれば、拡散しないし、ましてや誹謗中傷などしない。これを心掛けるだけで、社会にデマが広がるのを防ぐことができるし、新たな被害を生まずに済む。
■ 嘘・デマを拡散すると逆に訴えられることも
ガラケー女事件のように、嘘・デマを拡散した結果、名誉棄損などで訴えられるケースは少なくない。当該事件では元市議などに賠償命令が下っている。
また、よく誤解されがちだが、名誉棄損罪はそれが正しい情報であっても「事実を摘示し、公然と、人の社会的評価を低下させた」場合には成立する。
筆者も含め、誰もが嘘・デマには騙される可能性があるのだから、安易に情報を拡散しない。そして、どんな情報があったとしても、ネット上に誹謗中傷を書かない。結局のところ、それを心掛けることが自分の身を守ることにもつながるのである。
<参考文献>