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プーチン訪日を批判報道する中国――対中包囲網警戒も

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
プーチン大統領と安倍首相(写真はMay 6, 2016)(写真:Kremlin/Sputnik/ロイター/アフロ)

プーチン大統領の訪日に中国は強い警戒心を持ち、連日報道していた。特に読売新聞の取材や朝日新聞の報道、ロシアの報道官が会談後に漏らした言葉などに注目。警戒の対象は米露接近と日露接近による対中包囲網だ。

◆日本の報道を逆利用――「領土問題は存在せず」

なんといっても大きかったのは、プーチン大統領が読売新聞社とNNN(日本テレビ放送網)の取材を受けて、北方領土問題に関して回答した「領土問題は存在せず」という言葉だ。

筆者もその取材全文を<1>から<5>まで、すべて読んだが、その<2>には、たしかに明確に「ロシアには、領土問題はまったくないと思っている。ロシアとの間に領土問題があると考えているのは日本だ」というプーチン大統領の言葉がある。

この全文が日本語のインターネットで公開されたのが2016年12月14日03時46分(取材したのは12月7日)。

すると、その前の時間の「2016-12-13 23:22:00」には「天涯社区」で「プーチン、日本の独占取材を受け:日露間には領土問題は存在しない。日本だけがあると思っている(転載)」で既に転載するというはやわざも見られた。筆者は認識していないが、日本テレビで短い情報を発信したのだろうか。そうでないと、こういう時間の逆転現象は起きない。ネットによれば、日テレのNEWS24が「プーチン大統領 特別インタビュー全文」の全過程を報道したのは、「2016年12月14日 17:42」のようである。

14日には「騰訊視頻(チャンネル)」が「プーチン、明日訪日  日本メディアの独占取材で日露間に領土問題存在せず」というテレビ報道をしており(15秒間、広告を我慢すると始まる)、CCTVや他のウェブサイトも一気に「領土問題は存在しない」としたプーチンの言葉を「鬼の首でも取ったように」報道した。

日本と尖閣諸島において領土問題を抱えている中国としては、プーチン大統領がどう出るかは、大きな関心事だ。

だから、CCTVでは、15日に安倍首相とプーチン大統領が少人数で行なった会談における「極秘」の会話に関して、ロシア大統領府のペスコフ報道官が「二人の間では、そもそも領土問題は語られなかった」と話しているという事実も大々的に報道した。

ネットにも「ロシア大統領スポークスマン:日露首脳会談では領土主権問題は話されなかった」(2016-12-16 15:30:53)など、数多くの関連報道が見られる。

日本では「ロシア向けの配慮に基づいた発言だろう」といなされているが、中国では位置づけが異なっていた。

読売新聞と日テレの独占取材を大きく取り上げる理由は、まだある。

プーチン大統領はこの取材で「中国こそが最も重要な国だ」と回答しているのだ。

それを誇りたくてならない。

CCTVにおいても何度も報道したが、「2016-12-14 09:54:49」 には、中国政府系メディアの軍事ページで全文を解読した上で「日本メディア、プーチンに中国が最も重要な国かと聞いた  プーチンは当然だと回答した(1)」が、「2016-12-14 16:50:00」には中国共産党系の環球網の「プーチン、日本メディアの取材を受け、何度も中国の名を挙げ:中国はロシアの大切なパートナーだ」という報道が出たのを始めとして、「中国に関して:プーチンは日本に素晴らしい授業をした」(軍事新聞観察)や、「プーチンは取材を受けて言った:中国は彼の心の中で特別の存在だ」などが、次から次へと転載された。

◆日米安保条約を適用するか――これも日本メディア報道を逆利用

2016年11月8日~10日の予定で、プーチン大統領訪日の調整をするために、日本の谷内国家安全保障局長がモスクワを訪問。大統領の側近で、安全保障会議のパトルシェフ書記と意見交換をした。

これに関して12月14日の朝日新聞は以下の報道をしたという(筆者自身は紙面を見ていない)。

――複数の日本政府関係者によると、パトルシェフ氏は、日ソ共同宣言を履行して2島を引き渡した場合、「島に米軍基地は置かれるのか」と問いかけてきた。谷内氏は「可能性はある」と答えた。

