久保建英は愛されているか?スペイン、サンセバスティアン探訪記
スペイン、サンセバスティアンで久保建英は愛されているか?
今年9月、それを主題に町を何日もかけて回った。世界的に有名なラ・コンチャ海岸は、まさに風光明媚。「世界一の美食の町」と言われる町は、五感を刺激した。練習場のあるスビエタには人情があって、スタジアムのあるアノエタには牧歌的な風景があった――。
久保が所属するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)を巡る現地取材の切れ端を、日記形式でちりばめた。取るに足らないネタばかりだが、そこにある空気感を伝えられたら(ルポの模様は以下の記事で)。
https://wpb.shueisha.co.jp/news/sports/2023/10/20/120984/
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/wfootball/2023/10/24/_cl_17/
9月10日、アノエタ
ドイツ、ヴォルフスブルクでの日本代表対ドイツ代表戦の取材を終え、フランクフルトからビルバオ空港へ。ロストバゲージで時間がかかるが、粛々と手続きをする。エクストラバッグ料金まで支払ったのに、とか怒っても損をするだけ。
「La vida es asi」
スペイン語で、「これも人生」とはお決まりのフレーズだ。
バスを乗り逃し、しばらく待ってからサンセバスティアン市内に移動した。所要時間は約1時間10分。市内中心アノエタにあるホテルへ向かう。
ラ・レアルの本拠地、レアレ・アレーナに隣接したホテル泊。深夜に見えたスタジアムの巨大さが、自分を迎え入れてくれた気分になる。
「やっぱり、タケの試合を見にきたの?日本人も来るようになったのよ。楽しいプレーをするわね」
ホテルのレセプション、受付の女性が笑顔で言う。久保という日本人選手が、ラ・レアルというチームで受け入れられていることをいきなり実感し、誇らしい気分になる。
辿り着いたホテルの部屋。シャワーと蛇口をひねると、着替えなど一式ないことを思い知らされた。
9月11日、スビエタ
今回の取材の協力者であるミケル・エチャリと合流し、サンセバスティアンの郊外にあるラ・レアルの総合練習施設であるスビエタへ。エチャリはラ・レアルで20年近く様々な役職を兼ね、いわゆる「顔パス」の人物で心強い。10年以上、バスク代表監督も務め、ラ・レアルのイマノル・アルグアシル監督でさえ、尊敬の念をもって接するほどだ。
スビエタは市内から車で約15分。山を切り崩した施設で7面のグラウンドがあり、トップチームだけでなく、各年代のチーム、さらに女子チームも活動している。
「日本は強いわね!」
ジムで汗を流していた女子選手の一人が言う。それを言うなら、スペインの方が強い。オーストラリア&ニュージーランドのW杯、日本はスペインを下したが、決勝トーナメントは勝ち上がれず、一方のスペインは破竹の勢いで優勝した。
「世界一おめでとう!」
そう祝福すると、彼女たちの表情が華やぐ。ラ・レアルの女子チームも、今回の代表には選手を輩出できなかったが、2018-19シーズンには女王杯で優勝するなど強豪の一つである。
ただ世界一の歓喜は、同国サッカー連盟会長がセレモニーで中心選手の唇にキスする”性加害”で、後味が悪いものになってしまった。女子スポーツの中にある男性優位主義はデリケートな問題。彼女たちも多くを語ろうとしなかった。
トップのグラウンドは練習非公開だったが、特別にアルグアシル監督と4年ぶりに再会できた。エチャリがアルグアシルの現役時代のスポーツダイレクターやコーチという関係、さらにコーチ陣は監督養成学校の生徒で融通が利いた。インタビューは会見以外、基本的には受け付けず、あくまで雑談だったが…。
「最近のチームはどうした!簡単に何度もオフサイドに引っかかって。トレーニングから工夫が必要で・・・」
師匠であるエチャリの教えを、監督以下コーチ全員が神妙に聞いていた。しかし、反論も混ざる。スペイン人はお互い、そうした対話でさらに戦いを練り上げるのだ。
9月12日、サンセバスティアン市内
二人のラ・レアルのレジェンドをインタビューした。一人はシャビ・プリエト、もう一人がロペス・レカルテ。どちらもかつてチャンピオンズリーグをキャプテンとして戦っている。久保について、二人のレジェンドが思っていることを余すことなく聞くことができた。
