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出生力に関してモデルとなる自治体はあるか?

筒井淳也立命館大学産業社会学部教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

はじめに

先日の記事では、出生力やその関連数値については都道府県のみならず、各都道府県内の自治体の水準でもかなりの多様性があることを示しました。

ではどういった自治体が出生力の観点から「優れて」いるのでしょうか。(データは先日の記事と同じく2010年の国勢調査をもとに、人口動態統計その他のデータを用いています。)

出生力が高い自治体

まず合計特殊出生率ですが、安倍政権が当面の目的としている1.8以上の数値を持っている自治体は110個あり、これは全自治体数1,893のなかの5.8%を占めます。とはいえ、このなかには人口規模が極めて小さい自治体が含まれていますので、ここでは試みに15-49歳の女性人口が2万人以上の自治体のみをリストアップしてみましょう。

表1 出生率1.7、生産年齢女性2万人以上の自治体のリスト
表1 出生率1.7、生産年齢女性2万人以上の自治体のリスト

この顔ぶれをみていて気づくのは、これらの自治体はいくつかのカテゴリーに分けることができる、ということです。多少恣意的ですが、表に書き込んでいます。ここでは、東海圏(愛知県の南部と浜松)、瀬戸内海沿岸の中規模都市、同じく西九州と南九州(沖縄含む)の中規模都市、その他に分けています。(ちなみに、政府が三世代同居政策を推し進める際に念頭に置いている福井の自治体は上記定義ではリストに入りません。)

さて、これらの都市の特徴とは何でしょうか。

出生力の高い自治体の特徴

まずその他のうち大阪市鶴見区ですが、ファミリー向けマンションが多いなどの地理的条件が重なっている可能性がありますが、はっきりしたことはわかりません。

「その他」2つの自治体と「西九州」2つの自治体を除くと、残りは「東海」「瀬戸内海沿岸」「南九州」のみに絞られてしまいます。ここから、出生力の高い自治体には一定の特徴があるのではないか、と推察できます。

そこで、産業別の従業者比率を示したグラフ(図1)を見てみましょう。これは、各カテゴリーに属する自治体の平均値を示したものです。参考までに、全国と東京都のデータも書き込んでいます。すると、ひとつの特徴が浮かび上がってきます。

図1 自治体カテゴリーごとの産業従業者比率
図1 自治体カテゴリーごとの産業従業者比率

まず東海圏ですが、圧倒的に製造業の従業者比率が高いことがわかります。トヨタ等の自動車産業が同地域に集中しているからでしょう。次に瀬戸内海沿岸ですが、やはり製造業の比率が高いです。さらに、医療・福祉従事者も多いことがわかります。南九州ですが、こちらも医療・福祉の従事者が全国平均よりも多いようです。

推測

先日の記事の都道府県別の出生数・出生率のデータ(図1)からもわかりますが、愛知県、特に南部は出生率・出生数ともに比較的高い例外的な位置にあります。また、別途行った分析からも、一般的に製造業やインフラ業の比率が高い地域では出生率も高いことが示唆されています。これは推察ですが、これらの地域では1970〜80年代的な「男性稼ぎ手」家族が存続しており、男性に比較的安定した雇用を提供する体制が続いている可能性があります。

次に南九州ですが、こちらの特徴は医療・福祉従事者の多さです。また、ここでは示しませんが、実はこの地域は三世代同居家族の比率が少ないことが特徴です。ここから推測できることは、高齢者のケアを家族以外のケア労働者に委託することが多いのではないか、ということです。

これは仮説に過ぎず、これからのより詳細な検討次第ですが、出生力の高い自治体の特徴を以上のデータから二つ挙げることができます。

ひとつには従来型のタイプの男性稼ぎ手世帯を維持できているかどうかです。これを仮に東海モデルと呼びましょう。

以前、愛知県のあるテレビ局のディレクターの方から、「愛知や名古屋から若い女性が東京に流出するが、あえて地元に残る女性について考えたい」といった趣旨の番組出演依頼をいただいたことがあります。その際申し上げたのが、いろんなデータから、愛知は女性の流出が比較的少ない地域であり、おそらく製造業が安定した雇用を男性に提供し、女性が主婦あるいは主婦パートになるという旧来的なライフコースがまだ健在なのではないか、ということでした。今回のデータもこのことのひとつの裏付けになっているように思えます。

もう一つは南九州モデルと呼びましょう。女性が医療・福祉で有償労働に従事し、ケアを外部化した上で子育てをしている傾向がみてとれます。実際、鹿児島は、人口10万人あたりの看護師・准看護師の人数が1,652人と、都道府県でトップです(全国平均は1,030人。データ)。製造業比率は決して高くなく、所得水準も決して高くない地域で高い出生力があるのは、こういった女性の雇用状況が背景に存在する可能性があります。

おわりに

多少恣意的な基準で「出生力が高い」自治体を選んだ上でいろいろな推測をしてきましたが、もちろんこれからのさらなる検討の呼び水でしかありません。ただ、少なくとも政府が推してきた「福井モデル」のみでは、自治体レベルの高出生力を説明できないことには注目してもよいかと思います。

立命館大学産業社会学部教授

家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書、2023)など。共著・編著に『社会学入門』(前田泰樹と共著、有斐閣、2017年)、『社会学はどこから来てどこへいくのか』(岸政彦、北田暁大、稲葉振一郎と共著、有斐閣、2018年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。

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