朝日新聞の14日付けのこの記事をリアノーボスチ通信が報じたと、Sputnik(スプートニク)日本語が報じた。

中国はいち早くこの事実に反応。

というのは、中国では早くから、「もし北方四島のどれかが日本の帰属になった場合、その地は日米安保条約の対象になるのか」という分析が行われていたからだ。

朝日新聞の報道を受けて、中国メディアは一斉に、「こんな可能性がある島を、日本に返還するなど、あり得ないだろう!」と日本への非難の合唱を始めた。

「モスクワ時事」によれば、ロシアのペスコフ大統領報道官は14日、この報道に関して「コメントしない」と語り、その上で「ロシアなら会談内容を明かさない」と述べ、日本側に強い不快感を示したという。

日本のメディアが、日本の首相の首を絞めているといったところか。

そのペスコフ報道官が15日に、「(日露首脳)二人の間では、そもそも領土問題は語られなかった」と話したのは、この「不快さ」への報復だったのだろうか。さもなければ、「ロシアなら会談内容を明かさない」と述べたことと、矛盾する。

◆ロシアの法律の下で

12月17日になっても、CCTVは昼のニュースで日露首脳会談の特集を組んでいたが、そこでは日本の産経新聞が「露政府高官は15日夜の時点でも『共同経済活動はロシアの法の下で行われる』と力説していた」ことを取り上げていた。

そのニュースを見たのちにネットで調べてみると、たしかに産経新聞は「12/17(土) 7:55配信」の「 日露首脳会談 プーチン氏に経済の“果実”…国際的孤立脱却アピールも」というタイトルの報道で、CCTVがその日のお昼のニュースで報じたことを公開している。

これら日本の報道を実に効果的に切り貼りしながら、中国が意図的に批判しているのではなくて、日本の報道から「客観的」に報道しているのだと見せかけながら、結果として日本への皮肉を込めた批判報道になっているのだ。

◆トランプ次期大統領誕生で対中包囲網を警戒

というのは、何といってもトランプ次期大統領が選挙中からプーチン大統領を高く評価し、事実、次期政権の国務長官にプーチン氏と親しい企業家を指名している。

「プーチン・習近平」蜜月が続いたのは、あくまでもオバマ大統領がウクライナ問題などで対露経済封鎖を強行したり、ロシアをG8(先進8か国首脳会議)から追い出してG7としたりなどしたからだ。孤立化したプーチン大統領は、当然の帰結としてG7に入っていないし対露経済封鎖にも参画していない中国の習近平国家主席にラブコールを送る結果を招く。

しかし、そのプーチン大統領をトランプ次期大統領が気に入れば、習近平国家主席の存在意義はなくなる。もう、「あなたは、要らない」のである。

中国には、ハグしてキスをしようとしている「プーチン×習近平」の姿が「プーチン×トランプ」の姿に差し替えられる風刺画がネットに上がった。習近平がトランプに「恋人」を奪われた形だ。

そこに加えて「安倍×プーチン」などが出現したら、たまらない。

いかに「安倍首相の片思い」であるかを、必死になってアピールしようとしている。

しかし安倍首相にとってはロシアを敵視して日露接近を牽制するオバマ大統領よりも、「プーチンという男」を評価するトランプ次期政権の方が楽になるだろう。

プーチン大統領の読売新聞単独取材における「対露制裁に加わりながら、日露経済協力というのは…」という言葉を中国メディアは最大限に利用しているが、しかしそれでも「安倍・プーチン」は、経済協力に向けて動き始めた。

ドナルド・トランプという人物の登場により、北東アジアのマップは変わりつつある。

たまたま15日、フォーブズによる「世界で最も影響力のある人物」ランキングが発表された。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が4年連続で首位に立つ結果となったとのこと。

2位に入ったのは、ドナルド・トランプ次期大統領だ。

ヒラリー・クリントン女史も、初めてのアメリカの女性大統領としての価値はあったかもしれないが、圧倒的にトランプ氏の独特の感性と予測不可能性の方が面白い。

「プーチン×トランプ」と「プーチン×安倍」の間で、「プーチン×習近平」は霞んで見えるし、「トランプ×習近平」に至っては、「一つの中国」原則によって遠ざかるばかりだ。

オバマ大統領は「一つの中国」原則を守れと叫んでいるが、それでは中国の覇権を増長させるのみだろう。戦争を起こさず、ギリギリの言葉で脅していくトランプ劇場は、見ものではないか。

プーチン訪日は、その劇場の一端を覗かせてくれた。

困難も矛盾も多かろうが、安倍首相には、「1ミリでもいいから」前に進む姿勢を継続してほしい。それが北東アジアのパワーバランスを方向づけていく。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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