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映画『カイロ宣言』の主役が毛沢東!――どこまで行くのか、中国の歴史改ざん

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

9月3日に公開される中国の映画『カイロ宣言』のポスターの主役が、蒋介石に代わって毛沢東になっている。あまりの荒唐無稽に、中国のネットでは毛沢東の顔を金正恩に置き換えたりするコラージュが流行っている。

◆カイロ宣言のとき毛沢東は延安で大量粛清中だった

カイロ宣言は、今さら言うまでもないが、1943年11月22日からエジプトのカイロで開催された米英中三カ国代表による対日戦後処理に関する会議だ。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領の呼びかけでイギリスのチャーチル首相と中華民国・国民政府の蒋介石主席の3人で開催した(蒋介石が総統になるのは1948年5月)。

ソ連の最高指導者(ソ連共産党書記長)だったスターリンが蒋介石に会いたくないと言ったため、テヘランで11月28日から蒋介石抜きで米英ソ三カ国会議を開き、12月1日に対日戦後処理に関する「カイロ宣言」を出している。

このとき毛沢東は延安にいて、「延安整風」という大粛清を行っている真っ最中だった。

延安は中共軍が国民党軍に追われて、「長征」と呼ばれる逃亡の末に行きついた陝西省の山岳地帯である。道が険しいことから、日本軍の攻撃からも国民党軍からの攻撃からも遠く、中共の安定的な陣地として、割合に戦いのない日々を送っていた。

ところが1942年2月、毛沢東は「党の気風を整え改善しなければならない」ことを名目に、毛沢東にとって「気に食わない」共産党員の粛清を始めた。このときに殺された党員は(一般人民も含めて)1万人以上。ほとんど全員が冤罪だ。

この粛清運動は1945年5月まで続き、毛沢東による恐怖政治の始まりとなっている。

毛沢東らは国民党軍が日本軍と戦ってボロボロに弱体化するのを待っていた。

日本軍はソ連のスターリンがアメリカとタイアップして敗北させてくれるだろう。

毛沢東にとっては、日本敗戦後に中共軍が国民党軍を打倒したとき、新しく誕生する国家(中華人民共和国)の帝王に誰が立つか、それこそが最大の関心事だった。

だから、それまで国民党軍との長い内戦の中で、ともに戦ってきた仲間である共産党員を粛清することに没頭していたのである。

カイロ宣言とは無縁の場所で、無縁の日々を送っていた。

◆毛沢東の顔を金正恩に置き換える中国のネットユーザー

だというのに、抗日戦争70周年記念日である9月3日に封切するとされている映画『カイロ宣言』(中国文字では「開羅宣言」の簡体字)のポスターに、毛沢東の顔がクローズアップされている(うまくリンクできない時には、つぎの「コラージュ」をクリックして頂ければ、その中にある)。まるでカイロ宣言の主役的役割を果たしたのは「我が毛沢東」と言わんばかりだ。

いくらなんでも、それはないだろう――。

カイロ会談まで、蒋介石に代わって毛沢東が参加したということになるのか?

さすがの中国大陸のネット空間も驚きを越えて、「笑い」始めた。

そこで中国のネットユーザーが毛沢東の顔を北朝鮮の金正恩に代えたり、「えっ、カイロ会談に参加したのが毛沢東だっていうんならば、俺が参加したってホラ吹いても、アリじゃない?」というコラージュが、中国大陸のネット空間に一気に広がっていったのである。

ここでお示ししたコラージュは、中国大陸の、あの検閲の厳しい「百度空間」の画像だ。

「新開羅宣言」(新カイロ宣言)という、やけっぱちのものもある。

蒋介石とルーズベルトの間に毛沢東のイラストが描いてある。左から2番目だ。

この映画を制作したのは中国人民解放軍の「八一映画製作所」。

中国人民解放軍を管轄しているのは中央軍事委員会。

中央軍事委員会の主席は、ほかならぬ習近平主席である。

習近平主席が、この映画のチェックまでタッチしたのか否か疑問ではあるが、しかし、この歴史改ざんの責任は、立場上、取らなければならない。

◆中共がいかに歴史を改ざんしているかの証拠

ただ筆者にとっては、このポスターは実にありがたい存在だ。

中国共産党がいかに日中戦争時の事実を改ざんしているかを、如実に証明してくれるからである。

筆者は中国で生まれ育ち、日本敗戦後の国民党と共産党との間の国共内戦(革命戦争、または解放戦争とも)を経験し、死体の上で野宿した経験を持つ。そのとき中共軍は長春を市ごと食糧封鎖し、数十万人の無辜の民を餓死に追い込んでいる。この事実を認めない中国に対して、中国共産党とは何だったのか、毛沢東とは何だったのかを追い求め、真実を明らかにしようと、執筆活動に力を入れてきた。

その結果得た真実は、いま中国が宣伝している美談とは、あまりにかけ離れたものである。

これは、少なからぬ中国人にも、また中国の宣伝で洗脳されてしまっている一部の日本人にも、到底受け入れられないものかもしれない。

しかし、このような映画までが制作され、抗日戦争70周年記念日に公開されるという「国家事業」までが行われるのを知るにおよび、さすがに、そういった「洗脳されて真実を見る感覚を持ち得なくなってしまっている人々」も、中共の歴史改ざんを理解してくれるのではないだろうか。

筆者は反中でもなければ反共でもない。

そのようなイデオロギー的主義主張ではなく、ただ「真実を見よう」としているだけである。

歴史改ざんは中国にとっても最終的にはダメージを与えるし、「歴史カード」をいつまでも日本に突きつけてくるのは、日本人の中に反中的感情を巻き起こすだけで、いかなるいい結果をも生まない。

9月3日に向けて、中国のメディアは燃え上がらんばかりだ。

静かに客観的事実を見る視点を持つ日が来ることを祈る。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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