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マツコ・デラックス提案の「保育教育無償化」はいくらかかるか?

柴田悠社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授
(写真:アフロ)

タレントのマツコ・デラックスさんは、22日夕方放送の「5時に夢中!」(TOKYO MX)で、独自の「少子化対策」を提案した。

たとえば、学費・教育費・医療費とかを、もうちょっと、子どもを産みやすいようにできないのかな。意外と日本って、その点ほとんど手つかずというか…。

子どもにかかるお金は大丈夫だよって、ちゃんと国が責任もって中学卒業するまではお金かからずに育ててあげますよっていう制度がないと、安心できないと思う。

これについては、すでにlivedoor NEWSRBB TODAYが報じており、早くも話題になっている。

しかしそもそも、なぜマツコさんは「少子化対策」について語ったのか?

答えは、「Nスペ」にあった。

20日に、NHKスペシャル「私たちのこれから #超少子化」が放送された。それをきっかけとして、「夕刊フジ」に少子化対策の記事が掲載された。そしてその記事が、「5時に夢中!」で紹介され、それを受けて、マツコさんが少子化対策についてコメントするに至ったのである。

私は、そのNスペ「超少子化」の生放送パートで専門家として出演し、山里亮太さんや橋本奈穂子アナ、そして視聴者から寄せられるさまざまな質問に、その場で答える役割を担った。

そこで、せっかくマツコさんからも、かなり大事な提案をいただいたので、その案を実現するには「どのくらいの財源が必要なのか」「どうすればその財源を確保できるのか」を、勝手ながら解説してみたい。

マツコ案なら「3.7兆円」(消費税1.9%分)

「5時に夢中!」では、マツコさんは、最も貧困な子育て世帯を想定して、少子化対策を語っていた。そこで、「夫婦ともに非正規雇用の子育て世帯」を想定してみよう。

夫婦ともに非正規の場合、生活費の維持のためには、子どもをできるだけ早めに保育園等に預けて、共働きを再開する必要がある。その場合、保育費は年間34万円かかる(※1)。

そこで、0歳から5歳まで保育園に預けて、小学校と中学校は公立に通わせるとなると、中学卒業までに最低限必要な教育費(つまり、給食費・学用品費・通学費・修学旅行費などの必須費用は含むが、塾代・習い事代は含まない家計負担)は、合計317万円である(※1)。

また、0歳から中学卒業までにかかる医療費は、合計28万円である(※1)。

これらの金額を、0歳からのすべての子どもについて無償化することになる。

ただし本記事では、保育・教育・医療を無償化したとしても、それによって、それらのサービスの供給は増えないことを前提にしておく。実際には、保育・教育・医療を無償化するとそれらのサービスの需要が増えると考えられるが、それでも、それらのサービスの供給は現状維持されることを前提とする。たとえば保育については、すべての子どもについて「両親非正規の就園児の平均年間保育料34万円」を、認可保育所・認可外保育施設・ベビーシッター・病児保育・幼稚園保育料などに使える「保育クーポン」のかたちで補助すると仮定する。また大学等についても、すべての子どもについて「国公立大学に通う場合の年間自己負担教育費の平均額53万円」を、「最新年度入試で定員割れしていなかった大学・短大・専門学校」のみで使える「高等教育クーポン」のかたちで補助すると仮定する。

なお、仮に供給を増やす場合には、以下の試算に加えて、供給を増やすための予算も追加で必要になってくる。たとえば、私立認可保育所保育士の年収を全産業平均まで引き上げて、保育サービスの供給を増やし、「2013年時点の潜在的待機児童80万人」を完全に解消するには、およそ「1.4兆円」の追加予算が必要と考えられる。大学等の場合も、定員割れしていない大学等の定員増設を許可した場合には、進学者が増えるので、その分、「定員増設に伴う補助金の増額」(最大約0.3兆円)と「高等教育クーポンの追加発行予算」(最大約1.0兆円)が必要になる。

さて、供給が増えない前提で、直近の年齢別人口データ(※2)をもとに試算すると、マツコ案(中学卒業までの保育費・公立相当教育費・医療費の無償化)を実施するには、毎年「3.7兆円」の財源が必要になる。消費税1%で2兆円の財源になるとすれば(5%の時期の税収が約10兆円で安定していたので)、3.7兆円は「消費税1.9%分」に相当する。

「中学卒業までの保育・教育費の半額化」なら「1.7兆円」(消費税0.9%分)

