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「ジャンプ数減」は再投票、「宙返り」は議論せずに可決。ISUが目指すルールとは

野口美恵スポーツライター
ボナリーがバックフリップを跳んだ時は、解禁への動きはなかった(写真:滝口保/アフロスポーツ)

今年6月に行われた国際スケート連盟(ISU)総会は、今までのスケート界の常識をくつがえすものだった。「ジャンプ数を減らす」など大幅な改正案が出され、1度は採択されたものの異議があり「2年後に導入」という決着に。一方で、バックフリップ(宙返り)は解禁された。ISU総会とはどんな組織で、ルール変更とはどのように行われるのか。そしてISUが目指すものとは。

もともと、「ルール変更」は2年に1度、ISUの総会で決定される。採点の細かな部分は「コミュニケーション」という名称で毎年変更が認められるが、ルールの根幹に関わるものは、2年に1度のみ議論される。

2年に1度とは言っても、これまで「演技時間の短縮」や「出来栄え(GOE)が±3から±5」、「演技構成点(PCS)が5項目から3項目に」などの大きな改正は、五輪後という4年に1度のタイミングで行われてきた。トップ選手たちは、五輪を目指し、4年計画で戦略を立てている。五輪まで2年(実質的には1年8ヶ月)のタイミングでは変更しないことが、暗黙の了解だった。

ところが、2022年6月に就任したキム・ジョエル会長(韓国)が掲げた「ビジョン2030」の「より大衆から受け入れられる魅力的なスポーツ」という目標に向けて、ルール改正も、よりスピーディーに準備が進められた。5人の技術委員に加えて、コーチ代表としてパトリック・マイアー(スイス)、元選手代表としてコン・ハン(中国)が加わり、2年で議案を決定。今回の総会では、各国のスケート連盟が1票する投じるかたちで採決が行われた。

世界選手権でバックフリップを跳んだアダム
世界選手権でバックフリップを跳んだアダム写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

バックフリップ、ブランドロゴ解禁で、エンターテイメント化

その潮流のなかで、50年近いタブーを覆して解禁となったのが、バックフリップ(宙返り)だ。1970年代に「頭から落ちた場合に、大きな怪我をする可能性がある」という理由で禁止されて以来、解禁に向けた動きは、一度もなかった。違反と知りながらあえて跳んだのは、スルヤ・ボナリー(フランス)。引退を決めていた1998年長野五輪の演技中、ミスが多かったことから「もう優勝はない」と感じ、自分の存在を主張するために跳び10位となった。

その後、新採点方式になってからは、明確に「減点2」と規定された。ところが、昨季の欧州選手権と世界選手権でアダム・シャオ・イム・ファ(フランス)が跳び、現地の観客が大喝采。その反応をきっかけに、ISU側は「見ごたえのある技で、禁止する理由はない」とし、総会では、深い議論もなく、可決となったのだ。

しかし、スピード解禁となったことで別の問題が発生する。まずは周りの選手への危険性だ。試合直前の6分間練習でバックフリップを練習することは、周りの選手を怪我させる可能性がある。また氷に大きな穴が空けば、後に演技する選手の妨げになることもある。そしてジュニア選手にも解禁する必要があるのかどうかは、議論されなかった。

そして、評価方法も定まっていない。コレオシークエンスで行えば出来栄え(GOE)に反映され、つなぎの要素として行えば演技構成点(PCS)で評価される可能性があるが、現時点で「プラスに評価する」とは明記されていない。

まずは今季以降、どんな点が出て、挑戦する人は増えるのか。そして運営ルールはどうするのか。当面は、状況を見守ることになるだろう。

また、新たなルール変更としては、衣装にファッションブランドのロゴを表示できることになった。選手のスポンサー契約などに繋がることを期待しているという。

どちらの改正も、スケートのエンターテインメント化という印象を与える改正だった。

キャッチフットスピンをする中田璃士、今季なこの姿勢の後、かかとに乗って回る
キャッチフットスピンをする中田璃士、今季なこの姿勢の後、かかとに乗って回る写真:松尾/アフロスポーツ

スピンのレベル獲得に新たな特徴、中田璃士らが早くも挑戦

またスピンのレベル獲得については、ルール変更ではなく、毎年の細則更新として変更があった。まず「ウィンドミル」がレベル獲得の特徴からはずれた。頭が下に、脚が上になるように、ぐるりと回転する技。これは取り入れる選手があまりに多くなったためだ。

また新しい特徴として「難しいブレード」が加わった。スピンのバランスやコントロールに影響を与えるようなブレードの使い方ということで、例として、トウやかかとでスピンすることが示されている。

実際に、ドリーム・オン・アイス(6月28〜30日)では、24年世界ジュニア銀メダリストの中田璃士(15)はキャッチフットスピンをしながらかかとで回転する、新たな特徴を取り入れていた。また昨季までは大半の選手が取り入れていたウィンドミルは無くなり、そのぶん新たなスピンの姿勢などに取り組んでいる選手が増えていた。スピンは今季、新たな挑戦が見られそうだ。

「ジャンプ数減」「コレオスピン」2年後に

そして最も注目されていたのは、「ジャンプが7つから6つ」「コレオスピンの導入」などの大改正は、さらに予想外の流れとなった。

そもそも、このルール改正の目的は「より魅力的で個性的な演技」を引き出すこと。ジャンプ数を減らすことで、表現面にあてる時間を長くする。また、スピンの1つをレベル獲得のないコレオスピンにすることで、より個性的で自由なスピンに挑めるようにする。内容的には、各国から賛成の反応が多かったが、導入時期としては「やはり五輪後が望ましい」という声が大きかった。最終的には多数決で「ジャンプ数の削減」「コレオスピンの導入」「ペアでのコレオリフト導入」は、26-27シーズンからとなった。つまり、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の後となる。

もし今季に導入されていれば、選手は急遽、ジャンプ数を減らしたプログラムに作り変えなければならない。また、これまで取り組んだことのないコレオスピンを練習することになる。今季の導入を見送ったのは、賢明な判断だろう。

4回転アクセルを武器に世界チャンピオンとなったイリヤ・マリニン
4回転アクセルを武器に世界チャンピオンとなったイリヤ・マリニン写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

AI導入は話題にならず、ジャンプの基礎点も変更なし

一方、選手やファンの間で話題になってきたルールについては、どれも議題として上がらなかった。

その1つが、回転不足の判定の公平性だ。昨季は、選手や試合によって判定の厳しさに差があることが、話題になった。技術委員が目で判断するという曖昧さから、公平性が問題に。公平で客観的な判断基準のためにはAI導入が望ましいが、ISUとしては予算を理由に導入を見送っている。2024年世界選手権のキム会長による会見では、記者からAI導入についての質問があったが、会長自身は回答を避け、導入に関して積極的ではない姿勢が明確になった。

また、ジャンプの基礎点についても、ここ数年注目が集まっている。まず4回転アクセルが難度のわりに基礎点が低い、という意見は多いが、今回の議題にはならず。また「4回転ループとフリップ、ルッツの基礎点を同じにする」という、議題になったことのある案件も、復活することはなかった。

ISU総会自体は、オンラインで公開されており、議論の内容を見ることができる。透明性のある議会を実行している一方で、ファンの声はなかなか届きにくいと感じられるのも事実。少しでも、フィギュアスケートが前進し、より魅力的なスポーツになるために。今後もISUの取り組みを見守っていきたい。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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