イギリスの自動車博物館を巡って思う。自動車大国、日本に国立の自動車博物館がなぜ無い?
EU残留か離脱かの是非を問う国民投票が行われようとしているイギリスに来ている。今回は自動車を中心に「博物館」を巡り、クラシックレーシングカーの祭典「グッドウッドフェスティバル・オブ・スピード」を取材する。イギリスの自動車、バイク、そしてモータースポーツの歴史を感じる旅だ。まずは2つの博物館を紹介しよう。
残された遺産が歴史を語る、ブルックランズ
ロンドン・ヒースロー空港に降り立ち、レンタカーを借りて30分ほどで到着できるロケーション、ウェイブリッジにあるのが「ブルックランズ・ミュージアム」。ブルックランズと聞いてピンと来る方は相当なクルマ好きだろう。そして、モータースポーツファンなら相当マニアな方かもしれない。ここはF1イギリスGPの観戦や旅行で渡英する際には是非とも立ち寄って欲しい場所だ。
「ブルックランズ・ミュージアム」にはマクラーレン・ホンダやジョーダン・ホンダなど日本のF1ファンによく知られるマシンはもちろん、マニアにはたまらないウォルターウルフのWR7(1979年)など多数のレーシングカーが展示されている。このミュージアムの特徴は展示されているレーシングカーの大半が50年以上前のものであること。その理由は「ブルックランズ」という場所が自動車、バイク、モータースポーツの歴史において重要なターニングポイントとなった場所だからだ。
実は「ブルックランズ」は1907年、(純粋なサーキットとして建設された)世界で最初の施設だ。世界最古のサーキットとしては1903年から自動車レース場となったアメリカの「ミルウォーキーマイル」が有名であるが、これは競馬場から転用されたダート路面のコースであり、舗装されたサーキット(周回コース)という意味では英国の「ブルックランズ」が元祖。ミュージアム敷地内には高さ29フィート(約8.8m)のきついバンクがついたオーバル状(楕円形)のコースの一部が保存されている。オーバルというと世界三大レースのひとつ「インディ500」を開催する米国「インディアナポリス・モータースピードウェイ」がよく知られるが1909年の建設の際に参考にしたのが「ブルックランズ」だったと言われる。
「ブルックランズ」は世界最初の常設サーキットであり、イギリスの自動車史、モータースポーツ史においても重要な役割を果たした。そもそも公道を封鎖して行うのが当たり前だった自動車レースの世界に「常設サーキット」という概念を持ち込んだのには理由がある。1800年代後半まで極端な速度規制を定める法律が邪魔をし、イギリス本土で自動車レースの開催が禁止されていたのだ。この「ブルックランズ」の開設は英国車の性能向上に大きく貢献しただけでなく、のちにイギリスがモータースポーツの世界で大きな影響力を持つことになる原動力となった。そして、1926年、イギリスは「ブルックランズ」で念願の「グランプリ」(国際自動車レース)を開催することになる。
数多くの展示車の中で強い存在感を示すのが英国車の代表「ベントレー」のスポーツカー、「ベントレー・スピード6」だ。1920年代後半のフランス・ルマン24時間レースにワークスチームを出場させ、4連覇を成し遂げる栄光の歴史を築いたベントレー。現在は高級車ブランドとしてのイメージが強いが、元々はモータースポーツの世界で英国代表として戦っていた歴史を持つ。「ブルックランズ」という高速走行性能の向上に適したハイスピードオーバルコースが存在しなければ英国車の栄光は無かったかもしれない。この「ブルックランズ・ミュージアム」はそんな時代の苦闘の歴史を様々な角度から伝えてくれる。
《Brooklands Museum》
Brooklands Museum Trust Limited, Brooklands Road,Weybridge,Surrey KT13 0QN
国立自動車博物館の素晴らしい展示
歴史と伝統を重んじるイギリスには様々なジャンルのミュージアムが点在する。自動車博物館も多数あるが、イギリスでの最高峰とも言える施設が「ナショナル・モーター・ミュージアム」(国立自動車博物館)だ。イギリス南部・ハンプシャーのビューリーという小さな田舎町にある博物館で、ヒースローからは車で1時間半ほどかかる。1950年代にオープンしたこのミュージアムは「国立」と言えども、元々は周辺の土地を所有する貴族、モンタギュー卿の自動車コレクションから始まっている。
