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高齢者ドライバー問題が免許返納だけでは解決しない3つの理由

橋本愛喜フリーライター
事故から2年。現場近くの慰霊碑にはたくさんの花が手向けられていた(筆者撮影)

池袋暴走自動車事故から今日で2年になる。

2019年4月19日12時23分、池袋の都道で当時87歳の高齢者が運転する暴走車によって、母子2名が死亡し10名が重軽傷を負った同事故は、日本に大きな衝撃を与えた。

「安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような外出できるような世の中になってほしいと願っています」

加害者である飯塚幸三被告が、事故後あるメディアの取材に応じた時の言葉だ。

これに対し、世間から批判が噴出。

「オマエが言うな」「ひとごとのような発言」「全く反省していない」

そんな言葉ばかりがSNSを埋め尽くした。

クルマに欠陥があったという証拠がない中、2つの尊い命を奪った被告本人にこの言葉を述べる資格は微塵もない。被害者や遺族にとってその発言は、もはや侮辱にすら値する。

しかしその一方、世論がただ感情に任せて同被告を非難するだけというのも違う。同被告に言う資格はなくとも、“高齢者が安心して運転・外出できる世の中”は、目指さねばならない未来であることに間違いはない。

犠牲になった被害者や同じような事故をなくそうと活動している遺族のため、そして今後の日本社会のためにも、どうしてあのような悲惨な事故が起きたのか、高齢者ドライバー問題にはどんな社会的背景があるのか、そしてこの“高齢者が安心して運転・外出できる世の中”のために何をする必要があるのかを、冷静かつ客観的に考える必要があるのではないだろうか。

免許返納では解決しない3つの理由

池袋暴走事故後、急増したのが「高齢者ドライバーの免許返納」だ。

警察庁が発表した「運転免許統計」によると、3年前の平成30年に免許を返納(申請による取消)した65歳以上の高齢者数は421,190件だったが、池袋暴走事故のあった年の返納者数は約42.70%増の601,022件で過去最多となった(昨年2020年の免許返納件数は、552,381件と前年より約8.09%減)。

警察庁「運転免許統計」令和2年版より引用
警察庁「運転免許統計」令和2年版より引用

しかし、この高齢者ドライバー問題は、免許返納だけに解決策を見出せばいいというものではない。

その大きな理由は3つある。

1つは、免許証は所詮、「薄っぺらいプラスチックのカード」でしかないからだ。

当然のことだが、法的・制度的に高齢者を縛ったところで、物理的には免許証がなくてもクルマはキーをひねればエンジンは掛かる(もっとも現在のエンジンはボタン式が主流だが)。つまり、返納に納得しきれていないドライバーは、返納後でも運転しようと思えばできてしまうのである。

実際、こうした高齢者は後を絶たず、これまで取材してきたドライバーの家族やSNSの投稿などからも、その壮絶さが伝わってくる。

「うちの身内の高齢者からは、免許ではなくクルマを取り上げました。認知症が進んで免許返納を自覚しない恐れがあったから」(SNSより)

「父親を羽交い絞めにしてクルマの鍵を奪い取った」(山梨県50代男性)

「スペアキーを作られたら終わりなので、クルマのバッテリーを外した」(東京都50代男性)

「認知症の両親が、免許を返納したことを忘れぬうちに当日中に車を処分し、自動車保険も解約した」

朝日新聞:「認知症の父、『運転やめて』に激高 免許返上への道のり

こうした壮絶な闘いの末、家庭崩壊したり、免許返納後に運転し人身事故を起こしたりするケースも少なくない。2019年6月には、2か月前に免許を自主返納したばかりの80代男性が軽トラックを運転し、自転車に乗っていた高校生に衝突。軽傷を負わせる事故が起きている。

日本経済新聞:「返納後に「無免許運転」 高齢者の事故や摘発相次ぐ」

若者のクルマ離れが叫ばれる一方、年齢的には高齢者こそ、むしろ人生で一番“クルマのある生活”を楽しみたい盛りだ。

現在の高齢者ドライバーは、いわゆる「団塊の世代」周辺の人たち。高度経済成長期に育ち、40歳前後という脂の乗ったころにバブルを迎え、各自動車メーカーの高級車やスポーツカーを持つのがステータスになっていた年代である。

定年後、金銭的にも時間的にも余裕のある彼らの中には、キャンピングカーを購入し、老後の「日本国内一周生活」を漠然と夢見ていた人も少なくない。

それに立ちはだかる大きな障害の1つが、他でもない「運転能力の衰え」なのだが、本来ならば「定年後の楽しみ」に加え、カラダの衰えによって移動が困難になる彼らこそ、便利なクルマに乗れているのが理想のはず。現段階では無論限度があるが、免許返納に根本的解決策を見出すべきでない2つ目の理由がここにある。

上越地方を訪れた際、地元の人がこんなことを言っていたのを思い出す。

「地方の高齢者は、近所の人たちとおしゃべりをするために、毎日のようにクルマで病院に行く。皆さんそうやって自然と安否確認をしてるんでしょうね。皮肉な話ですが、本当の病人は病院に来られませんから」

地方で独り暮らしをする高齢者の場合、「足」問題はより深刻にのしかかる。

送迎に来たタクシーのほうが高齢の現状

この「免許返納」というのは、決して本人だけの問題ではない。住んでいる場所や生活スタイルによっては、失った本人の“足代わり”として、家族が送迎をせねばならないケースも少なくなく、中には、「免許返納が介護の入口」と、自身の生活スタイルを変える覚悟をする人もいる。

家族で足となり得るのは配偶者、または彼らの子どもだが、配偶者の場合は同じく高齢であることが多い。またその子どもは、世代的に現在30~50代の働き盛りで、子育て世代でもある。とりわけ離れて暮らしている場合は、親の外出のたびに足になるのは非常に難しい。

