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中国TPP参加意欲は以前から――米政権の空白を狙ったのではない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
APEC 2020 オンライン形式で開催(ビデオ画像)(提供:APEC CEO DIALOGUES MALAYSIA 2020/ロイター/アフロ)

 習近平は20日のAPEC首脳会談でTPP11 への参加意欲を表明したが、2017年のアメリカ離脱直後に表明しており停止条項に注目していた。RCEP締結を優先しただけで米政権の空白を狙ったわけではない。

◆習近平がAPECでTPP11 への参加意欲を表明

 11月20日夜からリモートで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議で、習近平国家主席はCPTPP=TPP11 (環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)への参加に意欲を示した。

 TPP11 は今さら説明するまでもないが、トランプ政権が誕生するとすぐに(2017年1月)トランプ大統領がTPP(12ヵ国)からの離脱を宣言したため残り11ヵ国で新たに締結した協定だ。

 習近平は20日のAPECのスピーチで「世界とアジア太平洋地域は大きな変革期にあり、新型コロナウイルスの感染拡大がそれを加速させている」と述べ、2017年以降何度もくり返してきた「単独主義や保護主義に反対し、自由で開かれた貿易や投資を促進させ、早期にアジア太平洋地域の自由貿易圏を構築しなければならない」という主張を強調した。

 これに関して日本の大手メディアは「アメリカの大統領選挙による政権の空白に乗じた決定だ」と解説しているが、これは不適切な解釈だ。

 なぜなら今年5月28日、李克強首相が全人代終了後の記者会見で既にTPP11への参加について「中国は前向きで開放的な態度を取っている」と述べているからだ。そもそも2017年の時点で中国外務省は正式に参加に意欲的である旨の発言をしている。

◆2017年1月に既に意思表明

 2017年1月24日の中国の外交部記者会見で、中国はすでにアメリカが離脱した後のTPPへの参加に意欲を表明している。

 というのはトランプがTPPを離脱する文書に正式に署名するとすぐに、オーストラリアのスティーブン・チョーボー貿易・観光・投資大臣は中国に「アメリカが抜けたので、TPPに加盟しませんか?」と打診してきたのだ。

 当時、オーストラリアのターンブル首相とトランプ大統領は犬猿の仲で、トランプ大統領はターンブル首相との電話会談を途中で打ち切り「過去最悪の対談だった」と述べたことは記憶に新しい。

 またターンブル首相は大の親中派で、オーストラリア経済の中国依存度は2019年データでも貿易額の約30%が中国だ。TPPが締結された2016年代のオバマ政権としては 加盟国の中国貿易への依存度を下げ、加盟国をアメリカに近づけることに役立てようという思惑があった。

 しかし経済大国のアメリカが抜ければ、次にGDP規模が大きいのは日本くらいのもの。それでは心もとないとしてオーストラリアとしては世界第二の経済規模を持つ中国に入ってもらいTPPの価値を高めようとしたのだろう。

 そこで記者会見で外国人記者から「今日オーストラリアのチョーボー貿易相が中国に対して中国がTPPに加盟してTPPを救ってほしいと表明したが、中国はこのオーストラリアの申し出をどう思いますか?」と聞いたわけだ。

 すると華春瑩報道官は「現在の世界の経済状況は、貿易や投資が低水準にあるため、依然として脆弱な状態にあります。 アジア太平洋地域は、今後も世界経済のエンジンとしての役割を果たし、開かれた経済を構築し、世界経済の成長に貢献していくべきです」とした上で、「先ずはRCEPの締結を優先して努力し、それが成果を収めたらTPPに対しても新たなエンジンとして注力していくつもりです」という趣旨の回答をしている。

 その戦略通り、今年11月15日にはRCEPの協定に関して署名したので、次に「約束通り」TPP11に対して積極的な姿勢を表明したに過ぎない。

 日本の大手メディアは、これを「米政権の空白を狙って」と解説する傾向にあるが、2017年1月時点で米大統領選の移行に関する政権の空白など存在していなかったし、今年の5月にも大統領選による米政権の空白など想定されていなかった。

◆TPP11 で緩和された「適用停止」事項は中国に有利

 たしかにTPP11 には関税や貿易ルールに関して、RCEPよりも高い基準が要求されている。それを中国が満たすことが出来るのか、懐疑的な側面は否めない。

 しかしTPPからアメリカが抜けた後は、TPPを縛っていた多くの厳しい条件が緩和され、「付属書」で少なからぬ項目が適用を停止しており、結果として中国にとってはハードルがかなり低くなっていると中国は見ている。