このミュージアムは貴族所有の敷地らしく、優雅な雰囲気が漂う広大な森や庭園の中に存在する。さほど大きくない建物の中にはドイツの自動車の父、カール・ベンツが1886年に作ったガソリン3輪自動車「ベンツ」のレプリカから、ヨーロッパのメーカーを中心にありとあらゆる時代の自動車、バイクが250台以上展示されている。
モータースポーツの展示も多い。スティーブ・マックイーン主演の映画「栄光のルマン」でお馴染みのレーシングカー「ポルシェ917K」(1969年)は特に目を引く。この個体は映画の撮影中にクラッシュし、ポルシェによってリビルドされて、のちに1971年のデイトナ24時間レースで優勝した貴重な1台だそうだ。この他にも「マクラーレン」「ウィリアムズ」「ロータス」などのF1マシンの姿が目を引く。1980年代のルマンを戦った「ジャガー」のグループCカーの姿も当時を知るファンにはたまらないだろう。
展示車の前の解説ボードも実に丁寧に書かれており、1台1台の車やバイクを、ゆったり時間をかけて見たいミュージアムだ。ロンドンからはかなりアクセスが悪いが、感動的な展示に心打たれることは間違いないだろう。
なお、このミュージアムには日本でも人気のクルマ番組「トップギア」(BBC)のパビリオンもあり、ちょっと古めだが「トップギア」のお馬鹿な企画の歴史を彩ってきた珍車を楽しむことができる。
《National Motor Museum 国立自動車博物館》
John Montagu Bldg、Beaulieu、Brockenhurst, Hampshire SO42 7ZN
日本にも国立自動車博物館を
上記のようなイギリスの自動車関連ミュージアムを訪問すると、いつも疑問に思うことがある。なぜ、我が国、日本は数多くの自動車メーカーが存在するにも関わらず「国立」の「自動車博物館」が存在しないのか。これは一人の日本人として素朴な疑問だ。東京オリンピックが開催される2020年までに訪日観光客4000万人を目標に「観光立国」を目指している日本。外国人に人気のアニメや「おもてなし」ホスピタリティも大いに魅力的だが、せっかくこれだけの外国人観光客が訪日しているのだから、もっと主幹産業である自動車産業をアピールするべきではないかと思う。
国内の「自動車博物館」は自動車メーカー単体や個人のコレクターが建設した施設に頼りきりだ。トヨタは愛知県長久手市に「トヨタ博物館」があり、ホンダは「ホンダコレクションホール」を栃木県ツインリンクもてぎに所有し、どちらも素晴らしいコレクションを楽しむことができる。しかし、都市部にあるわけではなくアクセス面で難があり、日本車が好きな外国人が訪日しようにもハードルが高い。
上記のようなイギリスの博物館もレンタカー移動が基本になるが、ラウンドアバウト交差点さえ慣れれば快適に運転できるイギリスの道は日本に比べてもずっと楽だ。しかも、4つも5つも先のかなり前の交差点から博物館への標識が出てくること。いかにして「自動車の展示」を見せたいと思っているか、「自動車」が国の重要な財産であるが伝わってくるものだ。
そして、イギリスは自国の製品に対する歴史の再認識と誇りを感じることができるのが素晴らしい。自動車の性能向上に大いに寄与してきたモータースポーツへの挑戦を誇り高き歴史として認識し、古くなったクルマの価値、それがあったからこそ今があるという事実を再認識できる。この部分は今の日本に最も欠けている部分ではないだろうか。こういう違いは、よく「文化の違い」と結論付けられることが多いが、日本はそれを語り始めて既に30年くらいになり、一向に変わる気配がない。いつまでもこんな話を繰り返していては、自動運転の時代を迎えた時、車そのものの歴史と価値を認識できない日本の自動車産業に未来は無いと感じる。
何も大量の国家予算を投下する必要はないのだ。イギリスの博物館は「国立自動車博物館」を含めて多くの予算は寄付でまかなわれている。「国立自動車博物館」の展示車は個人でもスポンサーになることができ、価値を見いだせる人の寄付金によって後世のために保存されている。日本の自動車メーカーが作った名車、歴史的価値のある車が公共の施設に展示されることで、資産としての税金を免除されるならば、後世に残される日本の車、バイクはもっと多くなるはずだ。そんなことを感じたイギリスの自動車博物館巡りだった。