Yahoo!ニュース

記録達成アーモンドアイのルメールが、自分でも気付かなかった事と翌日の行動とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
G1・8勝目をあげたアーモンドアイ。鞍上はルメール(写真:日刊現代/アフロ)

秋華賞以来のプレッシャー

 「自分でも気付かないほど大きなプレッシャーがかかっていたのだと分かりました」

 クリストフ・ルメールはその瞬間を思い出し、そう語った。

 アーモンドアイとコンビを組んで3年と少し。今春の安田記念まで彼女の全13戦中12戦に跨って来た。ジャパンCやドバイでのドバイターフなど7つのG1を勝って来たが「最もプレッシャーを感じたのは……」とパートナーは口を開いた。

 「秋華賞です。京都競馬場の内回りコースはアーモンドアイにとって決して良い条件ではないと思えました。でも3冠が懸かっているレースなので負けるわけにはいかない。そう思うとレース前の1週間は色々なレースパターンを考えて凄くプレッシャーになりました」

ルメールが「とてもプレッシャーを感じた」と語る秋華賞でのアーモンドアイ
ルメールが「とてもプレッシャーを感じた」と語る秋華賞でのアーモンドアイ

 一方、8度目のG1制覇というJRA記録の懸かった今回はどうなのか?

 「勿論、今回もプレッシャーはありました。1週間前はまだ大丈夫だったけど、日が近付くにつれ、新記録に対するプレッシャーを感じました。彼女のキャリアはもう何戦も残されていない中で新記録を達成しないといけない。でも強敵が揃っているのでミスは出来ません」

 だから3冠の時とは違う重圧を感じたと言うが、そんな主戦騎手を見た調教師の国枝栄は笑いながら次のように言った。

 「追い切りに乗ってもらった時はニコニコしていました。当日のパドックでも気負っている感じはなかったので『頼むね~』としか伝えませんでした」

終始リラックスした素振り

 肝心のアーモンドアイに関し、指揮官は次のように続けた。

 「装鞍所からずっと大人しかったです。スイッチが入ると暴れちゃう事もあるけど、今回はジッとして、終始お利口さんにしていました」

 これには鞍上も同意した。

 「パドックはすごく静かだったし、返し馬も良い動きだけどエキサイトせずに走ってくれました」

 先述した通り国枝は「スイッチが入ると暴れちゃう」と語ったが、そうならないようにという舵取りは、もちろん常にしている。

 「調教は出来る限り他の馬が少ない時間帯を選んだり、うるさい場所に行かなくてはいけない時は2人がかりで曳いたり。そうする事で、なるべく余計なスイッチが入らないようには心掛けています」

「なるべく他馬がいない時間帯を選んだ」と国枝が語るアーモンドアイの追い切り
「なるべく他馬がいない時間帯を選んだ」と国枝が語るアーモンドアイの追い切り

 パドックだけメンコを二重にするのもそんな一手。ゲートの裏で1枚を脱がした時の模様をリーディングジョッキーは述懐する。

 「外してもエキサイトする事なく落ち着いていました」

 ゲートインを目前にした輪乗りの間も、ルメールは全神経を鞍下に集中していた。

 「安田記念の前はゲート裏でゆっくり歩かせられませんでした。少し興奮してチャカチャカした結果、出遅れました。今度はそうならないように気をつけていたら、ゲートへ入る時もリラックスしていました」

 「今度はそうならないように」と鞍上が考えたのには理由があった。

 「メンバーを見渡したところスローペースになると思いました。だから後手を踏んで後ろからになるのは避けたかったんです」

 結果、ゲートインした後も変わらぬパートナーを見て「普通にスタートを切れる」と確信した。

 その様を凝視していた国枝は次のように感じていた。

 「奇数枠(9番)で早目に入って、根岸(真彦、担当する調教厩務員)がゲートを出た後は心配でした。でも、大人しくしていたので早く前扉を開いてほしいと思っていました」

 結果、2人の思惑通り、好スタートを切った。

 「ヨシ!と思った」という国枝に対し、ルメールには二律背反の想いが生まれていた。

 「好スタートだったので前に壁を作れませんでした。しかも外よりの枠だったので最初の300メートルは少し力んでいました。ずっとこの位置だったらヤバいと思いました」

 そこでまずはダイワキャグニーの後ろに入れる事にした。向こう正面でそこへいざなえた。すると……。

 「アーモンドアイが冷静になりました」

アーモンドアイとルメール(コロナ禍前に撮影)
アーモンドアイとルメール(コロナ禍前に撮影)

戦場の最前線で鞍上が考えた事

 流れは予想通り遅かった。だから折り合いに専念した。そうして迎えた3コーナー。外からミルコ・デムーロの乗るジナンボーが上がって来た。そのシーンを見た国枝は思った。

 「フタをされるのは嫌だと思って見ていたら、ルメさんが少し外に出して進路を確保しました。その分『仕掛けるのが少し早くなっちゃったかな?』と感じました」

 外からそう見えた瞬間も、鞍上は全く違う感情でコントロールしていた。ルメールの弁。

 「ミルコが来た時に先に動いて大外に出そうかと一瞬、考えました。でもさすがにここで動くのは早いと思ったし、東京コースは直線が長いからまだ我慢しようとキープしました」

