【インタビュー前編】デヴェンドラ・バンハート、2017年5月の来日公演を控え、日本文化を語る
孤高のシンガー・ソングライター、デヴェンドラ・バンハートが2017年5月に日本公演を行う。
“フリー・フォーク・ムーヴメントの旗手”と謳われるデヴェンドラだが、その音楽スタイルはフォークに留まることなく、ロックやポップ、ジャズ、世界の民族音楽などを独自のセンスで切り取ったもの。その表現手法は“音楽”の枠すら超えて、ヴィジュアル・アーティストとしても個展を行うなど、唯一無二の世界観を築き上げている。
ベネズエラに生まれアメリカに育ち、世界各国の音楽から影響を受けてきたデヴェンドラだが、興味深いのは彼の最新アルバム『エイプ・イン・ピンク・マーブル』における日本からのインスピレーションだ。アルバムを聴くだけでは見えてこない日本文化への敬意と愛情について、彼はこのインタビューで語ってくれた。
なお彼は蓮沼執太&U-zhaanのアルバム『2 Tone』の収録曲「A Kind of Love Song」に作詞/ヴォーカルで参加するなど、日本人アーティストとの共演も果たしている。
穏やかな語り口でクールに、それでいて雄弁に語るデヴェンドラへのインタビューを、前後編に分けてお届けしたい。まず前編は『エイプ・イン・ピンク・マーブル』で表現されている日本文化を中心に語ってもらった。
日本文化は“厳しい規律の中に自由を見出す”
●2016年6月には個展『Help Me Find My Noodle』、11月にはアルバムに伴うプロモーション来日、そして2017年5月にはライヴ・ツアーと、頻繁に日本に来ていますね。
うん、日本の音楽や文化、食べ物まで、すべてが大好きなんだよ。日本文化に魅力を感じるのは、厳しい規律の中に自由を見出すという、一種の矛盾で成り立っているからなんだ。僕の表現もそうだ。自分を律することで、空間を創ることが出来る。そんな価値観を共有しているからだと思うんだ。
●『エイプ・イン・ピンク・マーブル』と日本の関わりについて教えて下さい。
このアルバムでは架空のオリエント(東洋)を表現したかったんだ。僕みたいな西洋人が感じるエキゾチックで神秘的な東洋のファンタジーを音楽にしたかった。そういうとハリウッド映画のファンタジーやテーマパークのように感じるかも知れないけど、現実の日本は映画以上にエキゾチックで神秘的だ。このアルバムを作るにあたって、具体的なイメージがあったんだ。東京の郊外にある古いホテルで、受付には女性がいる。彼女はホテルのオーナーで、名前はジャッキーだ。70歳ぐらい レザーのジャケットを着ている。受付の脇には酔っ払ったサラリーマンがいて、背広がヨレヨレになった彼はブツブツ独り言をつぶやいている...そんなイメージが音楽を導いていったんだ。
●そんな設定をアルバムの歌詞から聴きとることは可能なのでしょうか?
いや、あくまで“裏設定”だよ。僕と音楽的パートナーのノア・ジョージソンで話し合って、世界観を統一させたんだ。徐々に焦点を絞っていった。アジアから日本、東京、そして郊外のホテル...という感じでね。
●これまでの作品で同様に、ひとつの世界観に則って作ったものはありますか?