 TPP11においてTPPに書かれていた既定の適用を停止している条項の主なものを列挙してみよう。

 ●第5章「税関当局及び貿易円滑化」のうち、「急送貨物」

 ●第9章「投資」のうち、「投資に関する合意」「投資の許可」の定義。また「請求の仲裁への付託」、「仲裁人の選定」、「準拠法」

 ●第10章「国境を越えるサービスの貿易」のうち「急送便サービス」

 ●第11章「金融サービス」のうち「適用範囲」

 ●第13章「電気通信」のうち「電気通信に関する紛争の解決」

 ●第15章「政府調達」のうち「参加のための条件」、「追加的な交渉」

 ●第18章「知的財産」のうち「対象事項」、「不合理な特許期間の調整」「開示されていない試験データその他のデータの保護」「生物製剤」「著作権及び関連する権利の保護期間」「技術的保護手段」「権利管理情報」「衛星放送用及びケーブル放送用の暗号化された番組伝送信号の保護」「法的な救済措置及び免責」「インターネット・サービス・プロバイダ」など

 ●第20章「環境」のうち「保存及び貿易」

 ●第26章「透明性及び腐敗行為の防止」のうち「医薬品及び医療機器に関する透明性及び手続の公正な実施」の項(列挙はここまで)

 これらから見えてくるのは、中国にとって相当に不利になる規定はほぼ「適用停止」になっているということである。

 アメリカが入っていた時のTPPと比べると、中国がかなり入りやすくなっている。たとえば、どのような点において中国に有利になったのかを「中国側の視点から」見てみると、概ね以下のようなことが言えるのではないだろうか。

 1.第15章「政府調達」に設けられていた「参加のための条件」、「追加的な交渉」の条件はかなり厳しいものだが、これが「適用停止」になったので、中国にとってはハードルが低くなった。

 2. 郵政(第10章)、金融(第11章)、電気通信(第13章)、環境(第20章)などは、中国では国有企業が独占している部門なので、これまでのTPPではハードルが高かったが、TPP11では関係する規定が「適用停止」になっているので、中国にとっては有利になっている。もともとTPPの規定には国有企業を制限する条項が多く、中国に対して高いハードルを設けていた。それらの多くが適用停止になっているので、中国にとっては加盟しやすい結果を招いている。

 3.知的財産(第18章)の項目も、中国にとってかなりハードルが高いものばかりだった。しかしもともとオーストラリアとアメリカの衝突により妥協点が見いだせにくかったが、アメリカが抜けたことにより「適用停止」が増え、オーストラリアにとって「快適な」条件になった。結果、中国にとっても妥協点を見いだせる程度にまでハードルが下がっている。

 4.順序が逆になってしまったが、中国にとって最も大きいのはTPP第9章で規定されていた「投資の項目」だ。「仲裁」に関してTPPでは基本的にワシントンDCにある投資紛争解決国際センター(ICSID)で解決することとなっていた。それは中国にとって非常に不利だったが、それらがほぼ全て「適用停止」になったのである。

◆アメリカのTPP回帰を牽制する中国

 したがって、アメリカ大統領選による政治的空白があろうとなかろうと、中国としては着々とTPP11に参加するための準備を整えてきた。

 これら停止事項は、いつかアメリカがTPPに戻ってきた暁には、また有効になる可能性がある。いまバイデン次期大統領(候補)は、バイデン政権になったらTPPに戻る可能性があることをほのめかしている。米国内での利害関係があるため(たとえばバイデンを支持したブルーカラー層の反対など)、すんなりと戻る決定はなかなかできない可能性もあるが、それでもRCEPが締結された今、習近平としては「アメリカが戻る前にTPP11に加盟して市民権を得る」ことを狙ってはいるだろう。

 もしアメリカがTPPに戻ってしまいTPP12となってしまうと、中国が新規加入したいと申し出ても、適用停止事項が復活するだけでなく、締約国であるアメリカが同意しないと中国は加盟できないので、実際上加入が困難となる。しかしアメリカが戻る前に加入してしまえば、締約国の中にアメリカはいないので、中国は加入しやすくなる。中国が加入した後にアメリカが戻りたいと申請してきた場合、締約国の中に中国がいるので、中国が承諾しない限りアメリカは戻れないことになる。

 トランプ大統領は2018年に一時期「TPPの条件が揃えば戻ってもいい」という趣旨のことを言ったことさえある。

 その意味で、大統領が誰であろうと、アメリカがTPPに復帰する前に中国はTPP11加入への道筋を確実にしていきたいと思っているものと思う。

 明日24日には中国の王毅外相が来日する。

 菅政権の対応が見ものだ。

 (なお本コラムは中国問題グローバル研究所のウェブサイトからの転載である。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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