内容については、ここでは割愛するが…(Sportivaにて『レジェンドが語る久保建英』で連載中)。
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/wfootball/2023/10/21/post_159/
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/wfootball/2023/10/29/post_166/
「タケは今やチームを背負っている選手。これからは注目度も上がり、移籍報道も出るだろう。でも、今はラ・レアルでのプレーに集中しているはずだよ」
レジェンド二人は戦いの渦中にずっと身を置いていただけに、先まで見通していた。
活躍によって、いい加減な報道も含め、移籍話は面白おかしく吹き荒れる。しかし当分の間、それらは意味がない。ラ・レアルでのプレーレベルが少しでも下がれば、噂は煙のように消える。今はどうなるにせよ、良いプレーを積み重ねることだ。
レカルテを待つ間、バルで食べたいかフライ、生ハムとピーマンサンドが美味だった。
9月13日、ラ・コンチャ
ラ・コンチャ海岸にある宮殿で、バスクサッカー協会の「フットボールと暴力」の討論会があり、招待を受けた。メンバーの昼食会は豪華で贅沢だった。「世界一の美食の町」と言われるだけはある。
「ピッチでは、自分に向けた剥き出しの敵意で罵詈雑言が聞こえる。単なる抗議であっても、汚い言葉で恫喝されると、命の危険を感じる。日常生活で『殴り殺すぞ』とか、『家族がどうなってもいいのか』と脅されることはあり得ないから」
2部で審判を務める男性はそう言って、さらにこう続けた。
「父親が暴力的な言葉を使うと、息子がそれを真似する。そして息子はさらにエキセントリックになって怒り出す。暴力は受け継がれると、増幅するんだ。甘く見てはいけない」
日本でもJリーグのサポーターが相手チームに向かって襲い掛かるという信じられない事件があった。一人や二人ではない。100人以上が関わっていた事件で、こんな暴挙を許したら、間違いなく暴力は広がり、伝播する。サポーターではなく、害悪だ。
ハンドボールやホッケーの関係者も出席していたが、これほどの暴力が生まれるのはサッカーだけだという。「サッカーには毒性が含まれている」という表現に反論できない。暴力は根絶させるつもりにならないと、むしろ増殖する。
宮殿の展望台から見えたラ・コンチャは絶景だった。
9月14日、アノエタからスビエタ
午前中は、レアレ・アレーナの中を特別に案内してもらった。ベンチ前のコーチングエリア、監督の真似事をした。暗黙の了解で決められている監督の席にも座ってみた。本当の監督は相当の重圧を受け、ここに立ったり、座ったりしているんだろう。
あまり知られていないことだが、コーチングエリアからは平面で試合展開が見えにくい。スタンドからの方が、ずっと簡単にチームの動きは掌握できる。監督業は特殊だ。
午後は車でスビエタへ。久保建英の弟、16歳で昇格した瑛史君の試合があると聞いた。右利きのボランチで、パスセンスやプレービジョンに優れるという。しかし結局、姿は見えず出場はなかった。
空振り取材というなかれ。無名の対戦相手が、名門のユースに食らいつく姿は眩しかった。この国のサッカーの奥深さを感じさせた。
「オンド!」(バスク語でいいぞ)
練習試合にもかかわらず、詰めかけた数百人の人々が熱気を込めて声援を送っていた。
9月17日、サンティアゴ・ベルナベウ
かつて聖地ベルナベウで、日本人選手がこれほど自然体でプレーしたことはあったか。その多くは空気に飲まれて、何もできない。もしくは、荒ぶる気持ちを持て余した。
久保はアンデル・バレネチェアのゴールをいきなりアシスト。その後も相手のディフェンスを翻弄し、次々にチャンスを作り出した。カットインからのシュートはレーザービームのようにネットも揺らしたが、味方のオフサイドで取り消されてしまった。ただ、このシュート軌道を描ける選手が他にどれほどいるのか。
マドリードの選手以上に、久保はこの試合で王として君臨していた。
「メッシ」
サッカー界の絶対的王者と誰かを比較することを、筆者は意識的にしないようにしてきた。しかし、何か近い気がする。久保が放つ空気感というのか。
この光景を肌で感じる、感じない、は物書きとして大きな差になるはずだ。
9月20日、レアレ・アレーナ
サラゴサ、ウエスカ、マドリード、バルセロナを回ってサンセバスティアンに戻ってきた。チャンピオンズリーグ、昨シーズンのファイナリストであるインテル・ミラノ戦、試合前から熱気と緊張がスタジアムを包んでいた。今回の取材のメインイベントで、心が湧きたつ。