本格的にアルバム全体をひとつのテーマで貫くのはこれが初めてだと思う。過去のアルバムでは曲単位でムードやジャンルすらも異なっていたし、むしろ意図的にトータル性を避けていた気がする。いわゆるコンセプト・アルバムやロック・オペラとは違うけど、ひとつの価値観があるんだ。ただ「フィグ・イン・レザー」や「ファンシー・マン」は少しばかりズレるかも知れないけどね。一種の“外伝”的ナンバーで、「フィグ・イン・レザー」はホテルの中を舞台にした別の物語なんだ。曲調はアマチュア・イタロ・ディスコという感じかな(笑)。「ファンシー・マン」はホテルを訪れる人の日常を切り取ったものだ。
●「ファンシー・マン」には“タイに新しく出来た動物園”、「ライム・グリーンの服を着た台湾の婦人のテーマ」では台湾女性に言及するなど、日本以外のアジア諸国へのレフェレンスが見られますね。
それらの歌詞ではタイや台湾を挙げているけど、僕にとってのアジアからの影響は日本が最も大きいんだ。このアルバムでは琴を弾いている。もちろん弾けなかったけど借りてきて、いろいろ試してみたんだ。スタジオで過ごした時間のうち、半分は琴のチューニングをしていた気がする!ギターで書いたフレーズを琴に置き換えたり、さまざまな試行錯誤をすることで新しいインスピレーションを得ることが出来た。スタジオルームは比較的小さくて、部屋の半分を琴が占めていたほどだったけど、その価値はあったよ。日本製シンセサイザーを弾いたこともアルバムに影響を及ぼしたかも知れない。シンセ自体は決して“日本的”なサウンドではないけど、独特なムードを生み出したんじゃないかな。
●『クリップル・クロウ』(2005)でも「チャイニーズ・チルドレン」「コリアン・ドッグウッド」など、アジア系の曲タイトルがありました。
そうだね、どれだけアジア好きなんだって(笑)。意識してアジアをテーマにしたアルバムを作ろうとしたわけではないけど、アジアは常にインスピレーションの源だった。
人類が世界の現状に対し責任を取るべき時期が来たんじゃないか
●そんなアルバムのトータル性と『エイプ・イン・ピンク・マーブル』というタイトルはどのように繋がっているのでしょうか?
特に繋がりはないんだ(笑)。タイトルはどちらかといえばジャケットのアートワークと関連している。音楽を聴いて、ジャケットを見た人それぞれが解釈して欲しいけど、ヒントを出すと、“エイプ・イン・ピンク・マーブル”とは男女のエネルギーの調和の比喩でもあるし、光と影、陰陽などを意味している。ジャケットでふたつの空間の狭間を浮かんでいるキャラクターは、人類を象徴している。上の世界は高次元の理想で、月が揺りかごのように太陽を抱いているんだ。キャラクターは浮上しているのか、それとも降下しているのか判らない。そんな中途半端さが人類の今日を象徴しているんだよ。長いあいだ人類は思春期のように無為に過ごしてきた。でも史上初めて、世界の現状に対し責任を取るべき時期が来たんじゃないかと思う。これまで人類が創ってきたものは、環境や生態系を破壊してきた。我々は宇宙の君主になった代わりに、多くを失ってきたんだ。でもそろそろ、砂に頭を埋めて何もなかったフリをすることは出来なくなった。一時我々はプラスチックが素晴らしい発明で、プラスチックこそが未来だと信じていた。人類が生んだ奇跡だと考えてきたんだ。でもプラスチックは土や木のように自然に分解しないし、燃やすと有毒ガスが発生する。我々は十字路に立っているんだ。ただ言っておきたいのは、僕だって人類の1人だし、第三者の立場から人類を批判するつもりはないということだ。他の人類みんなと一緒に浮かんでいる一人なんだよ。
●「マラ Mara」という曲が収録されていますが、前作のアルバム・タイトルは『マラ Mala』(2013)というものでした。少なくない日本人にとって、RとLは区別するのが難しい発音ですが、そのことは意識していましたか?
いや、意識はしていなかった。「マラ Mara」は人類が受け継ぐ、羨望、怒り、不満などの感情をテーマとしているんだ。マラは仏教における魔王・悪魔で、人間を闇に導く存在だ。人間に対するエモーショナルなチャレンジを歌っているんだ。一方、前作のタイトルを『マラ Mala』としたのは、Malaという語句が世界中のさまざまな言語にあるからなんだ。仏教で使う数珠(マラ・ビーズ)やスペイン語の“悪”、セルビア語の“小さい”...そんな多様な意味を持たせたかったんだよ。
●日本ではマラは煩悩の象徴でもあり、男根のことを魔羅と呼びますね。
それは非常に興味深いことだ。性器はしばしば崇拝の対象となってきた。ヒンズー教のリンガとヨニもそうだし、子孫繁栄や肥沃な土地を象徴する崇高な存在なんだ。『マラ Mala』のさまざまな意味に日本語の“男根”が加わったことで、さらに深い意味を持つようになったよ(笑)。
●2017年5月の日本公演について教えて下さい。
バンド編成のライヴで、僕のソングライティングと同時に、サウンドの部分も楽しんでもらえるステージになる。楽しい涙と悲しい笑いに満ちたショーだから、たくさんの音楽ファンに来て欲しいね。ブギウギもあるから、ODORINAYO(踊りなよ)!
後編ではさまざまな音楽から受けてきたインスピレーションについて、デヴェンドラに縦横無尽に語ってもらおう。