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韓国のGSOMIA破棄で崩壊に向かう日米韓トライアングル 自分の強運が信じられない北朝鮮の金正恩氏

木村正人在英国際ジャーナリスト
韓国の光復節で文大統領の退陣を求める市民デモ(写真:アフロ)

韓国の左派「敵は日本で、味方は北朝鮮」

[ロンドン発]韓国大統領府が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めたことについて米国では、同盟国を軽視するドナルド・トランプ大統領に対し、調停に動くよう求める声が一斉に上がっています。

北朝鮮問題に詳しく、トランプ大統領に厳しい釜山大学校のロバート・E・ケリー教授(政治科学)は「GSOMIA破棄は馬鹿げた考えだ」とツイート。

「しかし韓国の左派が日本はパートナーで北朝鮮は敵だというGSOMIAの仮定を共有していないことを多くの西側アナリストは理解していない。韓国では左派は反対の認識を持っている。世界は今、韓国が日本と北朝鮮を巡り、いかに分極化しているかを知りつつある」

「トランプ氏が再選されたら、さらに同盟国に注意を払わないようになり、在韓米軍を撤収するかもしれないと私は考えている。すべてがバラバラになる」

「トランプ氏はこの結果を歓迎している。同盟国同士がケンカをすれば米国の立場は相対的に強くなる(とトランプ氏は考えている)。同盟国はトランプ氏のところに調停を頼みにやってくる。彼はそれを望んでいる」

右派のトランプ大統領が中道左派のバラク・オバマ前大統領の政治的なレガシー(遺産)をことごとく破棄しているように、前進的左派の文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領は、保守の朴槿恵(パク・クネ)前大統領のレガシーである従軍慰安婦問題を巡る日韓合意、そしてGSOMIAを一方的に破棄しました。

「自分のツキが信じられない金正恩氏」

米MIT(マサチューセッツ工科大学)のビピン・ナラング准教授(政治科学)は「なってこった!ワオ」と驚きをツイート。「トランプ大統領は、同盟を負担だと考えている」

「東アジア2019

(1)韓国は日本より北朝鮮と良好な関係を持っている

(2)トランプ氏は韓国の文大統領より北朝鮮の指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長氏から話を聞くのを好んでいる

(3)中国の習近平国家主席は笑いが止まらない

(4)金正恩氏は自分のツキが信じられない。なぜなら、まだ軍縮に取り組んでいないからだ」

北朝鮮は今年に入ってから米国のレッドライン(越えてはならない一線)である大陸間弾道ミサイル(ICBM)ではなく、日本海に向けて短距離弾道ミサイルのKN23や新型ミサイルのKN25の発射実験を繰り返しています。この1カ月間に行った実験は実に6度にのぼっています。

日本や韓国がターゲットとして想定されているのは明らかです。北朝鮮は16日、米韓合同軍事演習に反発し「韓国の当局者と再び対座する考えもない」と韓国との交渉を今後一切打ち切ると発表し、交渉の失敗は「韓国の責任だ」と非難しています。

「トランプ大統領はツイッターで調停を呼びかけよ」

米シンクタンク、センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレストのハリー・カジアニス上級部長は「韓国が日本との軍事情報協定を破棄したことに驚かない」とツイート。

「トランプ政権はこの諍(いさか)いに関与し、調停を試みる時だ。諍いはどんどん悪化する。同盟国を団結させることができるのは米国のリーダシップだ」

カジアニス上級部長はトランプ大統領が対話のため日韓外相にワシントンに来るようツイートで呼びかければ、日韓両国とも断るわけにはいかないと指摘しています。

2004~07年の間、米国家安全保障会議(NSC)アジア部長を務めた米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)朝鮮部長のビクター・チャ氏は「韓国のGSOMIA破棄発表で得をするのは誰? 中国、北朝鮮、そしてロシアだ」とツイート。

元米外交官のミンタロー・オバ氏はこうツイートしています。

「韓国がGSOMIAを延長しないと決定したことは他のどの国よりも韓国自身を傷つける愚かな決定だ。ソウルはワシントンで非常に高い代償を払うことになる。これは米韓同盟の建設的なアプローチと一致しない」

米紙ワシントン・ポストは「貿易と歴史の摩擦を巡る米国の同盟国同士の代償は深刻なまでに膨らんだ」と報じています。

GSOMIAは日韓の防衛・国防当局が北朝鮮の核・ミサイル実験などセンシティブな軍事情報をスムーズに交換するために結んだ協定です。12年にいったん締結しかけましたが、韓国の都合で延期。16年に交渉が再開され、同年11月に署名しました。

1年ごとに自動更新され、破棄する場合は更新期限の90日前に相手国に通告しなければなりません。このままでは11月22日に失効することになります。

安倍首相と文大統領の英語を真似たトランプ大統領

米国防総省の報道官は次のような懸念を示しました。

「国防総省は文政権がGSOMIAから離脱することについて重大な懸念と失望を表明する。われわれは日韓関係の他分野での摩擦にかかわらず、相互防衛と安全保障の絆の一体性は維持されなければならないと固く信じる。 できる範囲で日本と韓国との2国間および3国間の防衛および安全保障協力を追求する」

マイク・ポンペオ米国務長官はオタワでの記者会見でこう述べました。「日本と韓国の共通の利益が重要であり、それらが米国にとって重要であることは間違いない。これら2つの国のそれぞれが、その関係を正しい場所に戻し始めることができることを願っている」

トランプ大統領は昨年6月、シンガポールで開かれた初の米朝首脳会談後、単独記者会見に臨み「将来的には在韓米軍を撤収したい」と語っています。トランプ大統領が「在韓米軍の撤収」を北朝鮮の非核化の取引材料にすることに朝鮮半島の専門家から強い懸念が示されています。

政治献金を募る会合でトランプ大統領は、文大統領の英語アクセントを真似し「韓国はすごいTVをつくれるようになり経済は発展した。どうして、われわれが韓国を守るために金を払わなければならないのか。韓国は自分で払わなければならない」と揶揄(やゆ)しました。

安倍首相の英語も真似してこう語ったそうです。「安倍首相の父は特攻隊に志願した。カミカゼは酒を飲んだり、クスリを使ったりしたのかと尋ねたら、安倍首相は『いや違う。彼らは国を愛していただけだ』と答えた。想像してもみろ。彼らは飛行機に半分しか燃料を積まず、米軍の戦艦に突っ込んだ。愛する国のために」

親北の文大統領には歴史問題を楔(くさび)として日韓の亀裂を深める狙いがあるように感じます。文政権がこのまま自滅するのか、それとも国民のフラストレーションを日本の安倍政権に向け総動員できるのか――。歴史の怨念と地政学の磁力が働いているだけに非常に厄介な問題です。

「親日残滓(ざんし)の清算」vs「反韓・嫌韓」が引き起こした「歴史・経済戦争」は制御不能なフラッシュポイント(引火点)に近づいているのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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