正直、こうした試合で選手が期待以上の活躍をするのは珍しい。
ところが、久保は右サイドでインテルの選手たちに悪夢を見せた。そのドリブルはまさに悪魔的。試合終盤までリードする展開に貢献していた。
ただ、久保がベンチに下がってから極端に受け身になって怒涛の攻撃を浴び、終了直前に同点にされてしまったのだが…。
試合後の記者会見、インテルのシモーネ・インザーギ監督の顔は強張っていた。ラ・レアルのプレーレベルの高さを称賛。どうにか引き分けた形だったことを吐露するほどだった。
久保は、その戦いの担い手になっているのだ。
9月21日、アノエタホテル
マルティン・スビメンディの父親とカフェで一緒になった。スビ父、昔はフィジカル系の右サイドバックだったという。選手として大成できなかったことで、体育学を修め、むしろサッカーを考え抜くようになった。その考察する癖は、息子に受け継がれた。父との対話を重ねた息子は、スペイン屈指のインテリ系プレーメーカーとなった。
「息子は幼い頃から、マルティンだ、と遠くからでもわかるキャラクターの選手だった。ピン、パンと小気味よく両足でボールをさばく。サッカーを考察したビジョンがないとできないプレーさ」
誇らしげに語る父は、息子を心から愛していた。
「今さらですが、すごく顔が似ています!」
ひとしきり、雑談を交わした後に筆者が言うと、父は快活に笑った。
「良く言われるよ。髪の毛はないけどね」
父はそう言って笑いながら後頭部を撫で、1時間もじっと座ったまま待っていた愛犬を連れて、走りながら去った。
午後は電話インタビュー、ラ・レアル史上最多試合出場記録を持つアルベルト・ゴリスに久保についての話を聞けた。80年代、ラ・レアルのセンターバックとしてラ・リーガ連覇に貢献。チャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前身)ではベスト4進出の快挙を成し遂げている。
「伝説のレフティ、ロペス・ウファルテと久保の共通点は?」
たくさんの問いをぶつけ、鮮やかな返しが来た。伝説的センターバックらしい冷静沈着な回答だった。
9月22日、旧市街
エチャリと取材の打ち上げ。一軒目は、マリフリが絶品のバルへ。マリフリはサーモンとアンチョビのマリアージュ。こちらはおいしかったが、外国人観光客にも人気の店だからか、ウェイターは傲慢で感じが悪かった。エチャリはバスクでいろんな場所で尊敬されるが、これには面食らう。チャコリも微発泡のはずが、気が抜けていた。
「料理に罪なし」
そう言ってマリフリを平らげて退散しようとしていると、ごつい体の警察官から話しかけられる。見回りに来たようだが、エチャリとは父親がクラブ関係の知り合いで丁寧に挨拶してきた。それをチラチラ見ていたウェイターの愛想が急によくなったが、こういう人間にはなりたくない。
二軒目は、エチャリの知り合いがいるバル。こちらも外国人に大人気だが、サービスは朗らかだった。チャコリもきれいな微発泡。名物のErizoを注文、イワシとウニがここでもハーモニーを奏でていた。
最後はアノエタホテルに戻って、デザートにチョコレートケーキ。二人で仲良くシェアした。
「人生でも最高レベルのおいしさ」
エチャリもご機嫌だった。
これで、一通りの取材は終わり。バスターミナル、取材の成功で健闘をたたえ合い、別れた。ずっと一緒だったので、さみしい気持ちになる。
といっても、ビルバオへの一時的避難。翌々日の試合には戻ることになっていた。サンセバスティアン映画祭で、ホテルが信じられない価格だったのだ。
9月24日、レアレ・アレーナ
ヘタフェ戦、久保はいきなり先制点を決めた。古巣相手にも容赦なかった。
「タケ!ユニフォーム頂戴!」
女性が悲鳴に近い声を上げていた。
久保は毎試合、活躍を見せている。当たり前のように受け取ってしまうが、簡単なことではない。
<歴史の瞬間に立ち会えた>
それがサンセバスティアンで過ごした日々を振り返った感慨だ。
久保はサッカー選手という枠を越えようとしている。大谷翔平は別格にしても、八村塁(バスケ)、井上尚弥(ボクシング)、石川祐希(バレーボール)、宇野昌磨(フィギュアスケート)と肩を並べ、さらに勢いは止まらない。世界的アスリートという枠も越える可能性も見えてきた。
その足跡を記すことができるのは、喜びである。サンセバスティアンに戻ってくるのが楽しみになった。