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世界の民主主義に寄与…韓国国民が「ろうそくデモ」でドイツの人権賞を受賞

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
「ろうそくデモ」に参加する中学生たち。老若男女が参加した。昨年11月筆者撮影。

フリードリヒ・エーベルト財団の人権賞を受賞

人権賞を授与したのはドイツのフリードリヒ・エ−ベルト財団。「ドイツ(ワイマール共和国)初代大統領であるフリードリヒ・エ−ベルトの政治的な遺産を受け継ぎ、社会民主主義の核心的な価値である自由、正義、連帯に重点を置き」(同財団HP)活動している。

1925年に誕生した歴史ある同財団の人権賞は1994年に制定された。これまで民主主義と人権、平和の促進に貢献した23カ国の団体、政治家、ジャーナリスト、活動家などが受賞している。

15日、「朴槿恵政権退陣、非常国民行動記録記念委員会(以下、退陣行動)」のプレスリリースによると、今回受賞したのは「韓国の国民」となっている。

10車線の大通りを埋め尽くす「ろうそくデモ」の市民たち。昨年11月筆者撮影。
10車線の大通りを埋め尽くす「ろうそくデモ」の市民たち。昨年11月筆者撮影。

「退陣行動」とは、韓国の2000以上のNGO(非政府組織)による連合体だ。簡易トイレの設置から公演する歌手の手配、毎週ごとの広報、さらに現場でのゴミ掃除にいたるまで、デモのインフラを整えることに尽力し「ろうそくデモ」を成功に導いた。

「退陣行動」があったからこそ、市民は手ぶらでデモに参加できた。ではなぜ同財団は「退陣行動」ではなく、デモに参加した韓国の国民を選んだのか。

「平和的な参与権の行使と集会の自由の重要さを、世界に刻んだ」

16日午前、ソウル市内でフリードリヒ・エーベルト財団と「退陣行動」は合同で記者会見を開き、受賞の背景を説明した。その席で同財団のSven Schwersensky韓国事務所長は受賞理由について以下のように語った。

記者会見を行う、同財団の韓国事務所長(右)。16日、筆者撮影。
記者会見を行う、同財団の韓国事務所長(右)。16日、筆者撮影。

躍動的な民主主義の実現は、あらゆる国民が普遍的に保障された人権を、すべて享有することを前提にする。

民主的な参与権の平和的な行使と、特に平和的な集会の自由は、生きた民主主義における必須の要素だ。韓国の国民たちによる「ろうそくデモ」が、この重要な事実を世界の市民たちに刻む契機となった。

また「ろうそくデモ」は模範的な方法で、法治と民主主義への意志と献身を表した。数百万人の市民が真冬の寒さの中、週末ごとに集会の自由を守るために路上を埋めた。

韓国の市民は民主的な「参与(参加)」についての新しい基準を打ち立てた。わが財団の賞は「参与」を称える賞であるため、「ろうそくデモ」に参加した全ての方々に対し、賞を授けることにした。

わが財団の賞はデモに参加した全ての人にとっては小さい賞に過ぎないかもしれないが、個人にとっては大きな賞になり得る。市民にとって少しでも力になれれば嬉しい。

なお、同財団が特定の個人や団体ではなく、一国の国民全体を賞の対象としたのは今回が初めてだという。授賞式は今年12月5日にドイツ・ベルリンで行われる。賞金は2万ユーロ(約270万円)だ。

「ろうそくデモ」とはなんだったのか?

昨年10月末にはじまり、12月9日の国会での弾劾決議案の可決、そして今年3月10日の憲法裁判所による朴大統領の罷免認容まで、韓国市民は23週にわたって路上に立ち続けてきた。

「ろうそくの命令だ!朴槿恵は即時退陣せよ!」と書かれた横断幕。昨年12月筆者撮影
「ろうそくの命令だ!朴槿恵は即時退陣せよ!」と書かれた横断幕。昨年12月筆者撮影

筆者は約半年間、ソウルで行われたデモを全て取材し「韓国大統領選2017」というサイトを通じ発表してきたが、11月半ばころまでは、デモが大統領退陣に結びつくと本気で考えていた市民は多くなかったように思える。