 こうして直線に向く。絶好の手応えを見て国枝が「ヨシヨシ」と思ったその時、鞍上も記録に近付いた手応えを感じていた。しかし、同時に“だからこそ”慎重になった。

 「『勝てそう』とは思ったけど、G1で強い相手が揃っていたので、最後まで集中しようと思いました」

 戦場の最前線に於いても俯瞰して戦局を見られるのがトップジョッキーたる所以。しかし、冷静な判断力という意味ではこれはまだ序の口だった。

 ワンテンポおいてから右鞭を入れると、手前を変えながら内へササッた。そこで再びひと呼吸置いてから叩くとまたササッた。そのためすかさず左手に鞭を持ち替えた。今度は内から叩くと、矯正されるように真っ直ぐ走った。冷めた頭と熱い身体。冷静に考察しながら華麗なステッキワークで躍動した鞍上は述懐する。

 「調教でも過去に何度かササりました。だから慌てる事なく対処出来ました」

 こうして真っ直ぐに走ったアーモンドアイだが、後続から迫る蹄音が一完歩ごとに大きくなるのを、鞍上の耳が捉えた。

 「どの馬かは分からなかったけど、何か来たのは足音で分かりました。ゴールが目の前に見えていたので『もうちょっと頑張ってください!!』と頭の中で唱えながら追いました」

 最後の数完歩、鞭を入れる事なく追うのはいつものルメールのスタイル。この場面を国枝は次のように思いながら見ていた。

 「最初、クロノジェネシスが迫って来て、その後、それ以上の脚でフィエールマンが来ました。一瞬『ん?!』って思ったけど、差されるとは思いませんでした」

8度目のG1制覇を決めたアーモンドアイ(中央橙帽)(撮影:日刊現代/アフロ)
8度目のG1制覇を決めたアーモンドアイ(中央橙帽)(撮影:日刊現代/アフロ)

自分でも気付かなかった事

 その通りの結果が待っていた。追い上げて来たフィエールマンを半馬身振り切ってアーモンドアイは前人未到の8度目のG1制覇を成し遂げてみせた。ゴールしてすぐに横を見たルメールは、追い上げて来たのが、コンビでG1を3勝したフィエールマンだった事を知り「ドキリとした」。

 「フィエールマンが素晴らしい馬なのはよく分かっていました。でも僕はアーモンドアイに乗ったのだから彼に負けてはいけないと考えていました」

 思えば最初にG1最多勝の新記録を懸けて挑んだ安田記念ではお手馬グランアレグリアに行く手を阻まれた。同じ轍を踏むわけにはいかなかった。ましてフィエールマンの鞍上は1週間前の菊花賞でコントレイルと共に3冠制覇をした福永祐一。アリストテレスでクビ差まで迫ったが結果的には花を持たせる形になってしまったルメールとしては、立場の入れ替わった今回、負けるわけにはいかないという矜持があっただろう。ルメールは言う。

 「祐一さんは『おめでとう』と言ってくれました。勝てて良かったと改めて思いました」

 全く同じその時、国枝はすぐ横で観戦していた男に声をかけた。

 「横に(フィエールマンの)手塚(貴久調教師)君がいたから『脅かさないでくれよ』と言ったら苦笑いしながら『おめでとうございます』と言ってくれました」

 常に冗談交じりで明るく話す国枝だが、改めて8度目のG1制覇という偉業を達成した気持ちを聞くと、本音が漏れた。

 「正直、よく眠れない日もあったし、食事が喉を通らない時もありました。これで少しは普通に戻れると思います」

 新記録達成のゴールを通過し、ウイニングランをしながらスタンド前に戻って来たルメールはそこで「それまで自分でも気付かなかった事に改めて気付いた」。

 「コロナで制限されていたけど、お客さんが喜んで迎えてくれたのを見たら自然と泣けてきました。その瞬間、プレッシャーから解放された自分がいる事に気付きました。勿論、最初からプレッシャーは感じていたけど、レースが終わって初めて自分が思っていた以上に大きなプレッシャーが、僕のインサイドにあった事が分かりました」

 あとは感情を抑えられなかった。冷静で知られるルメールの両目から涙がとめどなく溢れた。

家族も感じていた重圧と、翌日の行動

 新型コロナウィルスで家族が競馬場に来る事も制限されていたため、ルメールはレースを終え、調整ルームを出た後、夫人のバーバラに電話をした。

 「バーバラは2人の子供と一緒に京都の家でテレビ観戦をしていました。ゴールの時は皆でソファーの上をジャンプして大騒ぎだったそうです」

 火曜日に大井競馬場で騎乗する彼はそのまま東京に滞在した。すると……。

 「夜、バーバラが東京に駆けつけてくれたので、お祝いをしました。彼女も家族としてプレッシャーを感じていたのがよく分かりました」

 こう言うと、翌日の自らについて、続けて話した。

 「月曜日はずっと寝ていました。疲れ果てて何も出来ませんでした」

 史上初の偉業と引き換えに鞍上のバッテリーはエキゾースト。強い王者がコロリと負けるのも不思議ではないのが競馬。つまり、競馬という土壌は軟弱で、落城しないように戦う将軍や兵は、城が立派であればあるほど戦が終われば精根尽きるものなのだ。次なる戦いが再び府中になるのか、香港になるのかは分からないが、再充電した陣営が記録を更新してくれる事を願いたい。

ルメール(左)と国枝(コロナ禍前に撮影)
ルメール(左)と国枝(コロナ禍前に撮影)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

平松さとしの最近の記事