3.7兆円はかなり大きな予算規模だ。

そこで、医療費を除いて、保育費・公立相当教育費のみを無償化の対象としてみよう(医療費は、教育費に比べると負担は小さいし、すでに一部の自治体で部分的な無償化が始まっているからだ)。すると、予算規模は「3.4兆円」になる。

しかしこれでもまだ大きな規模だ。

そこで、無償化の対象を「すべての子ども」ではなく「第1子」のみに絞ってみよう。2014年の年齢別推計人口に「第1子率:47%」(※2)を掛けることで、第1子の人口を推計する。すると、予算規模は「1.6兆円」にまで減る。

また、「第1子のみで無償化する」かわりに、「すべての子どもで半額にする」という方法もある。その場合は、予算規模は「1.7兆円」(消費税0.9%分)となる。

なお、「現人口」ではなく「将来人口」で試算をすれば、予算規模はもっと小さくて済む。たとえば、子どもの数を「現在の人口」ではなく、「2014年の出生数100万人(※2)が仮に続いた場合の将来の人口」としてみよう。出生数は毎年数万人ずつ減っているので、これでも多すぎるくらいだが、少子化対策によって出生数の減少が止まると仮定しておこう。いずれにせよ将来的には、この仮定で予算を用意すれば十分足りるはずだ。

このように仮定した将来人口で試算すると、「中学卒業までの保育費・公立相当教育費」を、すべての子どもで無償化するのは「3.2兆円」、第1子のみで無償化するのは「1.5兆円」、すべての子どもで半額にするのも「1.6兆円」(消費税0.8%分)で可能だ(※1・※2)。

「大学等卒業までの保育・教育費の半額化」なら「2.9兆円」(消費税1.5%分)

しかし、多くの人々は、「高校までの教育費」さらには「大学までの教育費」を心配して、子どもを持つのをためらってのではないだろうか。そこで、「高校卒業まで」や「大学等(大学・短大・専門学校)卒業まで」の教育費も加えて計算してみよう(※3)。

すると、「高校卒業までの保育費・公立相当教育費」については、〈現人口ベース〉で試算すると、すべての子どもで無償化するのは「4.3兆円」、第1子のみで無償化するのは「2.0兆円」、すべての子どもで半額にするのは「2.1兆円」で可能だ(※1・※2)。

なお、〈将来人口ベース〉で試算すると、すべての子どもで無償化するのは「3.9兆円」、第1子のみで無償化するのは「1.8兆円」、すべての子どもで半額にするのは「2.0兆円」で可能だ(※1・※2)。

さらに、「大学等卒業までの保育費・公立相当教育費」については、〈現人口ベース〉で試算すると、すべての子どもで無償化するのは「5.8兆円」、第1子のみで無償化するのは「2.7兆円」、すべての子どもで半額にするのは「2.9兆円」(消費税1.5%分)で可能だ(※1・※2)。

なお、〈将来人口ベース〉で試算すると、すべての子どもで無償化するのは「5.2兆円」、第1子のみで無償化するのは「2.4兆円」、すべての子どもで半額にするのは「2.6兆円」(消費税1.3%分)で可能だ(※1・※2・※3)。

「保育教育費半額化2.9兆円」の財源確保策

さて、「大学等卒業までの保育費・公立相当教育費」半額化のための「2.9兆円」(現人口ベース)の財源を確保するには、どういう方法があるだろうか?

「消費税増税」は、消費に(少なくとも一時的には)悪影響を与えるし、貧困世帯への逆進性も生じやすいので、「最後の手段」と考えて、ひとまずは避けておくのがよいだろう。

私が提案したいのは、(1)「相続税の拡大」、(2)「被扶養配偶者優遇制度の限定」、そして(3)「小規模ミックス財源」である。

(1)相続税の拡大

相続遺産は、毎年37~63兆円ほど発生しているとみられる(※4)。しかし、基礎控除が「3000万円+600万円×法定相続人数」「相続する配偶者には1.6億円」もあって、かなり大きな遺産でないと課税対象にならないため、相続税収は毎年1.9兆円ほどにすぎない。つまり、増税の余地はかなりあるといえる。

また、そもそも相続税は、「本来自分のものではない資産(相続遺産)の徴収」であるため、「被扶養配偶者への増税」などの他の増税策よりも、倫理的には望ましいと思われる。