だが振り返ると、この一連の政局を動かしたのは「ろうそくデモ」の力であった。デモの力が及び腰であった政治家と国会を動かし、早期大統領選挙を実現させたのだった。

特に11月と12月初頭に野党政治家が態度を決めかねる中、100万、190万、230万人(いずれも主催者発表)と膨れ上がるデモが世論となり、政治家を叱咤し、分裂する野党をまとめ、弾劾可決へと政局を引っ張っていった記憶は生々しい。今や大統領の文在寅(ムン・ジェイン)氏も重い腰を上げた一人だ。

デモのきっかけが「朴槿恵−崔順実(チェ・スンシル)ゲート」という一大スキャンダルの暴露とはいえ、背景には朴槿恵政権の4年に対する強い不満があった。格差の拡大、大統領の独断と密室政治、セウォル号事故の真相究明など材料には事欠かなった。

大統領官邸へと向かう地下鉄の出口を封鎖する完全武装の警察。昨年11月筆者撮影。
大統領官邸へと向かう地下鉄の出口を封鎖する完全武装の警察。昨年11月筆者撮影。

しかしデモを通じ、警察と大きな衝突になったことはなく、死者はもちろん大きな負傷者も出なかった。「退陣行動」と参加者が徹底して平和デモにこだわった結果だ。

もっとも、デモの成果がかんばしくない無い時期には「デモ慣れ」した市民から「もっと過激に」との声も出た。だが、これまでデモに参加したことのなかった市民の心情を優先し、平和路線を維持することが成功につながった。

ろうそく1周年で何が見えるか

それでは「韓国の民主主義に新たな活力を吹き込み、数週間にかけて平和的な集会の権利を行使してきたすべての方々の代理として、この賞を受け取ることになった」、「退陣運動」側はどう見ているのか。

記者会見の様子。多くの報道陣が詰めかけた。16日、筆者撮影。
記者会見の様子。多くの報道陣が詰めかけた。16日、筆者撮影。

16日の記者会見には、その間「退陣運動」の中心となってきたNGO団体の代表も顔を揃え、それぞれの所感を語った。

韓国の大手環境NGO「環境運動連合」のクォン・テソン代表は「韓国のろうそくデモを国際社会が評価してくれたことを嬉しく感じる」と語る一方、左派系運動団体「韓国進歩連帯」のパク・ソグン代表は「まさに韓国の国民が受賞した賞だ。デモの現場にいた人たちだけでなく、テレビやネットを通じ見ていた人にも等しく与えられたものと考える」と喜んだ。

実際、15日に受賞が知られるや、韓国のネット掲示板やSNSでは喜びの声が相次いだ。韓国の国民が対象であるため、ろうそくを掲げた人々の多くが賞について検索し、検索キーワード上位に進出するほどだった。

だが、記者会見に臨んだ活動家の口からは現状を危惧する声も出た。著名な人権運動家のパク・レグン氏は「ろうそくデモは一段階の成功に過ぎない。社会の公共性を回復し、積弊が精算されるまでろうそくを掲げ続ける必要がある」と訴えた。

「退陣運動」は今月28日に、ろうそくデモ一周年を迎え、新たな社会運動をスタートさせると息巻いている。だが、市民がどれだけ呼応し、どの程度の規模の運動になるのかは現状では未知数だ。

朴槿恵大統領罷免直後の市民の様子。笑顔があふれた。今年3月10日、筆者撮影。
朴槿恵大統領罷免直後の市民の様子。笑顔があふれた。今年3月10日、筆者撮影。

そしてその規模こそが、昨年、ろうそくを掲げた多くの市民が一年前と比べ、社会をどう認識しているかを測るバロメーターになるだろう。

フリードリヒ・エーベルト財団のホームページには「民主主義には民主主義者が必要だ」という同大統領の言葉が紹介されている。韓国社会は未だ発展途上であるが、「ろうそくデモ」とはまさに、民主主義者を育てる場であったことは間違いない。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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