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俳優・志尊淳氏や元オリ戦士・西浦氏の病気を中傷するDM 罪に問うのが難しい訳

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 心筋炎を患った俳優の志尊淳氏に「病気で死ねばよかったのに」とのダイレクトメッセージが送られてきたという。難病で引退した元オリックス・バファローズの西浦颯大氏にも差別用語を用いたDMが届いている模様だ。

どのような事案?

 志尊氏はインスタグラムのアカウントにそうしたDMを送りつけられたとのことで、「構ってほしいのかなんなのかはわからないけど、いくらスルースキルを持っていたとしても悲しいし、こういうので気づかないうちにストレスが溜まったりするものです」と述べている。

 一方で「このようなメッセージは一部で、いつもメッセージやコメントを頂いている皆さんからは元気もらってます。ありがとうね。争わないでね」とも呼びかけている。

 西浦氏の場合はツイッターのアカウントであり、身体の一部に欠損があることを意味する差別用語とともに「病気に選ばれておめでとうございます」などと書かれたDMが送りつけられたという。

 若くして国指定の難病である特発性大腿骨頭壊死症を患って苦しみ、引退に追い込まれたことを揶揄(やゆ)するもので、西浦氏がツイッターで読売ジャイアンツの選手の練習方法を批判したことなどがきっかけとは言え、一線を越えた悪質なDMにほかならない。西浦氏も「訴えないとでも思ってんのか!」と憤っている。

「公然性」がネックに

 ただ、多くの人の目に触れる誹謗中傷の投稿やツイート、引用リツイート、コメントなどと異なり、こうした本人あてのDMを罪に問うことは難しい。「ネット中傷」は刑法の名誉毀損罪や侮辱罪で立件されることが多いものの、不特定または多数の者が認識できる状況下での発言であることが犯罪成立の要件となっているからだ。

 すなわち、名誉毀損罪は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は…」と規定され、侮辱罪も「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は…」と規定されている。「公然」である場合に初めて相手の社会的な評価が下がるからだ。特定少数の者に対する発言でも不特定多数の者に伝わる可能性があれば公然性ありと認められるが、あくまで例外にすぎない。

 そうすると、インスタグラムやツイッターといったSNSの個人アカウントあてに誹謗中傷のDMを送りつけたとしても、それだけではその内容が他のユーザーの目に触れることはないから、「公然」の要件に該当しない。志尊氏も西浦氏も受け取ったDMのスクリーンショットを自らのアカウント上に掲載しているものの、これでは送信者によって公開されたことにもならない。

発信者情報の開示も困難

 それこそ、「殺すぞ」「爆破する」といった脅しのDMであれば、脅迫罪や威力業務妨害罪などを適用できるが、「病気で死ねばよかったのに」「病気に選ばれておめでとうございます」といった内容だとこれらにも当たらない。

 さらに、刑事告訴や民事の損害賠償請求の前提となる発信者情報の開示すらも難しい。プロバイダ責任制限法により、開示請求の対象となるのは不特定の者によって受信されることを目的とする「特定電気通信」に限られているからだ。ブログや掲示板、SNSの書き込みなど、ネット上で不特定の者が閲覧できる情報発信を意味するから、1対1の通信であるDMは開示請求の対象外ということになる。

 目まぐるしく進化するネットの世界に法律が追いついていない典型例であり、DMによる誹謗中傷の場合、今のところ「捨て垢」は無視して一切やり取りをしないとか、SNSの運営会社に自ら通報し、支援者にも通報を呼びかけるとか、相手のアカウントをブロックするといった対処方法をとるほかない。

度が過ぎたら条例違反に

 ただし、東京都の迷惑防止条例のように、自治体の中にはストーカー規制法ではカバーできない類いの「つきまとい行為」を条例で処罰の対象としているところもある。

 例えば、ブロックされたにもかかわらず、同一人物がアカウントを変えてメッセージの送信を続けるなど、不安を覚えさせるような行為を反復することだ。専ら相手に対する恨みなど悪意の感情を充足する目的で行われた場合に限られるが、東京都だと最高で懲役1年、罰金でも100万円以下に処される。

 現に、タレントの堀ちえみさんのブログに159回にわたって「がん再発すると良いですね」などと誹謗中傷のコメントを書き込んだ女が、この条例違反で書類送検された例もある。

 コメント欄は管理者が承認しない限り公開されず、この女のコメントも他のユーザーの目に触れなかったため、名誉毀損罪や侮辱罪を適用できなかった。それでも、悪質性が際立っていたことから、条例違反で摘発されたというわけだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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