こうした家庭や独り暮らしの高齢者に現在よく利用されているのが「タクシー」だ。

自治体によっては、タクシーを利用する高齢者に対して助成制度を設けているところもある。

が、今後このまま「足」問題をタクシーで賄おうとした場合、ほぼ確実に行き詰まると言っていい。

その「足」となるはずのタクシードライバー自身が、現在高齢化しているからだ。

これが理由の3つ目である。

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会の資料によると、2019年のタクシードライバーの平均年齢は、60.0歳。定年後も働きたいとする人たちの再就職口として、業界も広く受け入れているのが高齢化の一因となっているが、「タクシーを呼んだら、自分よりもドライバーのほうが高齢だった」というのは、よく聞く話だ。

こうした「職業ドライバーの高齢化」は、タクシーだけでなく、バスやトラックドライバーにおいてもその傾向が顕著である。

全日本トラック協会の資料によると、大型トラックドライバーの平均年齢は、48.6歳と、全産業の42.9歳と比べても高い。

バスドライバーも定年後そのまま働き続ける人は多く、実際、池袋暴走事故の2日後に神戸市の三ノ宮駅付近で20代の男女2名が死亡、4人が負傷する事故を起こしたバスドライバーも、定年退職後に再雇用された当時64歳の男性だった。

職業ドライバーの平均年齢が高いのは、「若手が入ってこない」という一因もあるが、それ以上に、高齢者職業ドライバーが運転を“卒業”しようと思っても、その賃金の安さから仕事を辞めるに辞められないという「裏の問題」が見え隠れする。

巷で高齢者ドライバーが大きく取り沙汰される中、職業ドライバーの高齢化はこうした人手不足問題によって都合よく流され、世間でもほとんど問題視されず、現場ではむしろ即戦力として重宝すらされる現状にある。

そんな彼らが突然免許返納でクルマを降りれば、各業界は大きな打撃を受け、彼らの生活も成り立たず、ひいては社会的問題にも繋がっていくのだ。

免許返納は現状、高齢者ドライバー問題の大きな策の1つではある。が、返納者のQOLを保障する環境が整備されていない中、ただ「高齢者だから」という理由で免許を返納し「足」を奪えば、タクシーの件のような「老々送迎」という無意味な現象だけでなく、「下の世代」の負担にもなり兼ねない。

この国は現在、凄まじい速さで「超高齢化社会」に突き進んでいることを忘れてはならない。

選択肢を「減らす」より「増やす」

では、高齢者ドライバーによる事故を防ぐため、“高齢者が安心して運転・外出できる世の中”のためには、今後何が必要になってくるのだろうか。

現在、最も期待されているのは、やはり「クルマ側の技術革新」だろう。

すでに運転アシスト機能を搭載しているクルマは日本全国を走っているし、先月にはホンダが市販車では初となる自動運転機能レベル3の型式指定された「レジェンド」を発売開始した。

が、マニュアル車からオートマ車になったことで踏み間違い事故が増えたように、利便性が事故を引き起こすことも今後十分に考えられる。

機械を過信しないことはもちろん、自動運転車が本格的に走り出す前に、事故時の責任の所在などを盛り込んだ法整備も早急に進めていく必要があるだろう。

こうした技術の進歩や法整備を待つ間の策としては、免許の有効期間や講習内容の見直しも1つの手だ。

現在、高齢者の運転免許の有効期間は、(更新期間満了日直前の誕生日に71歳を迎える)70歳の人は4年、71歳以上は3年だ。また、高齢者講習での「実車」では、よほどのことがない限り免許が更新できないということがないし、75歳以上が受ける認知症検査の質問は、かなりレベルが低い。

しかし、カラダや脳の衰えはそれよりもっと早く進行することもあるし、危険な運転をするドライバーに「気を付けて運転してください」で免許の更新をするのはやはり怖い。

この免許の有効期間をより短くし、現在の゛受けるだけの講習”から「試験制度」、「追加講習」などに切り替えれば、もう少し長く、かつ安心してクルマを運転できる高齢者は増えるのではないだろうか。

そして、本当に「乗れない」と判断された人が、安心・納得して゛卒業”できる社会の環境作りも必要になるだろう。

例えば現在、高齢者から注目を浴びている「足」に、電動アシスト付き三輪自転車や電動カートがある。飯塚被告のような自立歩行がほぼ困難な高齢者でも、これであれば道路交通法上は「歩行者」であるため、比較的自由に外出は可能だ。

ただこちらも、現状では歩道の狭さや店舗入店の可否、さらにはプライドの高い高齢者に利用を勧めるには「見た目の悪さ」などの問題も出てくるため、様々な分野の人たちと深く議論していく必要があるだろう。

写真はイメージです
写真はイメージです写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

それぞれにまだ議論・改善の余地はあるにしても、「返納」というカタチで手段を減らすより、議論を深めて「増やす」努力をしていけば、クルマの運転に固執するドライバーも自然と減っていくのではないだろうか。

人は誰もが歳を取り、衰えていく。“高齢者が安心して運転・外出できるような世の中”。そんな日が、悲惨な事故がなくなる日がくればいいと思いながら、慰霊碑に手を合わせた。

<参考資料>

警察庁「運転免許統計」令和2年版

https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/menkyo/r02/r02_main.pdf

令和元年「タクシー運転者の賃金・労働時間の現況のまとめ」

http://www.taxi-japan.or.jp/pdf/toukei_chousa/tinginR1.pdf

令和元年「トラック運送業界の現状と課題、取組について」

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/ryutu/6_trackkyoukai.pdf

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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