<アフガニスタン>タリバン政権下 苦難のハザラ芸術家 「希望つなぐため描き続ける」(写真11枚)
復活したタリバン政権下、苦境に直面するハザラ人芸術家モハンマドさん。人物画が描けなくなるなか、彼が絵に寄せる思いを聞いた。(玉本英子/アジアプレス)
◆「これほど悲しい日はない」
タリバンがアフガニスタンの政権を掌握してから半年。カブールを見下ろす山に登り、歌声を響かせる男性がいる。芸術家のモハンマドさん(37)は、ハザラ人の伝統民謡に自らの心情を織り込む。
「助けを待ち焦がれ、この地を立ち去ってしまったあなた……」
迫害を恐れ、国外に逃れた友人たちに寄せた言葉だ。
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タリバンの目の届かないところで歌うモハンマドさんは、その動画をネットにアップする。自分が今もカブールにいる証しでもある。私はネットアプリを通じて、モハンマドさんと連絡を取りあってきた。タリバンがカブールを制圧した昨年8月、彼はこう記した。
「人生でこれほど悲しい日はない。私自身の存在が無になったようだ」
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◆タリバン政権復活で人物画描けず
美術研究所の講師を務め、絵画やデッサンを学生に教えてきた。画家としても評価され、旧政権の大統領宮殿に収められた作品もある。タリバンの取り締まりは芸術にも及ぶと直感し、肖像画など30枚を超える作品を密かに隠した。人物や生き物を描くことは、偶像崇拝につながるとみなされたからだ。
タリバンが統治を始めると、美術研究所は閉鎖となった。町中の肖像画の看板が、次々とペンキで塗りつぶされた。音楽も規制され、地元テレビやラジオから娯楽音楽番組は消えた。
◆「愚かなハザラ人」とののしられ
のちに、モハンマドさんは治安機関に連行される。「国外に脱出しようとする芸術家がいる」と密告されたのだ。拘束中は何度も殴打され、「愚かなハザラ人」とののしられた。モンゴル系の顔立ちのモハンマドさんは一目でハザラ人とわかる。地区の長老たちの仲介で、なんとか解放されたものの、いつまた捕まるか、との不安は拭えない。
シーア派が多いハザラ人は、これまでタリバンに迫害されてきた。復活したタリバン政権の指導部は、イスラム法の範囲内で少数派の権利などを保護するとしたが、実際は居住区から立ち退きを迫られるハザラ住民もいて、厳しい境遇に置かれている。
◆ISはシーア派ハザラ人を標的に
さらに、アフガン国内でも活動する過激派組織「イスラム国」(IS)が、シーア派ハザラ人への襲撃を繰り返す。礼拝所やバスが標的となり、数百人が死傷した。モハンマドさんの友人も襲撃の犠牲となった。
「ハザラであり、芸術家であることで、苦境が重なっている」と彼は言う。
◆アフガン細密画への影響も懸念
腐敗した前政権よりタリバンがましと思う人がいる一方、他宗派住民や女性など多くの人が過酷な状況に直面している。タリバン内部には国際社会からの財政支援を望み、社会統制の緩和に柔軟な姿勢を見せる幹部もいれば、宗教に厳格な強硬派もいる。
2月下旬、美術学部がある公立大学が再開された。アフガン細密画を教えてきたヘラート大学の教授は、人物画が禁止されるのは間違いないと述べ、「歴史あるアフガニスタンの芸術が失われようとしている」と危惧する。
◆「希望つなぐため描き続ける」
モハンマドさんの美術研究所は閉じられたままだ。妻と3人の幼い子どもを養うために、車を売ったお金でなんとか生活をつないできたが、「もう限界」という。
彼はいったんやめていた絵を、再び描き始めた。人物画ではなく、抽象画だ。「芸術に希望をつなぐために、私は描き続けます」と、思いを私に伝えてきた。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年3月8日付記事に加筆したものです)