たとえば、毎年発生する相続遺産の比較的新しい推計である「37.0~62.9兆円」(※4)を前提とすると、配偶者がいる場合の基礎控除を2000万円、子どもがいる場合の基礎控除を子ども一人あたり100万として、税率を一律20%とすると、少なくとも「2.8~7.9兆円」(5.4兆円前後)の追加税収を見込める。またこれを、配偶者基礎控除を1000万円とすると、少なくとも「3.9~9.0兆円」(6.5兆円前後)の追加税収を見込める。

なお、現行制度では税率は10~55%の累進性があり、上記の案も「一律20%」ではなく累進税率にすれば、工夫次第ではより大きな増収になるだろう。また、「一律20%」とすれば、低資産層にとっては増税になり、高資産層にとっては減税になるため、資産格差を拡大させてしまうかもしれない。ただ、高資産層にとって減税となれば、抵抗勢力になりがちな彼らからの支持が得やすくなり、さらに、タックスヘイブンへの資産逃避も減るかもしれない。税率の累進性をどの程度設定するのかは、今後に残された課題である。

たとえば、現在の累進性を維持するなら、基礎控除額を配偶者1000万円+子ども一人当たり100万円、追加税率を一律5%(累進税率に加えて、全員5%分多めに払う)とすると、平均1.4兆円~最大2.7兆円(およそ2.1兆円前後)の税収増が見込める。

なお、「相続世代の消費減少」「投資減少」というマイナスの副作用も考えられるが、「被相続世代の消費増加」「富裕層減税」というプラスの副作用も考えられるため、副作用についての議論は慎重に行うべきである。

(2)被扶養配偶者優遇制度の(低所得世帯への)限定

また、「被扶養配偶者優遇制度」を低所得世帯に限定することによっても、多少の財源を確保することができる。

というのも、「被扶養配偶者優遇制度」(所得税・住民税の配偶者控除・配偶者特別控除と国民年金・健康保険の被扶養配偶者保険料免除)を全廃することで増える政府収入(税・社会保険料収入)は、「3.5兆円」と見込まれる(※5)。

したがって、被扶養配偶者優遇制度の対象世帯を、たとえば「世帯所得下位70%(世帯年収約800万円以下)の世帯」に限定すると、「1.1兆円」の財源を確保できると見込まれる。

「被扶養配偶者優遇制度」は、主婦・主夫を優遇する制度だが、主婦・主夫の労働参加を阻害する要因にもなってしまっている(いわゆる「103万円の壁」「130万円の壁」)。そのため、すでに自公政権の「平成28年度税制改正大綱」の7頁でも、「働きたい女性が就業調整を行うことを意識しなくて済むような仕組みを構築する方向で検討を進める」とあり、「被扶養配偶者優遇制度」は見直しが進みやすそうな状況にある。

なお、「被扶養配偶者優遇制度を低所得世帯に限定すると、優遇対象から外れた高所得世帯の被扶養配偶者(裕福な専業主婦・パート主婦など)の一部がフルタイムで働くようになるので、待機児童が増えるのでは?」と思われるかもしれないが、「高所得世帯」の子どもの大部分は、すでに小学生以上になっていると考えられる。というのも、一人当たり世帯所得は、世帯主が40~60代の場合に最も高い傾向にあるからだ。

また、現状として、高所得者ほど、被扶養配偶者優遇制度の恩恵を受けている。したがって、優遇対象から外れた「高所得世帯」の被扶養配偶者の多くは、もともと生活に困っていなかったのだから、わざわざフルタイムで働くようになるとは考えにくい。

(3)小規模ミックス財源

ただし実際には、「相続税の拡大」や「被扶養配偶者優遇制度の限定」は、「法定相続人」や「被扶養配偶者」からの抵抗が大きい。また「相続税の拡大」については、遺産を完全に補足しにくかったり、タックスヘイブンへと遺産が海外流出するといった課題もある。さらに「被扶養配偶者優遇制度の限定」については、限定するだけでは「103万円・130万円の壁」そのものは解消されないため、その解消のためには控除額・免除額の段階化などの工夫が必要で課題も多い。

したがって、他の可能な財源確保策(「経済成長による税収増」「政府資産の活用」「所得税の累進化」「年金課税の累進化」「消費税の増税」など)とも合わせて、多様な財源確保策を小規模ずつで組み合わせるという「小規模ミックス財源」が、全体的な抵抗も小さく、副作用リスクも少ないだろう。

まとめ

マツコさんの提案した「教育無償化」は、多くの人々から支持される可能性があるのではないか。

「大学等卒業まで含める」などの拡張や、「無償ではなく半額にする」などの妥協は必要かもしれないが、財源規模や財源確保策をかなり現実的に見込むことができるならば、人々の支持はさらに広まる可能性もあるだろう。

だとすれば、政治家や官僚の方々にとっても、政策案の一つとして、検討に値するだろう。

ちなみに、文科省の試算によれば、3歳から5歳までのすべての子どもを「幼稚園」に無償で通わせるのは、「0.8兆円」で可能だという(参考:記事1記事2)。ただし、幼稚園では、フルタイム(8時間以上)で預かってくれないかもしれない。それでは、少子化対策や女性活躍支援としては不十分だ。フルタイムで預かってもらうための「保育費」を軽減しなければならない。

私の試算(現人口ベース)では、「3歳から5歳までの保育費」(両親とも非正規雇用の就園児の相当額:年間34万円)を無償化するのは、「1.1兆円」で可能だ。また、「0歳から5歳までの保育費」なら、無償化は「2.1兆円」(消費税1.1%分)、半額化は「1.1兆円」(消費税0.6%分)で可能だ(※6)。

なので、まずはこういった「小さな一歩」から始めてみてはどうだろうか。

※1:

「保育費(両親ともに非正規雇用の就園児)」「医療費(就園児~高校生)」は、内閣府「インターネットによる子育て費用に関する調査」(平成21年度)による。

小学校から高校までの「教育費」は、文部科学省「子どもの学習費用調査」(平成26年度)による。

※2:

直近の年齢別人口データは、2014年の人口推計(総務省統計局)による。また、「人口動態調査」(平成26年)によれば、「出生数における第1子出生数の割合」は、2010年から2014年(直近)まで約「47%」で安定している。また出生数は、2011年から2014年まで毎年1~3万人ずつ減っており、2014年は100万人である。

※3:

大学・短大・専門学校の教育費としては、すべて、日本学生支援機構「学生生活調査」(平成24年度)の国立大学と公立大学の学校教育費の平均値を用いた。そこには、授業料やその他の学校納付金は含まれるが、修学費・課外活動費・通学費課外活動費・通学費は含まれない。また、大学・短大・専門学校の最新の進学率(平成27年度学校基本調査の48.9%・5.7%・16.7%)をもとに試算した。大学は4年間在学、短大は2年間在学、専門学校は2年間在学とした(専門学校の55%は2年制だ)。

※4:

立岡健二郎「相続税の課税方式に関する理論的考察」『JRIレビュー』(日本総合研究所)第4巻第5号、88-110頁、2013年を参照。

※5:

まず、年収103万円以下の配偶者を扶養している場合に受けられる「配偶者控除」を廃止することによって「所得税年間0.6兆円程度+個人住民税年間0.5兆円程度」の税収増が見込まれる。また、配偶者特別控除を廃止することによって、「所得税年間0.03兆円程度+個人住民税年間0.03兆円程度」の税収増が見込まれる。したがって合計で、年間1.2兆円程度の税収増が見込まれる(総務省「参考資料」2009年を参照)。

つぎに、「国民年金での年収130万円未満の第3号被保険者」(2012年度末で960万人)の全員から国民年金保険料(年間18.3万円)を徴収できるようになると、年間1.8兆円程度の保険料増収が見込まれる(堀江奈保子「働き方に中立な年金制度の構築を」みずほ総合研究所、2014年を参照)。

さらに、「健康保険での年収130万円未満の被扶養配偶者」(同上の960万人)の全員から国民健康保険料を徴収できるようになると、保険料は市区町村によって異なるが、仮に年間5万円を全員から徴収すると仮定すると、年間0.5兆円程度の保険料増収が見込まれる。

したがって、これらすべての合計で、年間3.5兆円程度の税・社会保険料増収が見込まれる。

※6:

なお、先述したように、保育サービスの供給を増やして「2013年時点の潜在的待機児童80万人」を完全に解消するには、さらにおよそ「1.4兆円」の追加予算が必要となる。

したがって、待機児童を完全に解消しつつ、0歳から5歳までのすべての子どもの保育費を無償化するには、(2.1+1.4=)「3.5兆円」(消費税1.8%分)の予算が必要だろう。

社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会政策論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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